第5話 へいわなオークのくに⑤

 グスタフ・ファルケンハインの言葉通りだった。

 大鷲たちからの天候予測も届き、気圧計は下降を示した。そして夜半より、演習地を含む首都周辺に雨雲が西方から訪れ、降雨が始まった。

 気温も一気に低下。真冬へと逆戻りしたかのようだ。

 しかも雨脚は強かった。

 星欧大陸の過半の土壌は、総じて細かな砂状の風積土が折り重なって出来上がったもので、一度雨が降ると泥濘になりやすい。

 そのぶん河川の水分が地中深くに広く浸透しており、肥沃で、基本的には灌漑がなくとも作物が育つという利点もあったが、軍隊にとっては最悪だった。

 演習地でもそれが起こった。

 長い年月をかけて踏み固められた、あるいは石畳で舗装が施された街道から少しでも逸れると、歩兵でさえ足をとられる。重量のある騎兵や、軍用馬車なら何をかをいわんや、である。

 ダークエルフ旅団で兵站を担当するリア・エフィルディス大尉は、演習場北部の青軍兵站拠点たる、軍用鉄道引込線の駅舎を訪れていた。

 肩丈までの亜麻色の髪。

 栗色の瞳。

 彼女の属する種族のなかでは、やや背丈が低い。

 前日は、演習地兵舎近くにある赤軍側兵站拠点を見せてもらった。

 オルクセン軍の兵站拠点は実に整然としていて、とくにその管理手法には目を見張るものがあり、ずいぶんと勉強になった。

 ただ、どこの国の演習でも起こる、演習ゆえのそつの無さというものも感じられて、その点が不満ではあった。

 北側―――青軍側拠点のほうが面白いものが見られるかもしれないと勧めてくれたのは、案内役を務めてくれたオルクセン国軍将校だ。

 ああ、あちらは色々混乱もあるかもしれませんね。ええ、なにしろ北部から長距離をやってきて、鉄道からの荷下ろし、集積、管理、追送というところからやっていますから。ご希望でしたら、ご手配しましょうか?

 リアはありがたくそれを受けることにした。

 前日夕刻前に、赤軍側を出発。

 乗馬を巡らせて演習地縁の統制部指定連絡路を行き、夜が訪れる前には青軍側兵站駅に着いた。

 そのころまだ降雨は訪れておらず、むしろ昼間のうちに乾いた大地を騎行したため、顔も軍装もすっかり土埃にまみれてしまっている。

 オルクセン軍の将校は、赤軍側でも親切だった。兵站基地の責任者である少佐は、彼女を温かく迎えてくれた。

 なんと、そりゃたいへんだ。お疲れ様です、すぐに夕飯と仮宿舎の用意をさせましょう。なんですと、携行食をご持参? いえいえ、ご心配なく、ここは兵站駅ですぞ。街の食堂並とはいきませんが、一食くらいどうとでもなりますよ。駅舎にひとつ部屋が空いております。今夜はそちらにお泊りいただければ。おいそこの兵卒、お部屋に水盆を。湯にしてな。大尉は戦塵にまみれておられる―――格別の配慮として、個室まで用意してくれたほどだ。

 食堂並とはいかない、というのは謙遜だったのではないか。リアにはそのように感じられた、充分に立派な夕食も調えてくれた。

 軍用ライ麦パンが呆れるほどの量。

 リンゴ入りのラード。

 茹でたヴルストが二本。大振りなキュウリのピクルスがたくさん。

 戦地加給食の、燕麦のスープ。

 コーヒーと、赤ワインもたっぷり。

 元々オルクセンでは、日の三食のうち昼食をいちばんたっぷりと摂る。

 夕食はそれより少なく質素なもので、軍の日常配食ではスープ類をつけない「冷食」と呼ばれる形態になっていた。

 これはエルフィンドの習慣とは逆であって、この国に来た当初は若干の戸惑いはあったものの、いまではすっかり慣れた。

 残念だったことといえば、あのまま赤軍側拠点にいればそちらで宿泊する予定になっていた旅団長ディネルースたちと合流でき、夕食や朝食、歓談をともに出来たであろうことぐらいか。

 夜、眠りにつく前、遠くに雷鳴のようなものが聞こえた。

 窓外に閃光の気配もある。南のほうだ。

 天候がそこまで悪化したのかと思ったが、どうやら照明弾らしい。

 よほど緊迫した想定戦場があるのか、演習は夜になっても続いていたのだ。

 実は、平然と、しかも降雨下において夜戦がやれるというのは、他の人間族の軍隊からすればその一事を以てしても大変な脅威だったのだが、リアはさほど不思議には思わなかった。

 オーク族も、ダークエルフ族も夜目が効く。

 戦況が緊迫しているなら当然のこと、その程度にしか感想はなかった。

 翌朝視察をはじめた青軍側兵站拠点には、確かに赤軍側にはない混乱と疲労と喧噪とがあった。どうも、夜半のうちにそれが深まったらしい。雨が降り始めたからだ。

 兵站駅は立派だった。

 駅舎そのものこそ簡素であったが、三つも屋根つきのプラットホームバーンシュタイクがある。レンガ材をコンクリートで包み込むようにして作り上げた構造だ。

 リアを感心させたのは、そのうちの一つ、駅舎と反対側、三本のうち端にあって貨物用とされたホームの大部分が、非常に高さがあるように設計されていたことだ。

 ちょうど、貨車の床面と同じ高さである。

 つまり、とても荷積みと荷下ろしがしやすい。このホームは、巨大な扉をもった幾つもの貨物庫に隣り合わせていて、そちらの床面まで高さは同じ。荷は直接搬入搬出できる。そしてこれは―――

 そのまま軍用輜重馬車の荷台床面と、同じ高さなのだ。

 倉庫の反対側には、やはり巨大な扉による搬出口があって、輜重馬車の荷台にそのまま荷役者の負担少なく荷物を載せることが出来る。

 一度目にしてしまえば極めて単純なことだが、これほど効率のよいことはない。

 無蓋の平貨車に乗せられてきた火砲は、そのまま横へ出すことだって出来る。

 こんな駅舎は、エルフィンドでは見たこともない。

 大したものだと感心した。

 この構造は赤軍側の兵站駅にもあって、つまりオルクセンは何処でもこのような真似をしているらしい。兵站将校必携をみると、野戦においてもそのような構築をするのが望ましいとあった。鉄道路線の任意の点に、兵站駅をいちから作り上げる場合にだ。

 どうやってそんな真似をするのだと思って頁をめくると、これもまた極めて単純な方法であった。まず予定地の土を均し、鉄道隊に予備の鉄路用砕石と枕木を運ばせて、それを固め、積み上げ、床板を敷いて組み上げるという。

 可搬式傾斜路というものもあった。

 これは、いってみれば木製の滑り台。

 どこもかしこもこれほどプラットホームの高さを確保できるわけではないから、この巨大な滑り台を横づけして、荷を下ろす。

 重い火砲などどうするのかと思えば、この場合、起重機車を配して降ろすのだそうだ。

 倉庫の搬出口側を見せてもらうと、これほど早朝だというのにもう何両もの軍用輜重馬車が並んでいた。

 オルクセン軍の輜重部隊には、一・五トンの積載量がある四頭曳き重輜重馬車と、一トンの積載量の二頭曳き軽輜重馬車の二種類がある。

 そのどちらも前後輪それぞれの車輪の大きさや、荷台床面の高さは同じ。

 つまり、そんなところまで考えて規格化されていた。

 車体の長さが違うだけで、馭者台や前車輪、後車輪、板バネ、車軸、そういったものが共有という点も素晴らしい。

 故障したとしても、修理が容易なのだ。

 そしてこれは、輜重馬車の設計及び部材をもとに製作され軍に配されている、重野戦炊事馬車や軽野戦炊事馬車も同様である。

 更にいえば、軍で使い古された軍用荷馬車は非常に低価格で民間に払い下げられているから、農家などが使う馬車もこれらの型が多い。

 すると、何が起こるか。

 小規模に営まれている街の馬車修理工、鍛冶工などに、軍規格の修理部品や予備部品がふんだんに存在するのだ。もちろん、扱い慣れている者も。ついには民需向け馬車を製造販売する企業もこれに乗っかり、ほぼ同じような製品を送り出しているから―――

 これらはもし不幸にして国内が戦場となったとき、貴重な調達対象にもなる。

 ―――なんともはや!

 軍隊が使う馬車の規格化という発想は、もうずっと以前からあるが、ここまで他の過程との兼ね合いをも考慮し、徹底して行っている軍隊も珍しい。

 兵站担当のリアにはそれがよくわかる。

 現場の労苦も軽減できるなら、後方にあって会計上の処理を行う際にもたいへん楽だ。荷物別の積載量が簡単に出せるし、これはつまり、これこれこれだけの物資を運ぶ、そういったとき何両の馬車が必要か、そんな答えが迅速に求められるということでもある。

 兵站作業には、軍用馬車自体の予備品を手配することも含まれるが、これもまた容易になる。

 例えば、前輪なら前輪、後輪なら後輪。

 それがあちらの馬車はA、こちらの馬車にはBと何種類も軍に存在したら、そのそれぞれを運搬、集積、管理しなければならなくなる。実際に修理を行う野戦馬車廠あたりも苦労の連続になる。そういった心配がないことが、どれほど素晴らしいことか!

 規格化は、兵站物資そのものにも及んでいた。

 食糧、弾薬、医薬品・・・そういったものそれぞれが、極力同じ大きさの木箱に納められている。

 板厚まで揃えられていて、一五ミリか二〇ミリ。

 後者は、弾薬箱などの重量物運搬用である。

 僅か五ミリの差が、八割増しの強度を生むと、これは工学的に検証まで成されていた。

 これら木箱は補給先で解体することも出来たし、再利用することも可能だ。

 野戦炊事車の薪になることが多いという。

 二〇ミリ厚のほうは、馬車の荷台床にすることだって出来た。

 まったく配慮が微に入り細に入っている。もちろん、兵站拠点へと引き返してくる軍用馬車が空き箱を回収していってもいい。

 兵站倉庫には、手押しの軽便軌条もあった。これもまた作業効率を上げるためのもの。

「そーれ、そーれ!」

 掛け声があって、木箱を乗せた軽貨車を押す輜重兵たち。

 リアは邪魔にならないよう、端からこれを見学した。

 輜重科には、コボルト族の兵が多かった。

 むろんオーク族の兵もいて、力仕事を要する場所は彼らが務めることが多いようだが、輜重馬車の馭者役にとくにコボルト兵の姿が目立つ。

 種族全体が高い魔術力をそなえたダークエルフ族からすれば意外なことだが、コボルト族はその全てが魔術力を持っているいるわけではなく、そういった者たちが配されている。

 理由は幾つかあった。

 ひとつには、歴史的に彼らの種族の多くが商業及び金融業を営んできたこと。

 デュートネ戦争当時は、オルクセン国内のコボルトたちが経営する商社に、多くの兵站業務が委託された。いまでも連隊単位で契約され出入りしている兵士向け売店―――酒保の殆どを営むのも彼らだった。

 またひとつには、彼らの種族がそのような歴史的背景の結果、非常に識字率が高く、経理会計に要する数学や簿記も得意としていたこと。

 種族の習慣として、国家制義務教育の入学を迎える年齢以前から家庭教師を雇い子弟を教育することは、いまだに彼らのなかで一般的なものだ。

 また、国内においてオークに次ぐ頭数を誇るのは、彼らコボルト族であること。徴兵対象者の重要な構成層である。

 そして―――

 ここでも、オーク族の巨体が理由に関わっている。

 体重の大きなオークたちが輜重馬車の馭者を務めると、彼らの重量そのものが輜重馬車の積載量を圧迫してしまう。

 馭者には二名がつくことが理想的だから、オーク族がそんな真似をしたら、下手をすると軽輜重馬車など積載量の半分は彼らの体重で占められてしまうことになる。また馬車は構造上、車体の前部を重くすると進みにくくなる。

 そこでコボルト兵のうち魔術力をそなえていない者、あるいは魔術力が低く通信や魔術探知に適さない者たちを輜重科に配し、主に馭者役としているのだ。

 彼らの多くは馬車を操ることに元から長けてもいたから、最適といえた。かなり高い位置にある馭者台や荷台への登り降りには、側面に設けられた踏み台を使う。

 では、極めて重労働となる積み卸しはどうするのか。

 そこはオーク兵が受け持つ。

 兵站基地ではそうだったし、補給物資を受け取る部隊側では「オーク兵のうち手すきの者は積極的に荷役作業に参加すべし」という教育が施されている。

 このような制度の大筋がオルクセン軍に取り入れられてからは既に久しく(コボルトの魔術通信兵が採用される以前からだ)、オーク族の兵士を怒鳴りつけるコボルト族の下士官や将校などという様子も、珍しい光景ではなかった。

 リアが様子を見計らいつつ声をかけた相手も、そんなコボルト族出身の曹長だ。 コボルト族としては体格の大きいほうになる、真っ黒のグレートデン種。

 曹長という階級は、オルクセン軍の場合、兵士から叩き上げた下士官としては最高位。

 二等兵あたりからすれば、下手をすると直接関わることは少ない将校たちよりよほどおっかない存在である。

「少しよろしいかしら、曹長さん」

「あ? ああ、視察の大尉殿ですな。これは失礼致しました、小官に御用でありましょうか?」

 リア・エフィルディスには物おじしないところがあり、しかもそれを表裏のない朗らかな性格が裏打ちしていたので、彼女に相対した者は種族の違いや歴史的経緯など、すっかりどうでもよくなってしまう。

 そんな得な性格をしている。

 ダークエルフ族としては可愛らしくさえ見えるみかけだが、実際にはかなり年嵩があったから、他者の心の機微を掴むのも上手い。

 曹長のほうでは、おうおう何とこのお嬢さん大尉殿か、よくこんなおっかない顔の俺に話しかけられたな、などと思っている。

「ずいぶんと慌ただしいように見えるけれど。何か兵站に影響を与えるような事情が?」

「ああー・・・一つには前線の部隊がちょっと無茶な機動をやっちまったせいですな。昨日の渡河が街道筋からそれていたので、現地で渋滞が起こってしまい。輜重馬車を送りだすのはいいんですが、まるで戻ってこんのです。工兵器材やそこらも送りださねばならんので、大わらわですわ。おまけにこの雨ときた。酷いことにならんといいのですが・・・」

「なるほど」

 確かに、木材類や砕石類を積んだ輜重馬車がいる。

 おそらく、泥濘地の補修用資材だ。

「あちらは生鮮食糧ね?」

「ええ―――」

 工兵器材を積んだ馬車の更に向こう、生ジャガイモを梱包した木箱を満載した輜重馬車のことを言っているのだとわかり、曹長は頷く。既に荷台に幌を被せたやつだ。

「しかし、よく一目でわかりましたな。弾薬箱や医薬品箱辺りとはさすがに大きさも違いますが、何しろ食糧系の見た目は生鮮も乾燥も同じなので、私らでも側から記載を見んことには見分けがつきませんのに。混ざらんように管理するのが私らのいちばんの仕事です」

「あら、それは簡単よ。冷却系刻印魔法の残滓があるから。気配でわかるわ。あれは食糧貯蔵庫に入っていたのでしょう?」

「ほう」

 そんな方法が。

 俺には魔術力はないから、そんな方法があるなんて思いもよらなかったぜ。

 ―――待てよ。

 待て。

 待て待て。

 じゃあ何か? どんな簡単なものでもいい、何か乾燥野菜と生鮮野菜の木箱にそれぞれ違う刻印魔法を通してしまえば―――

 魔術力の弱いコボルトでも、気配を感じ取ることくらいは出来るだろうから―――

「大尉殿。失礼ですがそのお話、もうちょっと詳しく聞かせていただけませんか?」

 このとき、リアも曹長も気づいていなかった。

 たったこれだけの会話と半ば児戯めいた思いつきが、のちにオルクセン軍の兵站機構はおろか、更市井社会の物流機構に至るまで更なる一大改革をもたらすことになる、刻印魔術式物品管理法MIMSを生み出してしまうことに。



 フロリアン・タウベルト一等輜重兵は、第七擲弾兵師団の輜重段列のうち補給大隊に属している。大隊に六つある縦列隊一つにつき二四両ある、Hf.四型重輜重馬車のうちの一両の担当。

 コボルト族、ビーグル種。

 隊では馭者を務めている。

 メルメア州地方都市の、商家の出身。

 商家といっても大きな商会などではなく、街の金物屋。台所用品を主に取り扱う家で、心根の優しいばかりの両親のもとに生まれた。

 徴兵検査を受け、いちばん適正のあるとされるA分類で合格し、徴兵に応じた。

 彼にとって、軍隊はよいところだった。

 入ってすぐのころは大変だったが、いまではそれなりに楽しく過ごさせてもらっている。

 ―――上官の曹長さんは一見強面で、職務にも厳しいひとだけれど、実は優しいひとだ。

 月に一五ラング二〇レニの給金は決して多いといえない。でも技能兵の資格をとったから、もうすぐ少し増える。そうすれば母さんに仕送りだって出来る。除隊までに少しずつ給金を貯めて、それを学資に、商業大学に入ろうと思っている。

 この国はいい国だ。

 年齢がうんと高くなっても、その気にさえなれば誰でも大学に入れる。年齢が重なっても死なない魔族の国だから出来る真似かもしれないけれど、こんな国は他にはない。

 大きな演習は、ちょっとした旅行みたいでもある。

 見たこともない街に、あっという間に鉄道でいける。

 この演習が終わったら、隊のみんなで首都見学に連れて行ってもらえるらしい。楽しみだ。

 昨夜から、少したいへんだ。

 師団の擲弾兵連隊が、浮橋を架け、川を越えたらしい。

 敵の陣地に殴り込みをかけたのだとか。

 夜間になっても戦闘は続き、でも第七擲弾兵師団はその戦闘に勝ったと聞いた。うちの師団は強い。首都の師団に勝ってしまうなんて、本当に強い。

 でも、街道から逸れた場所に橋を架けてしまうなんて、ちょっと無茶だと思う。

 大砲は置き去り。

 連隊の補給隊も置き去り。

 おまけに、敵は撤退するとき、たった一本残っていた橋を吹き飛ばしてしまったんだそうだ。もちろん演習だから、そういう想定になったというだけなのだけれど、その橋は通っては駄目だという。

 補給は、浮橋からやるしかない。

 夜の戦闘は、弾をうんと撃つ。

 昼の戦闘より撃ってしまうことが多い。去年の演習もそうだった。

 オークの兵隊さんたちは、鉄砲の弾はたくさん持っているから大丈夫だとしても、大隊砲にはもう弾がないという。砲弾自体はまだあるそうだけれど、試射に使う弾と効力射に使う弾は違う種類なんだという。照明弾ももう無い。砲兵さんは複雑だ。

 外套を着ていてさえ、こんなに寒いんだ。出来れば、温かいご飯も届けてあげたい。この荷台に乗せている、ジャガイモが必要だ。

 でも、縦列はなかなか進まない。

 怖い顔した野戦憲兵さんたちが、行けといってくれない。みんな、この橋の袂で渋滞している。

 工兵さんと、川のこちら側に残った歩兵さんは昨夜から大変だったらしい。

 元々、街道から逸れた場所。

 特に橋の近くの河岸は泥だらけのぬかるみ。

 僕にはよくわかる。馬車は簡単に動けなくなってしまう。

 あちらで穴を埋め、こちらで砕石を入れ、あっちで木材を被せる。そんなことがあちこちで行われていた。もちろん、川のあちら側でもやらないといけない。でもずっと雨は降っている。気づけばまた何処かで馬車が埋まっている。

 連隊の補給隊は殆どそんな目にあってしまったから、師団段列の僕たちが荷を移し替え、直接届けることになった。

 僕の馬車が動かなくなってしまったら、どうしようか。

 いつもは横に乗っているクヴァンツのやつは風邪をひいてしまって、今日はいない。

 オークの兵隊さんに助けてもらうしかない。

 あ。

 憲兵さんの、行けの仕草。やっとだ。

 三台ずつ?

 ああ、そうか、浮橋は一度にたくさん渡れないから。

 大丈夫、僕ならやれる。こう見えて、馬車の扱いは縦隊一なんだ。

 ―――タウベルトは正しい。

 だから、このあと起こったことに対し、彼に罪や過失はなかった。

 一つには、降雨による増水のため水位が上昇し、浮橋を連結する索縄が緩んでしまっていたこと。

 浮橋を恒常的に使用する場合、工作設置が望ましいとされていた補強木杭がまだ穿たれていなかったこと。

 また一つには、彼の前を行く重輜重馬車の車輪のひとつに一塊の泥がつき、滑りやすくなってしまっていたこと。

 また、その馬車の荷台にあった荷物が僅かに片側へと寄ってしまっていたこと。

 そして、この日タウベルトが、いつもは大切にその手に嵌めていた、母からの贈り物である手袋を兵站拠点に忘れてしまい、すっかり指がかじかんでいたこと。

 まず彼の目の前で、川面のゆらめきにより浮橋がわずかに揺れ、本来ならその程度のことでは何ともなかったはずの重輜重馬車が平衡を失い、そのまま一気に転落。

 居合わせた誰もが呆然とする中、周囲をも巻き込んで、橋上にあった重輜重馬車三台全てごと実にあっけなく浮橋は倒壊した。

 兵たちの怒号と、悲鳴と、状況を把握しようとする将校の号令とが飛び交い、上部部署へ事態を報告する魔術通信と伝令が放たれ―――

 救助活動が開始されたが、橋上に計五名いた兵士のうち一名が見つからない。

 ―――タウベルトだった。



「師団対抗演習中止! ただちに中止だ!」

 統制部天幕。

 一報を知らされるなり、それまで呑気に巨狼と戯れ、周辺と談笑していたグスタフ・ファルケンハインは刹那のうちに笑顔を消し去り、立ち上がって、大喝一声した。

 ディネルース・アンダリエルはその場に居合わせていた。

 彼のあまりの豹変ぶりに、半ば呆然とした。

 グスタフのこんな様子、怒気を発したところは初めてだ。

「王、しかし・・・」

 ゼーベックが言い、その先の言葉を飲み込む。

 この演習がどれほど重大なものか。

 また、戦時においてこのような事態は、往々にして起こりえる。

 平時においてさえ。

 現地ではもう救助活動が始まっているのだ。いっそ、演習内容に組み込み、他の方面では演習を続行してはどうか―――

「参謀本部演習は続けたければ続けても構わん! だが師団対抗演習は中止だ。周辺全部隊をかき集め、捜索せんか! 戦時は戦時! 平時は平時! 戦時になれば私は兵たちに死ねと命じねばならん。ならなおのこと、そうであればこそ! 平時において軍の誠意が足らずもし兵を失うようなことがあれば、私は我が臣民に向けどの面下げて王などやれるか! ただちに中止だ!」

「はっ、ただちに・・・」

 もはや否応はない。

 ゼーベックは頷き、シュタウピッツへと王の勅命を全部隊へ発するよう指示した。

 ―――なんてこと・・・

 あるいはこの演習の全期間において、ディネルースがもっとも強く衝撃を受けたのはこの瞬間だったかもしれない。

 この王は強い。

 強く、慈悲深い。

 どこまでも慈悲深く、強い。

 だが続く彼の言葉と、その後の行動もまた、彼女に強い衝撃を与えた。その人生観の一部を、変えてしまうほどのものだった。

「ゼーベック。この雨は止めるぞ? 構わんな」

「はい、仰せのままに・・・」

 雨を・・・止める?

 何のことだ・・・?

 何か単語や文法を聞き間違えたか・・・

 頭蓋が疑問符ばかりになったが、王はそのまま天幕外へと飛び出した。

 シュヴェーリンが立ち上がって続き、ゼーベックもまた。

 ディネルースも衝動のままに、彼らに従った。

 いったい、何を・・・

「・・・久しぶりだな。我が王があれをなさるのは。年甲斐もなく拝覧しとうなった」

「まったくだ。ここしばらく、必要とはされておらなんだからな」 

 何だというのだ。

「何じゃ、黒殿はまだ知らんのか? お主ら、おそらく御恩恵はもう受けておるのだぞ?」

「・・・いったい、何のことです? 王はいったい何を・・・」

「まぁ、見とれ」

 彼女たちの眼前で、豪雨のなか丘の一隅に立ち尽くしたグスタフは、あっという間にずぶ濡れになりながら、しかし微動だにせず、天を見上げていた。

 よく見ると、僅かに口元が蠢いている。

 何かを呟いているらしい。

 魔術の詠唱だというのは、どうにかわかった。

 ディネルースは魔術上の感度をあげ、聞き耳をたてた。

 ―――なんだ、これは。

 それは、いままでの生のなかでまるで耳にしたことのない言葉だ。

 いや、言葉かどうかもわからない。少なくとも、低地オルク語でもなければ、ましてや現代アールブ語でも古代アールブ語でもない。

 何か節がついている。

 どこか悲しげな響き。

 帰りなんとするも寄る辺のない、孤児がさめざめと泣いているような。

 初めて聞くものだというのに、そんな寂寞がある―――


 オテントサン オテントサン

 コノアメハラシテオクレ

 オテントサン オテントサン

 コノアメハラシテオクレ


 ぶわり。

 彼の四肢から魔術力の波が滲み出て、それはとめどない奔流となっていく。

 丘を走り、天幕に達し、ディネルースたちを包み込んでなお止まず、大地の全てを覆っていく。

 呆気にとられ、その波動に身を委ねるしかない。

 ―――温かい。たまらなく温かい。

 もし魔術力が可視化できるものなら、それは黄金色をしているように思われた。

 何かに似ている。

 麦だ。

 そう、麦畑だ。

 大地の豊穣。

 大地一面に麦が実り、そこを一陣の微風がかけていくような。豊穣の波となって、ゆらめいているような。そんな黄金色。

 やはり波動に包み込まれてしまったらしい巨狼たちが、一斉に天に向かって吠える。

 そして―――

 それに乗ったかのように、波動もまた空へと駆けのぼっていく。

 ディネルースの背のほうから、あの波動が津波とも奔流ともつかぬ激しさで逆流してきて、空へと昇っていく。

 どこまでも。

 どこまでも。

 気づけば―――

 あれほど空を覆っていた曇天が晴れ上がり、太陽の光が差し、あちらへこちらへとその光柱が降り注ぎ。

 まぶしいまでの蒼穹が広がっていた。

 地平線の上空あたりでは、まだ灰色をした雲があったが、それは信じられないほどの速度で流れ去りつつある。

「・・・・・・・・」

 ディネルースは立ち尽くしていた。

 肩が震え、崩れ落ちそうになり。しかしながらそれは恐怖からのものなどではなく。いつの間にか、滂沱の如き涙を流していた。同族たちを殺され、あのシルヴァン川を越えるときさえ、涙など流さなかったというのに。

 何だ、これは。

 何だというのだ。

 馬鹿な。

 そんな馬鹿な。

 こんな。

 こんなことがあってたまるか。

 魔術力とは、五感を鋭くしたようなもので。他者へと直接に影響を及ぼせるようなものではなく。

 ましてや、天候を、天を操れるようなものではない。

 そんなものは、もはや魔術ではない。

 魔術力などではない。

 神のものだ。

 この世にそんなものがいるとして、それは神のものだ―――

「・・・王が。我が王がこのような真似ができると気づかれたのは、あのロザリンドの会戦のあとじゃ」

 シュヴェーリンが言った。

「我らは、さんざんに打ち負かされ、撤退をはじめた。だが夜通し歩き、這い回り、日が明けたころにはもう皆言葉もなかった。あの年は酷い日照りでな、もともと飲み水がなかったんじゃ。おまけに水場ではお主らの待ち伏せにあった」

「・・・・・・」

「誰かが言った。雨でも降ればいいのに」

「・・・・・・」

「すると。まだうんと若く、一兵士で、少年といってもよかった王が、半ばうつろに、あの言葉を呟かれた。そして、信じられんことに雨が降ったんじゃ。大雨じゃ。みな喜んでそれを集め、飲み、そうして帰還に成功した。あの慈雨がなければ、我が種族は本当に滅んでおったかもしれん。ご自身は、自らがそのようなことを成したとは思われてもおらなんだ」

 ―――おじちゃん・・・ おじちゃん・・・おいらが雨を降らしてくれるよう、天にお願いしてみるよ。

 ―――なんじゃ、ボウズ。おもしろいことを言うのう。・・・ふふふ、やってみせい。やってみせてくれ。

「昨日のことのようじゃなぁ・・・ 初めは周りも、まさかそのようなことをあの御方が成されたとは思わず。だが何度か同様のことが続き、これは本物じゃとわかった」

「そして、我らはあの御方を王にした。懇願して、王へと迎えた」

「お主がそう言いだしたんじゃったな、ゼーベック」

「ああ。それから王は、日照りがあれば雨を降らし、雨が降りすぎれば太陽を呼ばれ。南で実成が悪いときかれば南に赴かれ、北で大地が乾いたときかれれば北へ」

「どの年じゃったかな・・・ 飢饉に襲われかかったときは、魚の群れを降らしてくれたこともあったな」

「あった、あった。あれには度肝を抜かれたな、ふふふ」

 なんということだ。

 雨だけではない。

 天より降るものは、全てを操れるというのか。

 神の悪戯か、何処かの地で空から魚が降ることがあったと耳にしたことはあったが。

 ―――グスタフ王が成したというのか!

「さきほども言うたが。お主らももう恩恵を受けておるはずじゃぞ。黒殿らがシルヴァンを渡るとき、雨や雪は弱められたと聞いたぞ」

「ああ。王は、本当は雨など晴らしてしまいたかったらしい。だがあまり強く使うと、この波動だからな。エルフどもに気づかれる。だから薄くにしか使われなかったのだ」

 ―――あ。

 渡河の際に、弱くなった雨。

 天の慈悲だと思っていた。

 あれも。あれもだというのか。

「ともかくも。それからじゃな。王は、あれこれ様々なことを思いつかれるようになり。そうして我らを導いてくださった。この国を豊かにしてくだされた」

「うむ。農業も、科学も、なんなら参謀本部も。多くは陛下の思いつかれたことよ」

「ゆえにあの御方は我らの王・・・我が王なのじゃ」

 シュヴェーリンが駆けだした。

 グスタフが、ふらふらとした足取りで戻ってこようとし、それを助けに向かったのだ。

「・・・シュヴェーリン。コボルトたちを動員しろ。魔術で捜索だ」

「わかっております、わかっておりますとも。ですから、どうか・・・」

「アンダリエル少将!」

「・・・はい、はい!」

「君も協力してくれ。君の部下も」

「・・・はい、もちろんです。仰せのままに」

「私は・・・ すまんが、ちょっと寝る」

 そうして。

 グスタフは意識を失ったように崩れ落ちると、彼にはたいへん珍しいことに、高鼾をたてはじめた。

 ―――結論からいえば。

 ディネルースたちは事故現場へ駆けつける必要はなかった。

 浮橋周辺の停滞状況を視察しようと、青軍兵站基地から現場へ向かっていたリア・エフィルディスが一報を聞きつけ、自発的に捜索に加わっており、河岸の葦草の下に半ば沈みかかっていたタウベルトをこのとき既に発見していたからだ。

 高い魔術力を持つダークエルフ族の彼女が現場にいなければ、タウベルトは助からなかったかもしれない。いや、きっと助からなかった―――少なくとも現場の者たち、なかでもコボルトたちはそう信じた。

 リア自身は、雨が上がらなければ見つけられなかったときっぱりと断言していた。集団が相手の魔術探知ならともかく、たった一頭のコボルトの気配など、雨は散らしてしまう。水嵩が増し続ければ、溺死していた可能性もあった。

 タウベルトは低体温症により加療三日の診断が下ったものの、軍病院に入院ののち、無事恢復。

 その後、軍務に復帰。

 除隊任期を迎える前に、この国に勃発した戦争に参加することとなり。

 ―――そこで戦死した。



 師団対抗演習は、その日のうちに完全な中止となった。

 そちらの統制部は大荒れ。半ば事故調査委員会じみたものになっているらしい。

 天幕の、参謀本部演習のほうは、講評に移った。

 グスタフは夕刻近くになって彼が移されていた別天幕で目を覚まし、気遣う周囲に対し、救助捜索の結果を聞くと微笑み、このままここにいる、討議を続けろと命じた。

「本当に、よろしいのですか?」

「ああ、構わん。これがいちばん面白いんだ。疲れさせるだけ疲れさせて、仲間外れにする気か?」

「・・・ふふふ、わかりました」

 それでは。そう答えてゼーベックは場を取り仕切る。

「つまるところ、どのような努力を重ねても、兵站に停滞は起きる、ということです。鉄道からの荷下ろしに起こる停滞、兵站拠点における停滞、輜重車補給線における停滞、一線部隊の機動による追従困難、天候による停滞・・・」

 あちこちから、うーん、という呻き声。

 とくに参謀本部の認識では、輜重馬車縦列の補給線における停滞が深刻だ。

 オルクセン陸軍による検証によれば、輜重車による輸送は、既存の街道を利用でき、天候等が悪化せず、滑らかに行われたとしても、兵站拠点から一日最大約四〇キロ。

 これは即ち片道輸送であって、往復輸送させるならその半分の約二〇キロが限界となる。

 つまり軍は、「尾っぽ」を引きづっていく限り、兵站拠点からそれだけの距離しか進撃できないことになる。そこから先に進むには、前線部隊が進撃を停止して縦列が追いつくのを待ち、翌日また追従という反復運動が必要となる。

 論理上は輜重車縦列を幾つかの集団に分け、各集団にそれぞれ一日分を輸送させることで進撃距離を伸ばすことは可能とされていたが、かなり危なっかしい真似であることは今日の演習だけを見ても明らかだった。

 軍が街道から逸れれば最後、即時追従は事実上不可能。そう判断せざるを得ない―――

「止むを得んじゃろ。止むを得ず前進を続ける場合には、そのための携行口糧。兵士には一日乃至二日分。連隊行李に二日乃至三日分。その四日のうちに追いついてもらうしかない」

 シュヴェーリンが言った。

 しかしながら、この方法にも問題がないわけではない。

 オルクセンの制度でいえば、兵たちは、一日辺りに支給されるべきと定められた携行「糧食」のうち、主食たる乾パンと牛肉の缶詰しか所持していない。これが携行「口糧」だ。

 副食や調味料の類は連隊以上の部隊が預かっていて、加熱調理するにしろそうでないにしろ、兵たちには日に一度別に供給されることになっている。

 連隊行李も追いつかなくなったら―――

 兵たちは乾パンと水だけで進撃することになる。

 オークの軍隊が。

 あの、オークの軍隊が。

 二日や、四日は耐えられるだろう。

 だがそれ以上は、たちまち活動に必要な栄養熱量を失ってしまう。

 シュヴェーリンが、四日が限界だといったのには、そういう意味がある。

 彼は決して兵站や補給を軽視しているのではない。

 どうやっても無茶をせざるを得ないときは戦場には必ずある、そのときはそれが限界だと言い切っているのだ。

「そこで、戦場における古来からの習い、天に命を任せるしかないわけです。やれるだけのことをやった上で、本当にやれるだけのことをやりつくした上で、現地調達は止むなし、というのが私の結論です」

「あくまで調達じゃろ? 徴発ではなく」

「当然です。徴発は禍根を招く。デュートネ戦争の失敗を繰り返すことになる」

 非常に、面倒くさい話だが。

 補給品をオルクセン軍が展開地域現地で調達するとき、そこには現地「調達」という場合と、現地「徴発」という場合の二通りがある。

 前者は、補給品の調達に対し、軍が認め正当とするところの対価を支払うもの。オルクセン軍がこれを実施する場合、軍公式の領収証は発行されるし、それが支払済か、あるいは未払いか、そういったことも全て記録される。

 後者は、乱暴だ。対価など支払わない。いってみれば、軍そのものが強制的に物資を奪い取る。領収証が発行される場合はこちらにもあるが、その相手に対し補償する意思など更々ない。

 ―――それは、いわゆる略奪ではないのか。

 なぜわざわざ徴発などという分かりにくい言葉を使うのか。

 なんとも迂遠な表現に思えるかもしれないが、実はこれにもちゃんとした理由がある。

 徴発もまた、一般的な言葉でいうところの「略奪」とは、軍の規定上異なるのだ。明確に。まるで違うもの。

「問題はこれをどの区所段階で実施させるかです。兵一名一名には、もちろん不許可。略奪罪の対象です」

 なぜか。

 部隊展開地域において兵一名一名に徴発を認めてしまうと、あっという間にこれは個による暴力行為に変じてしまう。

 風紀の紊乱、暴力、暴行―――

 おぞましいばかりの様へと成り果てる。

 軍は軍でなどなくなり、兵もまた賊徒そのものになってしまう。

 オルクセン軍の場合厳禁で、この段階をこそ軍紀規定上の用語として「略奪」と呼ぶ。野戦憲兵隊による摘発と懲罰の対象で、その執行方針ははっきりとしていた。

 ―――銃殺刑。

「では、小隊ならいいのか。中隊ならいいのか。あるいは大隊なら? こちらも望ましいとはいえません」

 オルクセン軍では、これらの部隊規模は個に近すぎ、今度は組織的犯罪の温床になると見なしていた。

 集団で略奪を働き、それを隠蔽、より悪質に行う危険性がある、と。

「やはり行李、段列を持っている部隊規模以上か」

「そうなりますな」

 段列―――自前の兵站組織を持っている部隊以上限り、「調達」を認める。

 現地から食糧等を取得する場合、明確にこれを会計上記録し、対価を支払うことができ、そしてそのように取得した物資を必要各所に配布できる規模の部隊にのみ行わせる、ということだ。

「また、この実施は軍もしくは軍団、あるいは師団の兵站官による許可が降りた場合にのみ限る、ということで―――」

「当然だな」

 グスタフが頷いた。

 彼らは、以前のディネルース・アンダリエルなどからすると、あるいはかなり迂遠な議論をやっていたように思えたかもしれない。

 ―――現地調達はどこの軍でも当たり前。今更なにを。

 だが今の彼女には、この議論は明確に異なると、きっぱりと認めることができた。

 要するにオルクセン軍は、従来通り最大限の兵站努力をし、その上で生じる兵站停滞上の解決に用いる場合にのみ、現地調達を認める、というのだ。しかも、徴発については慎重で、個の略奪については厳禁とした上で。

 最初から現地調達及び徴発に頼る軍隊と、やむを得ずこれを実施するという軍隊では、例え外部からの見た目は同じでも、これは確かに明確に異なるものだ。

「部隊での徴発を禁じはしないのじゃな?」

「そのあたりは、軍法上かなり微妙な問題を孕みますから、上級大将」

 例えば―――

 この演習でも行われたような架橋作業が前線で実施されたとき、現地に所有者不明の小舟が繋がれていたとする。

 架橋を行うには迅速さが肝要で、そのような小舟があれば現地指揮官は間違いなく利用する。

 ただちにためらいなく使用して、架橋作業に必要な兵員・器材の第一陣を、あるいは警戒に要する兵員を対岸に渡すだろう。

 この小舟は、厳密にいえば調達ではなく、徴発されたことになる。ただし、略奪されたとは見なされない。そういった扱いになった。

 そのような行為まで罰するわけにはいかず、徴発は部隊規模において行われるぶんには、禁止事項にするまでは至らない。そんなことをすればあまりに杓子定規となる。

 では、その工兵隊が敵地において発見した農家納屋で休養をとり、そこにあった食糧や酒類の類を所有者の許可なくかっぱらい、全員で飲み食いした。代価は払わなかった―――これもまた徴発で、そうなるとかなり怪しい。略奪ともいえる。

 一概に禁ずるわけにもいかず、また過度なものは見逃すわけにもいかない。

 このあたりは憲兵による調査と、軍紀による是非の判断に依る、という運用に委ねるしかないだろう。

「次に、新戦術の実験結果ですが―――」

 天幕内たちの幹部は積極的に討論した。

 コボルトの魔術通信、探知は有用である。

 また、大鷲による空中偵察は高い効果を及ぼすこと。

 これらは更に錬成し、大々的に取り込み、来るべき戦役に活用すべきであること、等々。

「如何でしょうか? 他に何か御意見は―――」

 ディネルース・アンダリエルは、目頭を揉んでいた。

 このとき彼女は、オルクセンの軍隊や、彼らが言うところの新戦術の幾つかに、重大な欠陥があることに気づいていた。

 それも、昼間のうちに。

 指摘のために発言をしたものかどうか、迷っていた。

 彼女は正式にいえば視察将官に過ぎない。シュヴェーリンもまた同様だが、彼とは立場が違う。ダークエルフ族は、現状、軍での足場も不安定だ。部下たちの風当たりも考えてやらねばならない。

 だが、この雰囲気なら―――

 ええい、構わん。

 エトルリアの詩人も、「物事は成したあとで後悔したほうが、成さずに後悔するよりずっとましだ」と言うではないか。

 慎重に言葉を編んでから、手を挙げる。

「少将」

「はい。魔術通信及び魔術探知の使用法について、僭越ながらご提案があるのですが」

「よろしい、伺おう。貴公らはその道の先達だ」

 ありがたいことで。

 立ち上がるとき、ちらりと見ると、シュタウピッツ少将は若干嫌そうな顔をしていたが。

 彼にしてみれば、ケチでもつける気かと警戒する一方、種族の者をダークエルフ族に救ってもらったばかりなので、何とも表現のしようのない表情だった。

「黒板をお借りしてもよろしいですか?」

「ああ、構わんよ」

 チョークを手に取り、一か所に兵科記号を描く。擲弾兵の、大隊を示すもの。

「これが魔術兵を含む大隊。コボルト族の魔術力は素晴らしいですから、彼らは本日の演習で大いに魔術探知を実施し、成功させているのを拝見しました―――」

 表情を緩めるシュタウピッツ。

 我ながらおべっかを使うとは。嫌な真似だ、まあ成功させていたのは事実だからな、ディネルースは微かな自己嫌悪に陥りつつ、大隊の前方へと直線で一本の線を引く。

「魔術探知の可能距離は、術者の体力及び能力、体調、天候等にも依るでしょうがおおむね五キロ。“この方向に何かがいる。なかなかの数らしい”そんな感じ方、また現状の探知方法だと思います」

「そうだな」

「私がご提案したいのは、その精度を上げる方法でして―――」

 頼む、気づいてくれ。

 そう念じながら、さきほどの大隊の横並びに更に二つ、大隊を加える。

「戦線に展開したこちらの大隊二つからも、あるいは連隊本部系からも、対象が五キロ圏内なら気配は感じるはず。その方向を追加すると―――」

 各大隊から、直線を書き加える。

 一本、二本―――

 最初の一本とそれらは交差し、一か所で交わった。

「これが。かなり正確な探知対象の現在位置になるはずなのです」

 場がざわめく。

 当然だろう。「あの方向に何かいますよ」と「この場所に何かいます」では、たいへんな違いだった。

 なぜこんな単純なことに、誰も気づかなかったのか。

「・・・三角測量か! 魔術による三角測量。そう言っていいかどうかわからんが・・・」

 兵要地誌局長のローテンベルガー少将が叫んだ。

 職務柄、地形を測量、計測する部局の長である彼は飲み込みが早かった。三角辺を利用した、そんな測量方法があるのだ。

「その通りです」

 ディネルースはにっこりと微笑んでやり、そうして、願うような気持ちで付け加えた。

「三か所にこだわる必要はなく、最低でも二か所。ただしこの方法は、探知報告箇所が多ければ多いほど、正確となります。これは、魔術通信の逆探知も同様。仮想敵が魔術通信を使用し、我が軍がこれを傍受した場合、この方法でおおよその相手位置はつかめます。魔術通信の傍受は、かなり遠方からやれますから。大いに活用できるかと」

 魔術通信を逆探知することは、ちょっとややこしい話だが、対象の通信間距離より長い。

 魔術通信とは、少し離れた距離で並んだ者が大声で怒鳴りあって会話しているのだと例えてみよう。

 互いの会話がはっきりと聞こえる距離が「通信間距離」。

 これが現状、最大で約二キロ半。

 一方、この会話をはっきりとまでは聞こえないものの、どこかで大声でどなっているやつがいるなぁ、という距離ならそれより遠くからでも「耳」に入る。

 これが魔術通信逆探知の「最大探知距離」。

 その距離は、魔術位置探知と同じ、約五キロといったところ。

 なるほど、おお、やるべきだ、などいった声が天幕内に満ちるなか―――

「ふふふふふ。ふふふふ、ふはははははははは!」

 グスタフが笑いだした。

 心底おかしそうにしている。

 何事かと、全員が視線を向けるほどの哄笑だった。

 ひとしきり、腹を抱え、涙を流さんばかりに笑ったあと、彼は告げた。

「しょ、少将。少将、少将! 気を使ったなぁ。つまり君が本当に言いたいのは、この方法を用いれば、我が軍における現状の魔術通信及び探知の使い方では、エルフィンドに筒抜けになるに違いないというのだな! そうだろう? なにしろエルフ族は、軍はおろか、どこの誰でもこれがやれるからなぁ・・・」

 天幕内の空気が、一瞬でねっとりと淀んだ。

 誰しもがその可能性を理解し、呆然、愕然、唖然とした。

 ―――エルフ種族は、その全員が強力な魔術力を持っている。

 たしかに、そうだ。それなら。しかし、いや、そんな。

「そ、そんな馬鹿な・・・」

 シュタウピッツ少将が、いちばんの衝撃を受けていた。

「いやいや、シュタウピッツ。君と君の種族の成してきた努力に、怠りはないよ。私もこんな方法までエルフィンドが使い得るとは思ってみてもいなかった。私にも魔術力はあるが、天候が操れるだけであとは療術魔法が少し、通信や探知はまるで苦手だからなぁ・・・」

 天候が操れるだけ、というのもどうかと思うが。そのほうが、よほど凄い。ディネルースは呆れながらも、彼が全て理解してくれたこと、シュタウピッツ少将への配慮までやってくれたことに感謝した。

「はい、我が王。これをご覧下さい。おそらく、おおむね合っているはずです」

 彼女は自身が書付に使っている手帳を取り出した。

 軍用の、頁に蝋引きがされた防水手帳だ。

 鉛筆を使って、彼女自身が探知し、また彼女の部下たちの探知した情報を元に予測した、この演習の彼我両軍部隊配置が記されていた。

 グスタフはそれを受け取り、眺め、またげらげらと笑ってから、ゼーベックに手渡す。

 ゼーベックは一見してから。

 どっさりと、椅子に座り込んだ。

 頭を抱え込んでいる。

 それはディネルースの言う通り、ほぼ正確に成功していた。

「じい。そう弱ることもあるまい。対処法はそれほど難しくないだろう?」

「・・・そうですな。作戦発動前には、徹底した魔術通信封止を実施。通信は電信に限定。それと魔術通信封止に関する規定を定めて、野戦においては会敵まで魔術探知と魔術通信逆探知を主流に使用。その結果は電信及び伝令でやり取りして、封止解除後にはじめてこちらの魔術通信を使用。そんなところですか」

「うん。そうだな。もちろんこれはアンダリエル少将の言う通り、我がものとすれば軍の大いなる武器にもなる。そのための運用法も考えるように。とくにラインダース少将―――」

「はっ」

「おそらく、我が軍でいちばんこの探知方法に向いているのは君たちだ。魔術力の点ではコボルトたちも素晴らしいが、君たちなら高空からこれをやれる。二羽、三羽と上げて三角測量をやるのだ。おそらく精確な地図とコンパスを持って上がる必要がある。ぜひ一つ研究してみてくれ」

「はい、我が王」

「やれやれ、また空に携えていくものが増える、そんなところか?」

「ふふふ、まぁそんなところです」

 くすくすと笑いつつグスタフは頷き、

「シュヴェーリン。お前もよかったな。が聞けて。少将は約束を守ってくれたぞ」

「・・・は?」

「わからんか? これがおそらく、一二〇年前、我らがロザリンド渓谷で負けた理由だな。あのとき我らは何度も待ち伏せにあった。それも嫌になるほど正確に、側面や後背を突かれて。撤退中まで。あのころ我らに魔術通信はなかったが、探知の三角測量をやられていたなら納得だ。そうだろう、少将?」

「はい、我が王。ご慧眼のとおりです」

「ふふふ、ご慧眼ときたか」

「―――あ」

 上級大将はがたりと椅子を鳴らして立ち上がり、そして彼もまた座り込んだ。

 シュヴェーリンが実に彼らしかったのは、大声で笑いだし、それはグスタフの哄笑以上の音量、時間だったことだろう。

「なるほど! なるほど! 今夜は一二〇年ぶりにぐっすり眠れそうですわい!」

「ふふふふ、結局寝るのか!」

「ええ、もちろんです!」

 彼はそんな牡だった。

 いい牡だといえた。

「少将。まだ何か昔話があるようなら、この際、せっかくだからシュヴェーリンたちに聞かせてやって欲しいな」

「はい、我が王―――」

 この王も大したものだ、本当に。

 この場が針の筵にならずに済んだことに感謝しつつ、ディネルースは続けた。

「いまからお話することは、一二〇年前、我らがとった戦法の一つですが―――」

「うん」

「エルフィンドの軍隊は、相手の指揮官、将校を狙い撃ちにします」

 流石に、天幕内の雰囲気が騒めいた。

 彼らの価値観でいえば、たいへん卑怯な真似といえたからだ。

 ほんの一〇〇年ほど前まで。デュートネ戦争で国民軍が生まれる以前には、星欧大陸の戦争にはむしろ様々な箍がはめられていた。一種の芸技だった。

 各国の王や領主は、職業軍人や傭兵で構成された軍隊を率い出征しても正面決戦を避け、運動戦を多用し、如何にして相手を無力化しようかと知恵を凝らしたものだ。

 そのような中で、意図的に指揮官を狙うという行為は禁忌に等しかった。

 日常生活においてさえ、一騎打ちや決闘が重視されたのは、明確なルールのなかで正々堂々と戦える手段であるからだ。不意打ちなどで、それを破ることは騎士道に悖る真似―――そういうわけだ。その精神だけは未だに生きている。

 グスタフは騒めきを手を挙げて制し、

「なるほど。それも納得だ。おそろしく効果的ですらある。シュヴェーリンやゼーベックのじい、それとほんの僅かしか、当時の将軍や幹部たちは生き残らなかったからなぁ・・・」

「・・・は、恐縮です」

「しかし、どうやって見分けた?」

「一つには旗印。当時はたいへん派手でしたから」

「うん」

「それと、兜のかたちです」

「・・・なるほど」

 当時のオルクセンの軍勢は。

 将軍たちは、独特な形状をした、スパイク付きの兜を被っていた。

 そしてそれは。

 ―――現在の軍用兜の意匠のもとになっている。

「つまり少将。君は、軍用兜は危険だというんだな?」

「はい。軍用兜は、いまでは一兵士まで被っておられますが、将校以上のものは飾りがたいへん派手です。おまけにサーベルを帯びていますので」

 演習初日の昼間に見た、あの兜やサーベルの鞘の煌めき。

 ―――私なら、間違いなく、撃つ。

「・・・よし。軍用兜は止めよう。全将兵、動員時には略帽を被って出征だ。サーベルの鞘には布か何か巻かせる」

 元々、オルクセン国軍は制帽扱いの軍用兜と、日常用の略帽の両方を使わせている。

 彼らの、とくに兵たちが軍用兜ばかり被っているのは、見栄えや誇り、着用規定上の問題もあるが、フェルト製の略帽は背嚢の中にしまっておけるものの、硬革と金属製の軍用兜は被っておくのがいちばん運搬しやすいからだ。

 軍の予算上の負担は最小限で、すぐに対処できる問題だ―――

「王! 我が王!?」

「シュヴェーリン。不満か?」

「当然です!」

 指揮官を狙う者が卑怯なら。

 一線に立つ指揮官にとって、逃げ隠れするという感覚もまた卑怯だ。国家への崇高な義務への、不忠ですらある―――

 これは彼らのみならず、世界の軍隊、その将校たちなら誰でも首肯した感覚に違いなかった。例え、表面上だけでも。

「現代の戦闘は複雑怪奇。指揮官が斃れれば、部下将兵を無用に殺してしまう。これを回避するためのもの、そう心得よ。シュヴェーリン」

「・・・しかし」

「納得できんか。略帽とて、兵たちのものは鍔無しだが、尉官以上は鍔ありだろう? 程度差問題というところだ」 

「は・・・ はい」

 幸か不幸か、そのほうが戦場では活動しやすくもなる。軍用兜は、着用感としてもどうにも堅苦しい。

「うん。今日は実に有意義だったな。もし他になければ、食事に移ろう」



「アンダリエル少将。明日朝帰るのか?」

「はい、王。我が王」

 その夜ばかりは兵食ではなく、立派な夕食が出て。

 解散となった午後八時。

 すっかりよい心持ちとなっていたディネルースは、部下たちと宿舎の演習地庁舎へと戻ろうとしたところを、グスタフに呼び止められた。巨狼のアドヴィンを伴っている。

 食事は素晴らしかった。

 とくに、オルクセン南部風だという、牛肉のスープ煮が最高だった。

 これは、大きな鍋に野菜でとった出汁を作り、牛肉のよいところを塊のまま煮て、丁寧に灰汁を取り、薄切りにする。そして、ワインヴィネガーや、ホースラディッシュや、カレーのソース三種類を添えて供すという、結構なものだったのだ。

 この出汁をそのまま利用したという、深い滋味のある、大麦のスープもよかった。

 天幕内の歓談も盛況となり、また各将官たちともすっかり打ち解け、ディネルースとしては実に有意義な演習視察だったといえよう。

 ―――王の、あの魔術を拝覧できたことも含めて。

「ご苦労なことだな」

「部下たちも待っておりますので」

「・・・そうか。実は見てもらいたいものがあってな」

「はい・・・?」

「いつまでも、仮称ダークエルフ旅団では締まらん。軍の書類上もよろしくない」

 彼はそういって、この演習中によく弄繰り回していたあの手帳を取り出した。

 頁を繰り、彼女に掲げて見せる。

 それは、大きな、くっきりとした文字で書かれていて、二重丸で囲ってあったので、夜目の効くディネルースには、もちろんしっかりと見えた。


 アンファウグリア旅団


 アンファウグリア。

 古代アールブ語で、「渇きの顎」を意味する。

 あるいは、「赤い顎」、「血の顎」とも訳せた。

 エルフィンドの神話伝承に登場する、巨大極まりない巨狼族の始祖の名だ。

 伝承によれば、いまの巨狼よりずっと大きく。

 鋭い牙を持ち。

 そして。

 ―――神話上の、白エルフ族の女王を食らい尽くした巨狼の名。

「どうだろう?」

 ダークエルフ族旅団戦闘団アンファウグリア。

 ―――素晴らしい。実に素晴らしい!

 ディネルースは快哉した。

 なんと素晴らしい名だ。

 まさしく我らに相応しい。

 グスタフが、少なくともこの演習の最中、閑さえあればそればかり考えていたのだとも分かり、嬉しくもなった。

 きっと彼のことだ、膨大な知識の棚のなかから、あれを考え、これを候補にし、選びに選びといった具合に、練っていたのだろう。

「謹んでお受けします!」

「そうか、ふふふ」

 王に対する敬語というより、芝居がかった騎士の口調でディネルースはその新たな旅団名を拝領した。

 しかし―――

 ふと気になることがあり、王の傍らに控えていたアドヴィンを見つめる。

 彼らからすれば。

 自らの種族、その祖の名だ。

 それを、彼らを狩った過去を持つ、ダークエルフ族が使うのは・・・

「・・・気後れする必要は、微塵もあるまい」

 じっとディネルースを見つめたあとで、アドヴィンは言った。

 それは、彼女が初めて聞く、彼女へと向けた、この巨狼の声であった。

「貴公らは誇り高い。そして強い。我らはおそらく、それをどの種族より知っている。我らに勝るとも劣らぬ。そして貴公らもまた、我らと同じ運命となった」

「・・・・・・」

「我らが祖の名、存分に使うがよい。そして、白エルフどもを―――」

「・・・・・・」

「その顎にかけよ」

「・・・謹んで」

 きわめて真面目に、ディネルースは片膝をつき、頭を垂れた。

「ふふふふ。なんとまぁ。私もそんな真似はしてもらったことはないなぁ」

「あら、そうでしたか?」  

 やはりこの演習は。

 彼女とその種族にとって。

 実に成果多きものだった―――



(続)

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