負けから始まる勝利への道

酎ハイ呑兵衛

第1話 炎の中

砲火と轟音が辺りを包む。

煙が通路や部屋にも充満し、そこかしこに守備隊員の死体が転がっていた。

司令室も直撃を受けて、瓦礫と硝煙と、血にまみれていた。

化学物質の妬ける匂いや、電気の焦げる匂いなどが充満して、むせ返るような息苦しさがある。

不思議と咳が出てこないのは、鳴神神なるかみ じんの心がもうすでに折れてしまっていたからかも知れない。


鳴神神は、右手に握った拳銃の銃口を、こめかみに当てて、引き金に指をかけた。

もうだめだ、そう諦めてしまっていた。

そして、引き金を引こうと指の力を入れたその時、隣で気を失っていた本郷剛ほんごう つよしが目を覚まし、咄嗟に止めてくれた。

銃弾は鳴神のこめかみを逸れて、瓦礫とかしたコンソール類へとあたって音をたてた。


生気の抜けた、死んだ目が、本郷を見た。

「死なせてくれ」

鳴神はボソリと呟いて、力なく床にしせんを落とす。

「バカ野郎!」

本郷は思い切り力を入れて、鳴神の顔面に一撃を入れた。

鳴神はその勢いで1メートルも吹っ飛び、拳銃も床に転げた。

「死ぬなんて、無責任だろう!テメーが殺した部下のためにも!自殺なんて許されねぇぞ!」

言いながら、本郷は鳴神に馬乗りになり、激しく顔面を打ち続けた。

鳴神は、何度か殴られて、唇が切れた。

血が床まで滴り、そこでやっと、本郷は鳴神の顔面を殴るのをやめた。


鳴神はぐったりと力なく床に見を置いたが、目だけは見開いていた。

「お前が死ぬなんて、自殺なんて逃げ口は許されないんだぞ!」

本郷はまだ言った。

「お前はこの戦乱を引き起こした元凶だ!お前が逃げたら、死んでいった奴らの、思いが無駄になるんだよ!」

本郷はそれだけ言い切ると、一発だけ殴って、鳴神の体から離れた。

鳴神はその一撃で、やっと瞳に正気が戻った。


本郷はヨロリと起き上がると、鳴神の方を抱き起こし、煙の満ちる室内から、壁を伝ってのそりと這い出た。

非常灯はかろうじて点いていたから、薄明かりで廊下の障害物を避けながら進むことが出来た。

他にも人が、廊下に寝ていたが、誰一人として生き残っている者が居なかった。

血で滑って転びそうになったりしながらも、ゆっくりと確実に、歩みをすすめた。


広い基地だったので、外の空気を吸えるまでの所へ行くのに、1時間30分ほどは掛かってしまった。

本郷は鳴神の親友であり、副官でもあった。

この日、地球は未知の生命体に急襲を受け、負けてしまった。

宇宙からやってきたのか、異次元からの来訪者なのか、相手のこともよく調べる間もなく、本当にまたたく間に侵略された。

ほとんど何も反撃できなかった。

人類の3分の2が殺されてしまい、インフラその他の生活基盤が根こそぎ破壊されてしまったので、道路も逃げ惑う人々で混乱していたし、公共機関などは、運転手やスタッフがほとんど逃げ出して、電車やバス、航空機などは動いても居なかった。


世界は混乱の極みにあった。

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