第22話

「そこ!」


 飛んできたクナイを弾き、紅は木の枝の上に降り立ちながら現れた敵を睨む。迫って来る手裏剣の無駄の無い軌道からして、案の定と言うか、小柄な灰色の忍び装束が木の影から一瞬見えた。


「マジで来てくれてありがとう紅!!リベンジさせてくれて!!」

「リベンジって…」


 既に傭兵の殆どが戦闘不能。しかし影はそんな事になど一切興味など無い様子で撒菱を取り出して投げる。触れれば怪我では済まない複雑な刃で構成された撒菱は、地面に撒かれるのではなく空中で静止し、そのまま影が操作した通りの配置について行く。忍者ガジェット、三次元撒菱だ。


 しかし紅は投げたクナイのルートを沿って空中を移動しつつ、体勢を入れ替えるだけで三次元撒菱の間をすり抜けていく。


 影は思わず舌打ちした。迂回するならともかく、まさか三次元撒菱ど真ん中を減速もせずに突っ切られるとは。


「聞いてた以上だな!新型ガジェット!!」


 自在手裏剣を投げ、木々を貫通しながら迫って来るそれを、紅は高周波忍者ブレードで叩き切って落とす。と、そこに針が投げつけられる。忍者ブレード程ではないが、正確に紅の眉間目掛けて飛んで来たその針は、紅の頭蓋骨を貫通するには十分な殺傷能力を持つ。


 咄嗟に木の幹を蹴って自身の軌道をずらして回避した紅は、久しぶりの地面に着地しつつ忍者ブレードを鞘に入れる。


「だけど俺だって新しいガジェットは手に入れたんだ。この手甲に装備された火遁・レーザービーム!」


 影は手甲を紅のすぐ隣の木に向けると、即座にその木が炎に包まれた。その時間、一秒は愚かその百分の一でも遅すぎる程の射出速度。


「あらゆるガスに対応した顔布ガスマスクにどんな目眩しも効かないサーチコンタクトレンズ!」


 前回の反省か、それとも煙玉を懐に忍ばせた紅への牽制か。しかし顔布ガスマスクはわざわざ持って来たのに装備はせず、首元に巻きつけているだけだった。


 木陰に隠れた紅が、影のサーチコンタクトレンズのロックオン機能によって捕捉されたと感じ脇に除けると同時に、紅のすぐ後ろの木が燃え出した。


「さあ!忍びの郷で見つけたこの最新装備に対して、お前はどんなガジェットを使うんだ?まさかさっきの派手な奴で終わりじゃないだろ?」

(アタリ…)


 とりあえず派手に、後先は考えなくていいから暴れろ、と言う指示だった。だからとにかく派手な新型ガジェットを大盤振る舞いしてしまったが、まさかここに来て試作品のガジェット持って影が来るなんて。


 でも、紅には最新装備のサーチコンタクトレンズに匹敵する特別性のコンタクトを付け、身につけている忍者装束はパワード鎖帷子の性能をを遥かに凌ぐ。残りはクナイと手裏剣、忍者ブレードと使い物にはならない煙玉と、分身の術用の空間映像投影機くらいでも、勝機は十分にある。


 勝負を決めるのはガジェットの数や性能じゃ無い。後は、勇気と根性と一秒先の影の動きを予測出来る脳味噌だけだ。


 手裏剣を取り出した頃、山火事の気配を察して森のスプリンクラーが作動する。周囲に水蒸気が満ちて、隠蓑マントや忍者装束の光学迷彩は暫く使えない。なら、お互い見えないってハンデは無い。


 飛び出すと同時に手裏剣を投げる。影は迫る三つの手裏剣を、自分から近い順に火遁・レーザービームで撃ち落としていく。その隙に木々の間をすり抜けるようにして走り抜けた紅は、マグネット足袋の新機能、エッジスパイクを使ってかの幹を垂直に走って登り始める。足裏に斜めの針が伸びるエッジスパイクの独特の足跡が木の幹に残る中で、影はようやく紅の登る木に手甲を向けた。


 即座に燃え上がる木から、次の木に飛び移る紅。影はそれを追って次々と森を燃やしていくが、紅も負けじと宙を舞う。


 影はこのまま燃やしていけば、紅の飛び移る木は無くなると楽観視していた。炎による視界の悪化もサーチコンタクトレンズのお陰で気にしなくても済むし、持久戦に持ち込まれればこっちの方が有利と信じていた。


 だが、紅は違った。木々を飛び移る中で、影との距離、角度、位置を正確に記憶していく。そして、懐に忍ばせた煙玉を地面に投げつけ、周囲に大量の煙が上がる。


「効かないね!!今更!!」


 影は手甲を構えたまま、一度顔布ガスマスクで口と鼻を覆う為に左手を右手から離した。紅はその瞬間を待っていた。


 既に炎上している木の幹を蹴り、影の頭上を通り越して地面に着地。そして影が振り向いて手甲を向けようとするより一瞬早く、クナイの切っ先を向けた紅がスイッチを押す。


「そこ!!」


 クナイの切っ先を、内部の電磁エネルギーを利用して射出する電磁加速砲。前の戦いで影が紅を戦闘不能に追い込んだ時の武器だ。


 射出されたクナイの切っ先が影の防弾処理を施された忍者装束と、パワード鎖帷子を撃ち抜き、吹き飛んだ影の手から手甲が外れて炎の中に消えていく。


「負けた…何で?」


 影は思わず呟いていた。電磁クナイ砲の一撃は影のパワード鎖帷子の機能を停止させ、最強の武器だった火遁・レーザービームを装備した手甲はもうどこにあるかも分からない。


 影の目の前に立った紅が、懐から超電磁ロープを取り出して影に向けて投げつける。すると自動的にロープは影の身体を拘束していき、身動きの取れなくなった影は微かに息を切らす紅を恨めしげに見上げた。


「また、負けた…俺だって新型ガジェットだったんだぞ?なのに、何で…」

「レーザービームなんて持ち出さなくても、どの道超電磁クナイ砲のスピードで撃たれれば避けられないでしょ。性能の差何てそんなものよ」


 もう完全に無力化出来た事を確認した紅が、微かに安堵の吐息を吐きつつ切っ先を失ったクナイを捨て、影の懐から真新しいクナイを奪った。


「もうアンタに必要ないでしょ。貰ってくから」


 他のガジェットはもう必要無い。見た限りではまだ、螺厭はコンパスのスイッチをいれていないっぽい。何かしらのトラブル、ないしは敵に見つかったかもしれない。なら、早いところここを離れて、助けに行ってあげないと。


 項垂れる影に背を向けて歩き出そうとする。だけどその時、ふと気になっていた事が頭をよぎった。


「ねえ、先輩は何で郷を裏切ったんですか?」

「はぁ?そんなモン、決まってるだろ。もっと外の世界へ出て行きたかったからだよ。ま。もうここまで来たら終わりか…」

「そうですね。私の事、恨んでも良いですよ。影先輩」

「そこまで落ちぶれる気は無いよ…結局、俺は外の世界に飛び出せるだけの実力が無かったってだけの話さ」

「素直ですね。ちょっと意外と言うか」

「煩いな…もうお前の顔見たくないし、早く行ってくれ」

「はいはい」


 足早に去っていく紅の背中を見送りながら、影はほんの僅かな間だけでも楽しむ事が出来た外の世界の思い出に浸り、目を閉じた。



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