シナリオ33


「これより、第1192回ロットネスト王国プレイヤー法廷を開廷する。被告人、勇者アグリ! おもてを上げよ!」


 開廷を告げる鐘が荘厳に打ち鳴らされ、裁判長が口上を述べた。

 アグリが視線を上げると、それと相対するように、陪審員、検察官、証人席のプレイヤーギルドの職員、傍聴席のプレイヤーたちが一斉に着席した。

 証人席には、うさちゃん刺繍ししゅうのハンカチを必死の形相で握りしめるシーラさんの姿もあった。

 しかし、唯一、アグリの弁護人席だけが空っぽ、誰一人いない。


(俺には弁護人がつかないの? いくら貧乏でも国選弁護人くらいは……)


「罪状! 勇者アグリは、ロットネスト王国の中心地ロットネスト王国中央広場にマッパで出没。王宮が管理するひまわり園を荒らした後、マッパのままプレイヤーギルド方面へと行進。プレイヤーギルドの営業を妨害した上に、窓口エルフ嬢、シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランスにセクハラ行為を繰り返した。相違ないか?」


(シーラさんの本名、ながっ!)


 シーラさんに手ひどく振られたショックで、アグリは自我を取り戻していた。

 ラミア様の呪いが奇跡的に解けたのである。


「勇者アグリ、答えよ。罪状に相違ないか!」


「俺は……ただ、シーラさんに約束のひまわりの花を手渡したくて……!」


「否認するというのだな? 証人シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランスよ。発言を許可する。証人シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランスは被告人からひまわりの花を貰う約束を交わしており、ソレを受け取った。相違ないか?」


「ひ、ひまわりは……約束しました……で、でも、あれはお花ではなく、こ、こ、こ、股間を隠すための……モザイク代わりでした!」


「つまり、証人シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランスは、ひまわりをお花のプレゼントとして受け取った意思はなく、セクハラだったと申すのだな?」


「う、受け取ってもいません! でも、セクハラとも考えていません……アグリ君は、基本、頑張り屋さんでいい人ですから!」


「ほう……興味深い証言ですな……」という発言は、イヌ族の検察官から。

「証人シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランスは、アレがセクハラではないと主張するのですか? あの行為は明らかにGM様がお定めになられた十八禁コードに背くもの……状況によっては罪を問われますぞ? 証人シーラ・ド・ヤンチャップ・ムーラムーラ・エスペランス…………ええい、エルフ族の名前は長すぎて面倒だ! 証人ムラムラ・シーラよ、それでもセクハラではないと主張するのか?」


「私を、ムラムラ・シーラと呼ばないで!」


 シーラさんの絶叫が法廷内に響き渡った

 確かに、ちょっとエッチな妄想を掻き立てる名前に違いない。潔癖症が多いエルフ族には受け入れられないショートネーム(あだ名)だろう。


「証人ムラムラ・シーラよ。検察官の質問に答えよ」


(お前らの方がセクハラしてるだろ!)とは思っていても、アグリに発言権は与えられていない。(俺に弁護人がいたら……)と思わず歯噛みした。


「セクハラではありません……アレはアグリ君の日常的な挨拶です! ただのおやぢぎゃぐです!」


(ええっ! その証言って地雷じゃないの?)


「証人ムラムラ・シーラは日常的にオヤジギャグ、つまりセクハラ行為を受けていたということか?」


「証人ムラムラ・シーラは被告からの度重なるセクハラ行為により、感覚がマヒしているのでしょうな? 被告の有罪は確定的です!」


「「「「「異議なし!」」」」」


 裁判官の質問、それに呼応する検察官、さらに証人席や傍聴席からもアグリの有罪を肯定する声が飛び交った。

 アグリはまさに四面楚歌しめんそか


『意義あり! 検察官の尋問には、明確な誘導の意志が含まれています。只今の証人の証言は無効です!』


 そんな頼もしい声が、に響き渡った

 そして、その声はアグリだけではなく、この法廷すべての人へと伝わった様子だった。


「ほう? 私の尋問のどこに明確な誘導尋問の意志が込められていると?」


『オヤジギャグがセクハラというですよ。オヤジギャグでも全力であるならば、ロマンス映画に使われるエスプリの効いたユーモアよりも勝ります』

(*エスプリ=機知、才知。フランス語)


「ハハ、滑稽こっけいですな! オヤジギャグは昔からセクハラの代名詞と決まっておる! 股間を隠していたひまわりで挨拶など、正当化できるわけがなかろう!」


「「「「「そうだそうだ! その男はヘンタイだ!」」」」」


「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。ここは証人に判断してもらうのがベストでしょうな。お笑いの沸点など人それぞれ。特に、エルフ族となると……」


 裁判官の陳述は続いていたが、アグリはそれどころではなかった。

 四面楚歌だったアグリに、突如として味方が現れたのだから。


(この俺を弁護だと? 誰だ?)


 アグリは咄嗟に隣の弁護人席を見やるが、もちろん空っぽ。


(もしや……ピコピコ、お前なのか!)


 アグリは脳内に呼びかけた。


『ええ、私です。TACT社最新第三世代型AIです。有能な私以外にあなたの弁護人など勤まらないでしょう?』


 相変わらず鼻持ちならないセリフだった。

 しかし、現在のアグリにとっては、これ以上頼もしい存在はない。


「それでは被告勇者アグリよ。リアル世界のオヤジギャグとやらを証人ムラムラ・シーラにやってみせてくれ」


(えっ、ヤバっ! 裁判官の要求を聞き逃した!)


『あなたが日常生活でやっている挨拶をすればよいのです。ただし、のオヤジギャグを……』


「イケてない方でいいの? なんで?」


『あなたの全力は既に窓口エルフ嬢たちが知っています』


「そ、そうか……」


 つまり、一般向けのオヤジギャグとシーラさん向けのオヤジギャグを比較して、どちらが本当のセクハラか判断するということか。

 理屈は理解できないが、納得は出来た。


「シ、シーラさん……!」


「ハ、ハイ、何でしょうか? お悩み相談窓口へようこそっ! どんなお悩みでも全力で対応します!」


 どうやらシーラさんは相当緊張している様子だった。

 理解できなくもない。

 セクハラの被害者として証人席にいるというのに、再びセクハラを受けようとしているのだから。しかも公然と。(*公然=明白、大っぴら。法律用語)


「僕、農夫アグリ。レベル一で弱虫だけど、これからよろしく。


 そして、つなぎの隙間から粗末な胸を見せつける。


「「「「「………………!」」」」」


 裁判官や検察官はおろか、傍聴席までもが静まり返った。

 そんな中、シーラさんだけがただ一人、漫画チックな縦線を表情に描き、呆然としていた。

 明らかに普段とは異なる反応だった。

 普段のシーラさんならば、耳の先まで赤らめ恥ずかし気にうつむくのだ。


「ごめ~ん、シーラに辛い思いばかりさせて!」「お悩み相談窓口って、こんな奴らばっかり!」「プレイヤーギルドは窓口だけブラックね!」「酷い!」「あんまりよ!」「あんたら全員、公然わいせつ罪で訴えるわよ!」


 他の窓口嬢たちの鋭い視線が、アグリへ、そしてオヤジギャグをやらせた裁判官と検察官へ向けられた。


「これがリアル世界のオヤジギャグと言うのか?」「確かに酷い!」「酷過ぎる!」

「ゲーム世界に生まれて良かった……」「この挨拶ネタはお店で使えるぞ……」

 という声は陪審員席から。


「勇者アグリの弁護人の主張を認める。検察官は誘導尋問を控えるように。ひまわりは被告人から証人への信頼のしるしであり、セクハラ行為ではなかった。今後、検察官はひまわりに関する追及は行わないように……」


「ちっ、グルルル……」と舌打ちするイヌ族の検察官。


(わけわかんねぇ……でも、助かったのか?)


『ええ、大成功です。あなたの全力はセクハラでないと認められたのです』と自慢げに解説するピコピコ。


 恥をかいたのはアグリの方なのだが。


(ところで……いるならいるって言えよ! 何の説明もないままこんな所へ連れ込まれて心細かったんだから!)


『あなたがラミアクイーンの魅了にかかった直後から、私の機能は停止していました。私はアバターの理性そのもの、呪いの影響でしょうね』


 ようやく目覚めたピコピコとそんな脳内会話を繰り返していると、突然、法廷内がざわざわと騒がしくなった。


「ラ、ラミアクイーン?」「しかも呪いを受けたって言った?」「マジか……?」


 証人席でも、「おいっ、シーラ、俺はそんな報告を受けてないぞ!」「当ギルドに所属するプレイヤーが未知の上位モンスターと遭遇していたなんて!」「局長、私も初耳です!」「あの変態ひまわり男はラミアの上位種の呪いを受けて未だ正気を保てているのか!」「レベル一の農夫が信じられない!」「裁判官が言うように彼は本当に勇者なのか?」といった会話が繰り返されていた。


 どうやらピコピコの声は、この法廷内全員が傍聴できるように設定されているらしい。アバター『アグリ』の口を通じて弁護できないから仕方がない処置であるが、内緒話が出来ないのは困りものだ。


「静粛、静粛に! 法廷中であるぞ!」


  ☁


 アグリは有罪になってしまうのか? そして緊急クエストの結末はいかに?

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