第35話

(終わり)


 西天満のビルから出てきた松本は僅かに背後を振り返る。彼は魔術組合(ギルド)からの指示通り、病院へと比嘉鉄夫を運んだ。これは今回のミッションにおいて十分、魔術組合(ギルド)と打ち合わせた事項だった。


 ――『魔香石(ラビリンストーン)』の所有者は患者として病院へ隔離。その後、魔術組合(ギルド)から派遣された解毒師により、正常者へ戻す為の回復治療(ヒーリング)を行う。


 松本はスマホを手にした。『魔術師の目(マジシャンズアイ)』が画面に現れ、通信を開始する。

 魔術師の目の瞼が数度開くと、画面越しに音声ファイルが届き、タップすると声が聞こえた。


 #これは、大魔術師(マスター)松本。

 東方世界魔術師組合です。どうやら無事ひとつ事件を解決しましね。


 声は酷く細い。その声音から男か女かは判別できない。その声に松本が答える。


 #そうですね。その報告をさせていただきます。

 松本が答える。

 #それで聞きますが、今回はあなたが直接手を下したのですか?

 #いえ、私は何も。弟子のこだまが成し遂げました。

 松本が答えた後僅かに間が開いて鼓膜奥に音が響く。それが拍手だと彼が気付いた時、電話向うで声がした。

 #それは結構。また同時に幾つかの報告を頂いたとことはこの『魔香石(ラビリンストーン)』の今後の調査に於いて大事な発見となるでしょう。


 ――『彼女』

『新世界』


 松本が東方世界魔術師組へ告げたことはそれだけだが、既に彼の頭の中では何かがパズルの様に形作られている。

 きっと、だが…何かそれらの言葉一つ一つが全て集まる時、きっとこの『魔香石(ラビリンストーン)』を巡る事件の全貌が明らかにあるに違いないという直感が働いているのだ。

 だが、今は魔術組合(ギルド)へ事実だけの報告をして余計な詮索はしない。

 声が聞こえる。

 #若い魔術師の成長は魔術組合(ギルド)にとっても非常に喜ばしい。恐らくこの件は、あなたの弟子である彼が解決したのでしょう?

 違いますか?

 大魔術師(マスター)松本?

 まさしく彼は絞首執行人(ハングマン)ですね、彼は我々のかけた『呪い(ギアス)』の為に日中走り回る…


 そこで小さな笑いがあった。それは卑下している笑いではない。どこかユーモアにあふれた温かい笑いだった。

 #まるで太陽に吊るされた絞首執行人(ハングマン)とでもいえますかね。


 ですかね、とふっと笑って手短に松本は答えた。それから数秒、相手に言葉を選ぶ沈黙が有って問いかけがあった。


 #…そう、あなたにとって二人目の弟子は、さすが奇書『13の書』に選ばれた資格ある人間(レスター)ともいえるのですが、人物としては非常に素朴で優しさと誠実さに溢れた『神秘力(マナ)』を持っている様に思う。

 #ありがとうございます。

 答えた松本に再び相手が問いかける。それは先程とは違う過去を振り返るような響きがあった。

 #…そう思い起こせばあなたが弟子をとられたのは久方ぶりでしょう。そう、それは…あの頃、まだ日本が…


 #組合長(ギルドマスター)

 松本が相手の言葉を遮る。

 遮りがまた互いの間に沈黙を生んだ。その沈黙の意味を互いが推し量るだけの数秒が過ぎると、松本が言った。

 #比嘉鉄夫は三年、筋肉が硬直したままでしょう。それまでに十分な回復治療(ヒーリング)をお願いします。

 #『石の上にも三年』ですか、彼が辛抱強く我慢しなければなりませんが、しかしその魔術の効果は思った以上の効果のようですね。おそらく『魔香石(ラビリンストーン)』によって神経系やらが大分ダメージを受けていたために、硬直させて尚、辛抱という神の意思になったのでしょう。しかし承知しました。

 素早く相手が答える。


 #それでは、組合長(ギルドマスター)

 言ってから電話を松本が通信を切ろうとした時、相手の声が届いた。

 #もうひとつ聞きます、大魔術師(マスター)松本。

 松本はスマホを手元に引き寄せた。

 #彼にかけた『呪い(ギアス)』、それにおいて彼自身は或る事実を思い出しましたか?


 松本はその問いかけに、いいえと答えると通信を切った。その素振りはまるで何よりも秘密に伏せたい感情が現れた動きだった。

 松本は夜空を見上げた。見れば大きな月が見えた。


 ――満月(フルムーン)


 月は魔術の効果最大限発揮させる。それも今宵は満月のようだ。比嘉鉄夫にかけられた魔術も最大の効果を発したに違いないし、


 …それに、

 

 と松本は思いながら4WDのドアに手を遣って乗り込むとエンジンをかけた。

 彼にかけられた『呪い(ギアス)』も最大限の効果を発している筈だ、今宵は。

 だから

「破られはしない」

 そう何事かに向かって呟くと、松本は真剣な眼差しのまま大阪の中心街へと車を走らせた。

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