有吉佐和子先生の『悪女について』 美しさに弱い人間の本質

「悪女というのは美人でなければならぬ!」と小説を読んで心底思った本が有吉佐和子先生の『悪女について』。


 以下、毎度のことですが盛大にネタバレしますので、これから読みたい方はスルーください。


 主人公は戦後の混乱期に美しさで何人もの男をたぶらかし、不動産と宝石で巨万の富を築いた公子。


 ある日、彼女はビルから転落し、謎の死を遂げる。


 他殺なのか? それとも自殺なのか? あるいは事故なのか?


 物語は公子のことをよく知る27人の人間が一人ずつ、公子との思い出を語る形式で進められる。


 公子は貧しい生まれなのに「自分はもらい子で本当は由緒ある家の出」と小さい頃から嘘つきなのだが、言葉遣いと気品のある容姿で、みんなそれを信じてしまう。


 父親が死に、母親と公子は貴族の家に居候して家政婦として働くことに。


 その家の息子の輝彦と公子は深い仲に。


 ところが、公子の母親が、輝彦が公子を襲った! と言いふらし、輝彦の家から多額の慰謝料をとって親子はマンションをもらい、出ていく。


 レストランで会計の仕事を始めた公子は客だった渡瀬と同棲生活を始め、妊娠する。


 おろしてほしいと懇願する彼の意見を無視して出産するも、実は子供は輝彦の子供。


 数年後に渡瀬が違う女性と結婚したいと思ったら、公子が勝手に婚姻届を出していたことを知り愕然。


 離婚のために公子に多額の慰謝料を払う羽目になる。


 公子は宝石の知識を身につけて、事業に乗り出す。


 彼女の身につける宝石は一級品。


 美しい公子の宝石は飛ぶように売れたが、実は彼女は宝石の知識のある人には本物を売り、偽物と気付かないおばちゃんには騙して高値で安物を売って儲けていた。


 さらに、美形の男性従業員だけを集めて、女性にマッサージをするホストクラブのようなフィットネスクラブの経営にも乗り出す。


 その中でも1番人気の男に客は熱狂したが、実はその男は公子とデキており、女性客はみんな騙されている。


 次に公子はサラリーマンの男と再婚するが、彼は公子に隠し子がいることを知り離婚。


 隠し子は、二人とも輝彦の子供。


 「母はとんでもない女だったから、たぶん恨みをかって殺されたんだろう」と推察する優秀な長男。


 そして最後に登場するのが出来の悪い次男。


 彼はこう言う。


 「ママは夢のような一生を送った可愛い女だったんだよ」


 次男は、母は夢見る少女みたいな無邪気なところがあるから雲にのりたいと思って窓から落ちたんじゃないかと発言。


 「ええ~? 結局、他殺なの? 自殺なの? 事故なの?」分からないまま話は終わるんだけど、なぜか「どれなのか分からないまま終わるのかいっ!」という不快感がない。


 この女性はとても多面的な人だったのだと。


 長男の話を聞くと、公子はとても策略家の狡猾な女で、人を陥れるとんでもない女。


 次男の話を聞くと、公子という女性は大人になっても少女のように無邪気で子供っぽいところがあり、別に人を嵌めようとして悪いことをやっているわけじゃなく、本能のままに、やりたいことをする、自分の夢のために動く人。


 子供というのは、ときに「これをしたい!」と言って親や周囲の人間を困らせることがあるが、次男からみる公子像は、実に無邪気で可愛らしい少女のような性格だという。


 別に本人は本能のままに悪気なく、好きなことをやってるだけで、それがどうも迷惑になっちゃった人もいるみたいだなぁ、みたいな軽い印象。


 ママは子供っぽくて、少女のように可愛いのだと。


 これ、可愛くなかったら、ただのワガママ娘じゃん! みたいな。


 証言する人によって全く違う公子の印象。


 彼女のことを「騙された! とんでもない女だった。もう二度と関わりたくない」という人もいれば、「彼女は天使のような人」と心から慕っている人もいる。


 一体どれが公子の本性なのか?と考えていったときに、たぶんどっちも本当の公子。


 彼女は自分が可愛いということをよく分かっている。


 男が自分の美貌の前にひれ伏すことも分かっている。


 自分は本能のままに好きなことをする。


 その中で、好きなようにさせる相手もいれば、ターゲットによっては金をむしりとる対象にする。


 でも、彼女に悪気や罪悪感なんて1ミリもない。


 「だってみんな私のこと好きなんでしょ。私はやりたいことをやっているだけ」と内心全く悪いと思っていなさそうな公子(※これは私の妄想ですが)


 どれも本当の彼女で、彼女は自分の美しさの前では全ての男は思いのままに動くのだということがよく分かっていて、相手によって出方を変えて、卑劣なことを平気でしたかと思えば、天使のような女性のままのときもある。


 どれもが同じ公子という人間。


 透き通った瞳に甘い声。気品のある美貌。


 美しくないと悪女にはなれないという有吉佐和子先生の美学を感じた。


 人を騙したり、お金を巻き上げたりして、悪いこともたくさんしているのだけど、「ママは可愛い人なんだ」の最後の証言で、確かにそういう夢見がちな一面もありそうだよね、と妙に納得してしまう。


 綺麗で、気品があって、人が喜ぶビジネスを手掛け、社会に貢献する公子。


 そして、そのためなら、パートナーも平気で踏み台にし、金を搾り取る公子。


 どっちも公子なのだ。


 そして、これは美しい公子でないとできないこと。


 私は、いろんな男と関係を持ちつつも、公子が子供を産む相手として選んだのは没落しているとはいえ貴族であった輝彦だけだったのは、死ぬまで「自分は捨てられただけで良い生まれの子」とウソを突き通したように、貴族の血を自分の子供に残したいという良家への強い憧れがあったからではと思ってしまった。


 表の公子は綺麗で、気品があって、人が喜ぶビジネスを手掛け、社会に貢献する人物。


 その一方で、絞り取れそうな相手からは騙すような形で金品や不動産を巻き上げる狡猾な女。


 公子の人生を見ていると、その美しさと圧倒的なカリスマ性で、ズルいこともたくさんしているんだけど、なんだかんだで崇拝者もけっこういて、死ぬまで超セレブ生活。


 とんでもない女だなと思うが、そういう女性に騙されて、次々に被害にあう人が男女問わずでてくる。


 詐欺のオンパレードのような小説だ。


 この小説を読むと、人間は美しい異性を目の前にすると、騙されやすいという心理がよく分かる気がした。


 有吉佐和子先生、美しさに弱い人間の本質を描いた身震いするような小説をありがとうございますm(__)m

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