シナリオ37


「おい、レッド、合言葉があるなんて聞いてないぞ!」


「今更、何を言っているゴブ? 悪の組織に合言葉は必須ゴブ。厳密には、アレはこの組織の社訓ゴブ……」


「社訓かよ! そんなのノーヒントで分かるかよ! 二択だったから助かったけど」


「社員かどうかのチェックは必要ゴブ」


「社員証を作れ!」


 ゴブリンレッドは『ご優待券』で洋館に潜入したものの、あえなく上司に捕まってしまったという。そして「サボるな!」「働け!」と洋館の門番を命じられていたそうだ。


 しかし、ステージショーが始まったことで口煩くちうるさい上司はいなくなり、ゴブリンレッドもマルサとしての税務調査を開始した直後だったそうだ。


「しかし……本当に使えるんだな……この変身セット……」


「当然ゴブ。魔王軍公認のマルサは優秀な組織ゴブ」


「ゴブリンには使えないけどな!」


 この洋館は農村の教会だった。そのため隠れて移動できるほどの広さなどない。

 アグリの姿は他の上位モンスターの目にも留まっていた。

 しかし、どの上位モンスターもアグリを見ても無関心。それどころか、教会最奥に作られたステージに熱中していた。


 アグリとしても「助かった……」と言うのが本音だった。

 なにせ、モンスターの数が半端ない。

 その上、『オーク』『ウェアウルフ』『マウンテンエイプ』『ヘルダック』『サイクロプス』『首狩り魔人』などなど、名前を確認できただけでもヤバそうなモンスターばかり。下手をすれば、この村を牛耳ぎゅうじる『オーク』より強い可能性さえある。


(コイツら何に熱中しているんだ?)


 アグリもチラチラとステージを覗き見るが、モンスターの巨大な体が邪魔でよく見えない。時折、大波のように「「「おおっ!」」」とか「「「すげー」」」などといった声が聞こえて来るだけ。


「おい、レッド、ステージで何が行われているんだ? マジックショー?」


 アイドルコンサートにしては聴衆の反応がうるささすぎる。かといって、ミュージカルやオペラでもないだろう。観衆の反応があまりに下衆げす過ぎて。


「絶対にステージは見てはならないゴブ! アレは悪魔の儀式ゴブ! さもなくば、目や体はおろか、魂までくさってしまうゴブ!」


「そ、そうか……?」


 魔王軍公認のマルサにここまで言われるステージショーに興味が沸かないわけではないが、これまでのゲーム経験上、見てしまうとバッドエンドのフラグが立ってしまうことだけは確実だ。

 アグリは(ステージは絶対に見ないぞ!)と心に固く誓った。


 興奮するモンスターから距離を取り、教会の壁際へと大きく迂回しながらステージの裏へと向かった。


「村の秘密は、このステージショーだったゴブ! ステージショーでぼろもうけして、兵役へいえきを回避していたゴブ!」


「おい! 俺にステージを見せたいのか、見せたくないのかハッキリしろよ! 気になって仕方がないだろ!」


 現在のところ、ステージを一目も見ていない。

 しかし、どのようなショーがステージ上で繰り広げられているか、既に予測がついていた。

 飢えた野獣のようなモンスターたちの絶叫、ど派手なピンクのネオンライト、キラキラ天国のようなミラーボールの光から。


(この雰囲気も、電子風俗と瓜二つだって……)


 しかし、せないのは、アグリの格好だ。

 なぜ、こんなにカワイイ(衣装)のに、飢えた野獣共はアグリに全く無関心なのだろうか。ちょっと自信があったのに……。


「そんなに似合ってない? 昔はパチンコ屋さんでも、常連客から男の娘副店長って呼ばれるほど評判だったんだけど……ゴスロリってモンスターに需要がないとか? それとも人族がダメだった?」


「そんなことはないゴブ……ある意味、お前は……ゴブ……」


「ある意味? えっ、マジ? それって超ヤバくない?」


 背筋に(ぞわわ……)とした、悪寒が走った。


「ヤバいゴブ……お前の本性が知れれば、絶対にヤオヤショーに……今後の人生が変わるか、廃人ゴブ……」


「ヤオヤショーってそういう意味かよ……いやだ! そんな新しい人生に目覚めたくない!」


「それならば、大人しくしているゴブ……ついでにゴブの税務調査も手伝うゴブ」


「ひっ、卑怯だぞ!」


 何を言おうとも、『マジカル変身セット・限定仕様』を使用している現在のアグリの戦闘力はゼロ。大人しくゴブリンレッドに従うよりほかはない。

 オロオロと周囲に怯えながらも、ゴブリンレッドの背後に付き従った。


「ど、どこへ連れて行くんだよ?」


 ステージ裏の狭い通路へ入り、周囲からモンスターの姿がなくなったことでアグリの精神は若干の平静を取り戻していた。


「洋館の執務室ゴブ……そこにお前の目標もいるゴブ」


「ええっ、マジ? 牢屋とか、強制労働させられているんじゃないの?」


「あの人質は……使奴だったゴブ」


「使えないだと?」


 山鳥タクミに対し、「使えない」という言葉は生来のNGワードだ。

 父親から「使えない奴は息子でも要らない」と言われながら育ち、ブラック企業でも、プロゲーマーになってからも、同じように言われ続けていた。

 当然、バーチャル世界、ゲーム世界ならば許容できるというものでもない。

 むしろ好きな世界だからこそ、妥協できない。


「コッペに言っているわけじゃないゴブ」

(*コッペ=お前)


「確かにそうだ……だけど……」


 アグリの過剰反応であることは間違いない。

 しかし、他人事ひとごとであっても無視などできない。他人には他人の事情があるのだから。


  ☁


 遂に最後の人質の救出へ。クエストコンプリートとなるのか?

【シナリオ38へ】

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