第16話

(15)


 ――正直、ちょっと待て!と言いたい。


 僕は魔術組合(ギルド)との関係、いや、正直それは悪縁といっていいもので、それに引き寄せられて何の因果かここにいる。

 それだけなんだ。

 幸福の時間と不幸の時間が交換される『呪い(ギアス)』。全く僕にとってはおせっかいともいえるような勝手気ままであちら都合の運命(ディスティニー)。それはまるで重力に引き寄せられて落ちて来るある意味、僕の惑星落下(メティオ・ストライク)だ。

 それだけなんだ。

 それが何故、まだ初めましても言っていない見も知らない男から敵視され、それよりも何よりも殺意を抱かれなければならなんだ。

 その彼女とかいう存在の為に。

 腹が立つぜ。

 ギリとする音が奥歯でする。そいつは僕の沸騰しそうな感情が着火した音。

 僕は片膝を突きながら口を開く。

「…あのさぁ、何なん?あんた?」

 男が眉間に皺寄せる。

 僕は続ける。

「僕に何の恨みが在んの?まだ『はじめまして』も言ってないんだよ。それなのにさぁ。何か知らないけど、授かっちゃったおまけみたいな『力』で、色んな人に迷惑かけてさぁ。おまけに魔人とかいって。あんたのこと、まぁ何が人生にあったか、長舌話聞いたところでこちとらさっぱり分からないし、理解しねぇし。まぁ察するにまとめれば子供に何か言われて精神的ショックを受けて失業して、挙句に仕事を失い、それから突然前に現れた美人か、何か知らないけど『女』に優しくされて、股間を触られて、いかれて浮かれてる存在」

 男の肩がゆっくり左右に揺れているのが分かる。それは僕の言葉に感情が燃え始めているのかもしれない。

 

 だから何だ?


 僕は膝に付着している土を払う。僕は噛みしめた奥歯を舌で舐めた。

「…あんた、唯のそんな狂人を演じてるだけだろう、バケモンじゃなく、変人だよ。僕にとっては」

 その瞬間男の眼が見開いた。

 もう目が爛爛と輝いている。

 男の前身は頭から足先まで血が滾っているだろう。揺れて制止した肩から水蒸気でも上がるように見えても可笑しくない。

 男が口を開く。

「…おまぇぇえええ!!」

 ゆらりと足を一歩だすが、サンダルがもたつく様にもげた。力強い一歩だったのだろう。

 男は口もとに垂れていた涎を手の甲で拭く。それから薄くなった髪の毛を手でせわしくかき乱す。

 もう完全に男は怒りで我を忘れている。

 僕は思わずほくそ笑む。

 それは何故か?

 戦いに於いて何よりも大事なことは『冷静』さを保つことだ。

 古代ローマのスパルタの戦士もローマの剣闘士も、また戦国時代の侍も戦場で勝利する者はひとえに誰よりも戦場の熱気に触れても、かつ心の中に『冷静』を保ち得る者だけだ。

 それはつまり戦場での幾つもの経験を得て持ち得ることができるのだ。

 僕は、それを体験してその意味を知っている。ミレニアムロックを巡る旅で既に習得済みのスキルだ。

 比嘉鉄夫、お前にはあるまい?

 この精神的余裕が躰の四肢の隅々に普段と変わらぬ瞬発力を漲らせ、どのような状況に置いても冷静に知恵を発揮できるという勝利への絶対的条件だということを。

「この野郎、せっかく、五分ぐらいに力で遊んでさよならしてやろうとこちとら思っていたのによ!!」

 男が燃え上がるような目で僕を睨む。睨んで叫ぶように言う。

「てめぇを絶対ガラスみたいに粉々にして、肉ミンチの様にしてやらぁ!!」

 

 ぐるああぁ!!


 男が獣の様に叫ぶ。

 それを聞き思った。

(ちょっと熱くさせすぎたかな)

 少しだけ僕は後悔したが、だがまだ足りない。あいつの頭らからこれっぽっちもの理性を奪い去らせるんだ。

 それが僕にある挑発を思いつかせた。

 そう、僕は遂に男の感情に油を注ぐような一言を言ってやろうと決めた。

 まぁ火に油を注ぐとはこのことかもしれない。

 そう、僕が言った一言。

「彼女の事は僕の方がよく知っている。いろんな意味でね」


 …まぁ、本当は知らんけどね、

 彼女の事なんて。


 僕はふっと笑った。

 これでコンプリードだ。

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