第5話

(さぁてと、俺はどう動くのが正解かな?)


 まず螺厭は今隠れて居るのは何も無い通路のど真ん中に、高く積まれた段ボールの山の中にひっそりと一人で蹲っている。


 手にはまだ微かに残るあの忍者の女の子の手の平の暖かさ、なんてロマンチックかつ頭の中で想像して気持ち悪くなってきたストーカーみたいな思考回路を燃え上がらせる様なものでは無く、睡眠ガスの溜まったスーパー煙玉とやらが一個。


 そして段ボールの隙間から見える、二人の銃の様な物を持つ男達。


 不味い。非常に不味い。この工場に足を踏み入れるよりも前から覚悟していたつもりだったが、どうやら正真正銘の裏社会とやらに首を突っ込んでいるらしい。


(ボロボロの忍者の女の子に、追いかけて来る自在手裏剣に、本物の銃火器持った殺し屋らしき人影二人。対してこっちは空の缶コーヒーに包み紙。後はスーパー煙玉と段ボール…最前案は、このスーパー煙玉をとっとと投げる事だが…)


 じっとスーパー煙玉を見つめ考えを巡らせる。このままこのスーパー煙玉を投げた時、この状況を本当に脱却出来るのか?


 この通路は狭く、スーパー煙玉の中に仕込まれたガスがどれだけの量なのかはわからない。アイツら気絶させられるレベルのガスなら、多分俺も意識が飛ぶ。そうなれば間違いなくもう彼女には会えないだろう。


 そして何よりこの通路には窓がある。敵はその窓の近くを明らかに意識して動いている。こっちが煙玉を投げたらすぐに窓を開けてしまうだろう。


(まぁ、切り札はとっとくのが一番かな)


 取り敢えず段ボールの山を崩さないように慎重に敵とは反対側の方をゆっくりと崩し、足音を立てない様に畳んだ段ボールの上を歩いて廊下を進む。しかし次の瞬間嫌な予感がして飛びのくと、段ボールの山が吹き飛んで二人分の銃弾が襲い掛かってきた。


「イッつぅーッ!?」


 肩の辺りに何かが弾けたみたいな感じと一緒に、今まで経験したこともない、とにかく痛いのが来た。


「なんだ?素人か?素人が何でこんな所に?居るのは忍者の娘とその協力者だけじゃ無かったのか?」

「その協力者が、ただのガキだったって事か。まぁ、仕事は仕事だ。下手に苦しませるなよ」


 タンマって言っても通じなさそうな雰囲気。慌てて廊下の角を曲がり出っ張った棚に手をついて、微かに滑った。そこでようやく螺厭は自分の手が自分の血で濡れている事に気付いた。


「マジか…映画みたいな感じ」


 心臓はバクバク言ってるのに、頭はまるで関係ないを考えてた。撃たれたって言うのに、そのせいで逆に現実感が無くなった様な。


(ってそんな事考えてる暇があるかよ!!急げ、俺!!このままじゃ死ぬぞ!!)


 螺厭は必死になって走った。なんでバレた。まさか、向こうは何かしらのセンサーかレーダーを持ってるのか?


 最悪の想像ばかりが膨らむ。角を曲がり、手に持った缶の入ったビニール袋が螺厭の考えているよりも大きく動いたのを見て、そこでようやく持ってたビニール袋が段ボールの隅から見えていた事に気付いた。


(馬鹿だな、俺…!)


やがてカラーン、と軽い金属音がして二人の傭兵は銃を構えたまま通路の角を曲がる。


「おい、見ろ。マジで素人だぞ」


 そこで二人の傭兵が見たものは、長靴の置かれた靴棚に派手に着いた血の手形だった。おまけに滴った血を踏んだのか、点々と赤い靴跡が通路に残されている。


「全く、気分の悪い仕事だ。ただでさえターゲットが小娘ってだけで後味悪いのに、ただのガキまで殺す羽目になるとはな」

「あの忍者の娘も、プロの端くれなら素人を巻き込む真似をするなよな。後処理だって面倒なのに」


 少しずつ薄れていく靴跡を追い、そして倉庫の扉のドアノブに血が付いているのを見つけた。二人の傭兵は疲れた様子でお互い顔を見合わせてため息を吐くと、ドアを開ける開けて中に小さなボンベの様な機械を投げ入れ、扉を閉めた。


 ボンベは部屋の中へと転がっていき、そして自動で蓋が開いて白いガスが噴射された。 苦しまない様手持ちの中では一番強力で即効性のある毒ガスを散布していた二人は、足元に転がって来るスーパーボールに気づかなかった。


 プシューッと音を立ててスーパー煙玉が炸裂。二人の傭兵は予想外の事に慌ててガスマスクを着用するが、ほんとか嘘かスーパー煙玉の睡眠ガスはガスマスクすら意味を成さないらしい。


 一瞬で昏倒した傭兵達。それをガスの届かない風上側の通路から確認した螺厭は、思わずフウとため息をついた。


(さてと。運良くなんとかなったか)


 出血している肩を押さえる。やがて煙玉のガスが換気されたのを確認しつつ、意識を失った傭兵達の装備を検める。


「銃…要らないな。ナイフ…今更使わないだろ。お、包帯みっけ」


 とりあえず包帯とガーゼで傷口を塞ぐ。幸い弾は肩を掠めてるだけっぽいので大丈夫だろう。出来れば消毒くらいはしておきたかったけど、どれが消毒液か分からないので仕方ない。


 不器用に巻かれた包帯がじんわりと赤黒く染まるのを見ながら続いて装備を探れば、紅を襲った手裏剣や、さっき使った煙玉に良く似たボールが幾つか見つかった。煙玉と同じ灰色と黄色のボールの二種類を見て、ふと耳を澄ませばどこかから聞こえる激しい金属音。まだ彼女は戦っているのか。


 螺厭はふと思う。ここで見つけた忍者ガジェットをどうやって戦闘中の彼女、紅に届けるのか。普通に歩いて届けに行けば、間違いなく彼女の足を引っ張るだろう。例え相手が忍者だろうと傭兵だろうと。


 しかし手を出さないと言う選択肢も無い。既に聞こえてきたパトカーのサイレンに、今もなお続く戦闘音。どちらもこのまま放っておけば間違い無く彼女を見捨てる結果になる。


「伝わるかな…これで」


 螺厭は床に置いたビニール袋と、その中に入っている空き缶を拾って呟いた。



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