高校2年生にもなって前世が勇者だったことを思い出してしまった……〈現代日本で始める元勇者と元魔王の成り上がりダンジョン攻略記〉

KT

第一章:高校2年生にもなって前世が勇者だったことを思い出してしまった

第1話 前世の記憶を思い出してしまった

 雷鳴が轟き、暴風が吹き荒れる。二つの強大な力の奔流の激突に大地は割れ、天は大いに荒れていた。


「これで終わりだ、魔王……ッ!!」


 十歳で故郷の村を旅立ち、数多の冒険の末に十五年の月日を経てたどり着いた魔王の本拠地。散っていった仲間の無念と、故郷で待つ愛する人々の思いを乗せて俺は我武者羅に剣を振る。


「この程度で我を倒せると思うな、勇者っ‼」


 膨大な魔力が撃ち放たれ、背後の山々が一瞬にして消し飛んだ。食らえば即死。さすが魔王といったところか。


 だが、


「負けるものか……っ!」


 どれだけ強力な力であろうと俺を止めることはできない。これまでの旅で出会った人々の想いが、俺に勇気を与えてくれる。


 愛剣エクスカリボルグが眩い光を放ち、魔王の魔法を断ち切った。


「馬鹿なっ……!?」

「終わりだ、魔王!!」

「まだまだぁああああああああっ!!」


 俺はこの戦いに決着をつけるため、全身全霊の力をこの一振りに賭けた。

 魔王もまた、死力を尽くし出せる限りの魔力を振り絞った。


 二つの力と力が激突する。

 そして世界は、光に包まれて――





「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああ………………あ?」


 気が付くと、俺は教室で叫び声をあげていた。


「きゅ、急にどうした、土ノ日(つちのひ)」


 古文の先生は突然叫びながら立ち上がった俺を見て目を丸くしている。


「ひっ……」


 隣の席の女子に至っては俺を見上げながら小さな悲鳴を上げていた。

 ……そうか、今は古文の授業中だ。


「…………すみません、寝ぼけてました」


「お、おう。居眠りはほどほどにな?」


 古文の先生の言葉に教室は爆笑の渦に包まれ、俺は顔に猛烈な熱を感じながらいそいそと着席する。サラマンダーのブレスを食らったときよりも顔が熱い。


 古文の授業が再開する。


 俺は教科書を開くのもそこそこに、必死に頭の整理を進めていた。


 俺の名前は土ノ日勇(つちのひ・いさむ)。太陽系第三惑星地球の日本の東京生まれ、現在は高校二年生。これまで土ノ日勇として過ごした十六年の記憶はハッキリしている。


 だが、それとは別で。


 レイン・ロードランド。アメリア大陸の北部、リース王国の辺境の村に生まれ、十歳で勇者として魔王討伐に旅立ち、十五年の旅を経て魔王との最後の決戦に挑んだ前世の記憶が確かに脳裏に刻まれている。


 なんだこれ、今朝までこんな記憶なかったのに。


 きっとさっきの夢のせいなんだろうが、居眠りで前世の記憶が蘇るとか軽すぎるだろ。というか、高校二年生にもなって勇者だった前世の記憶を思い出すとか完全に遅れてきた中二病じゃねぇか……。


 そりゃ俺だって転生して異世界で無双するとかそれなりに妄想したことはあるが、まさか前世が異世界で無双していた勇者だったとは想定外にも程がある。


 どうして今になってこんな、前世の記憶を思い出したんだ俺は……。


 今日が普段と違ったことなんて、転校生が来たくらいだが……。


 とにかく頭が混乱している。二十五年分の記憶が急に頭の中に湧いて出たんだから当然だ。頭に鈍い痛みを感じながら、ノートに文字を走らせて必死に頭を整理している内に古文の授業もホームルームも終わって放課後になっていた。


「なあ、帰りにダンジョン寄って行かね?」

「新宿?」


「いいや、池袋。いま〈スライムの体液〉の需要が高まってて良い小遣い稼ぎになるんだってよ。池袋なら俺らでも入れる上層でスライム狩れるしさ」

「おっけー、家からバット持ってくるわ」


 前の席の奴が友人と親しく話しながら教室を去っていく。俺はまだ頭の整理が追い付かず、ノートに日本語とリース語をごっちゃに書き殴りながらうんうん唸っていた。


「あ、あの……っ。土ノ日くん、だいじょうぶ?」


 隣の席の秋篠古都(あきしの・こと)さんが心配そうに俺の顔を覗き込もうとして、ちらりとノートを見て「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。


 俺がハッとしてノートを見ると、なんかヤバいのに憑りつかれた奴がトランス状態で書き殴ったみたいになっていた。そりゃ悲鳴上げるわ。


「ご、ごめん秋篠さん。大丈夫、大丈夫だから涙目にならないでくれ」

「ほ、ほんと……?」

「本当本当!」


 俺は慌ててノートを片付け、秋篠さんを安心させるように笑って見せた。


 秋篠さんは何とか落ち着いてくれたようで、「それじゃあ部活行くね。また明日、土ノ日くん」と教室から去っていく。確か文芸部だったかな、秋篠さん。おどおどした大人しい感じの子だけど、可愛らしい容姿から男女ともに人気があるらしい。泣かせてしまうとクラス全体から顰蹙を買いそうだったからな。落ち着いてくれてよかった。


「……俺も帰るか」


 まだ混乱は収まらないが、とにかく教室で頭を抱えていても仕方がない。


 帰ってシャワーでも浴びて、寝てしまえば少しは頭の整理もつくだろう。それでもこの前世の記憶は消えないだろうが、多少は頭もスッキリするはずだ。


 学校を出て、マックや本屋やダンジョンにも立ち寄らず真っすぐ帰路を歩く。

 家の近く、閑静な住宅街に差し掛かって人通りも徐々に疎らとなり始めた。


 やがて周囲に誰も居なくなったタイミングで、俺はゆっくりと振り返る。


「家、こっちの方角だったのか、転校生?」


 春の終わりを告げる生暖かい風が、彼女の長い髪を揺らす。


 俺の問いに今日クラスに転校してきた女子生徒……名前は確か、新野舞桜(にいの・まお)だったか。彼女は柔和な笑みを浮かべて、こう答えた。


「久しぶりね、勇者レイン」

「……そういうことか」


 俺は彼女の言葉に全てを察する。道理で、今になって前世の記憶を思い出すわけだ。


「久しぶりだな、魔王シノ。十六年ぶりか?」


 前世で死闘を繰り広げた相手と、俺はまるで飲み屋で偶然元カノと再会したかのような気まずさで現代日本にて再会を果たしたのだった。

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