花のように

keithia

第1話 仕事と私情

「なぁ ハイン」

「なんだ?」


 私達は今、とあるバーに飲みに来ている。最近は忙しくて来れていなかったが、仕事が一段落ついたので久しぶりに足を運んだ。


「何をソワソワしているんだ。落ち着きの無い」

「いや、別に何でも」


 と、隣に座っている友人には言い張っているが、実際の所は心臓の鼓動を抑えるのに苦労している。


「ならいいが… また忙しくなるんだ。今の内に休んでおけ」

「わ、分かってるよ」


 返答をしていると、私の視線は勝手に店の奥へ続く入口に吸い寄せられていった。そこからは店主のおじさんと、もう一人の若い声が聞こえてくる。


「さては、さっきの娘に一目惚れでもしたか?」

「違う!」


 確かに?久しぶりに来てみれば、昔は居なかった少女が働いていたが?いくら女性と付き合った事の無い私でも、年の差を理解していないわけでは無い。


「体つきからして年齢は二十かそれに満たない程度。銀色の長髪に碧眼。貴様の好みそのままではないか」

「見た目で好き嫌いを決めつけるんじゃない。ただ少し、この地域では珍しいと思ってな」


 仕事柄、市街を走り回ったり明らかに闇が深そうな場所に足を突っ込んだりする事が多いが、それでもあまり見かけない種類の人間だ。


「……この情勢下では確かに、少し調べる必要がある」

「ああ。書類関係はエルム、お前に任せる。私は現場を担当させてもらおう」


 万が一という事もある。この街に入ってくる新顔は積極的に調査する必要があった。


「分かりやすいな、貴様は。微笑む悪魔かもしれないぞ? まぁせめて、仕事に支障がでない程度にしておけ」

「だから! 職務上気になっただけだと言っているだろうが!」


 と酒も回ったせいか、少しムキになってしまう。幸い、平日の夜遅くで店内には私とエルムの二人しか客は居らず、場の空気を壊すような事態にはならなかった。

 少しの沈黙の後、奥から店主のおじさんが出てくる。


「旦那。うちの奴がどうかしましたかい?」

「あっいやな? 久しぶりに来たら可愛らしい子がいるなぁ と思って」

「仕事ですかい? 確かに訳ありですけど」

「詳しく頼む」


 説明を求めると、店主は話し出す。曰わく、遠い親戚。住んでいた地域の治安悪化に加え、母親は既に他界しており父親は軍に駆り出されたという。その父親が、まだ比較的安全なこの国に娘を送り、店主が引き取ったらしい。


「気になるのは分かりますけど、まだ十七で特段変わった所も無いですが…」

「いや、疑っているわけでは無くてですね」

「どーも、こいつが一目惚れをしてしまったようで」

「おいこらエルム! さっきも言ったが気になっているだけだ!」


 口を閉じて真剣に聞いていたかと思えば、唐突に爆弾を放り投げてきやがった。まったく、証拠不十分の情報をあたかも確証があるかのように言わんで欲しい。


「そういう事ですかい旦那」

「いやだから、ちが…」

「あいつも満更じゃないようですよ。顔を赤くして戻って来ましたし」

「なっ」


 最近の女性は許容範囲が広いのか?十歳以上年上だが大丈夫なのか?


「良かったではないか。貴様、前々から経験したいと叫んでいただろう」

「おいやめろ」


 人を未経験のお子様のように扱うのは止めていただきたい。実戦経験が無いだけで、予備知識ならそれなりにある。


わしはやりすぎたのでなぁ まっ貴様も一回位やっておけ」

「この女たらしめ。よくそれで昇進出来るな」

「家のおかげさ。それに今は真面目にやってる。貴様もせいぜい頑張れよ少佐」

「ありがとうございます。淫行大佐殿」


 エルムの家はそれなりに位の高い貴族だ。もっとも、早くも三十歳で脳の老化現象が進んでおり、素行の悪さのせいで本家からは離されているがな。


「あっあの」


 グラスを持って下を向きながら話していると、正面から声が聞こえてきた。それは店主の声というにはあまりにも違和感を感じる透き通った女性の声だった。

 正面に向き直ると、そこには先ほど話題になっていた少女がいる。恐ろしく心惹かれる容姿だが、どこか幼さを残していた。気を抜いたら瞬時に絆されてしまいそうだ。


「私、リーシャ・スモレンスキーです。リーシャと呼んでください!」

「うえっ!? あっ、ええっとその えーっと」


 不意の衝撃に慌てふためいていると、それを見かねた友人が割って入る。


「すまないね、お嬢さん。こいつはハイン・フォン・バーゼル。儂はエルミッヒ・フォン・ハイデルだ」

「そのっ ハインです。ハインと呼んで頂けたら幸いであります」


 友人の呆れ顔を見ないように視線を反対側へ送る。いや、正面を避けると言ったほうが適当か。


「貴族様ですか!?」

「一応な。儂の事もエルミッヒでいいぞ」

「はいエルミッヒ様。ハイン様」


 もはや一種の精神攻撃では無いのだろうか。極東で言う所の、メイド姿の女性に名前を呼んで貰うあれだ。あれとなんら変わらん。


「それと儂らに様は不要だ。理由は色々あるが、何よりこいつの精神が持たん」

「はい。分かりました」


 ようやく動揺を抑えきり、視線を正面に向けた。視界に、優しく微笑みながら髪を耳に掛ける仕草をしているリーシャを捉える。体を脈打つ音は店の外で十数名の憲兵が走り去って行く音を容易に掻き消してしまった。

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