第5話

 炎の悪童を逮捕してから一時間後。


「んがああああ! アニメイト閉まってんじゃねえか!」


 アニメイトの入り口前で、九重は両膝を地につけ、項垂れていた。


「まあ悪童の出現があったんで閉店時間じゃなくても閉まってたと思うっすけどね」


 そう香山がなだめるが、九重は見苦しく反抗する。


「やだー開けろー。お前が店員やれよぉ」


「いやっすよ。てかラノベ買うんだったら普通の本屋さん行けばいいじゃないっすか」


「それはだめだ。普通の本屋じゃアニメイトのポイントカードが使えねえじゃねえか。そんなことも知らねえのか」


「いや、知らねえよ。一般常識みたいな顔で言うな」


 香山と九重のバカみたいな会話をずっと横から眺めていた川坂が、九重に頭を下げる。


「飆灯さん……でしたよね。この度は助けていただき誠にありがとうございました。飆灯さんがいなければ、この街は焼き尽くされていたと思います。この御恩、どうお返しすればよいか――」


「あ、ど、ども。……お礼なんていらないですよ」


 九重は真っすぐに感謝の意を伝えられるのが苦手であり、返答がしどろもどろになっている。対照的に、川坂は九重に多大なる恩義を感じており、しばらく粘っていた。


 このままでは埒が明かないと思った九重は川坂の隣の加藤に目を付けた。


「あの。……隣の銀色のお嬢さん、ものすごい大人びていて美人さんですよね」


「え?」


 急に話を振られた加藤はおどろきの声をあげる。


「あ、飆灯さんもそう思いますよね。彼女、こう見えて十九歳なんですよ。胸も大き――」


「十九歳!?」


 刹那、九重の脳に大量の血液と年下という事実がかけ巡る。


 息が荒々しくなっているのにも気付かず、九重は不用意に加藤へすり寄る。


「あのぉ、ちょっと向こうでお話しませんか?」


「いやや」


「拒絶も悪くないなぁ!」


「ええ……?」


 絵にかいたようなドン引きである。


 加藤はともかく、川坂にいたっては「この人にあたしは恩義を感じていたというのか」と呟く始末。


 加藤は自分の身体を守るように腕を組んで、少し後ずさる。


「せっかくかっこええことしたのに、そんなん言うたら女の子から嫌われるで」


「や、今のは別に、他意とかなくてだな」


「他意にまみれとるやろ。まったく……。もしウチが絹衣ぬいちゃんやったら自分、大変な目に遭っとるで、ぜったい」


絹衣ぬい?」


 聞き慣れない名称に首を傾げる九重。


 すると川坂が乗っかってきた。


「ああ。上司のゴールデンボールをオーバーヘッドキックしたっていう加藤の友達か」


「リーダー、大人の女性がゴールデンボールとか言わないでほしいっす。あとオーバーヘッドキックだと体勢がえげつないっす。誇張は止めましょうね」


「えー。あたしはそう聞いたんだけどな」


 香山のツッコミを軽く聞き流し、川坂は続けた。


「そういえばその一件の後どこかに飛ばされたって聞いたけど、どこに行ったんだろうな」


「さあ、それはボクも知らないっす」


「ウチもなんでか連絡とれんくてわからないんですよ。どこで何しとるんやろ」


 横で繰り出される物騒な会話を聞き、九重は手を合わせ、心中で願った。


(そんな野蛮な女とどうか出会いませんように)


 陽はすでに沈んでいる。悪童出現によって人々が避難したため、辺りは人気ひとけがなく静かで、街の明かりもいつもより乏しい。無童係たちの会話も九重の願いもすべて、平穏を取り戻した夜の色にやさしく上塗りされた。

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