シナリオ24


「もう着いちまったよ……最終目標地点に……」


 色々と愚痴を言い、内なるゲーム心に従うまま寄り道をしたアグリだったが、ゴブリンレッドから教えてもらったを使ったら、あっという間に村長の家へと到着してしまった。


 この事態をゲーム的ご都合主義とでも言うのか。

 たった扉一枚、鍵一個のために、世界中を飛び回ってヒントを集め、レベルを上げ、ダンジョンをクリアする。

 心のどこかで(扉を破壊するか、建物の壁に穴をあけた方が早いって!)と思っていても、普通に従ってしまうゲーマー心理を上手く利用している。


(ところでシルヴィはどこで何やってんだろ……?)


 さすがのご都合主義でも、もう一人のプレイヤー――シルヴィまでもがアグリを待ってくれるとは思えない。


 アグリは囮役――モンスターの揺動ようどうに失敗した。

 村のゲート前や村中央の古井戸で踊ってみたものの(*選択者のみ)、アグリの奇行で集まったゴブリンたちは、驚くほど理性的振舞いを見せた。

 どうかするとアグリの心境までおもんばかり、プレゼントやクエスト攻略のヒントまでくれた。


(そもそも、このクエの発端ほったんも国と国との戦争だもんな……)


 命を懸けた戦争で、相手国の心情や境遇までも考慮して戦う兵士などいない。

 戦争の契機も、支配者や政治家による価値観の押し付けが大半だ。

 最前線で戦う兵士たちは、行ったこともない領土の端っこや、くだらない民族のプライドなどのために戦っている。もしくは、お金のために――純粋な職業軍人として。

 それらが理解できているからこそ、あのゴブリンたちの態度なのだろう。


(きっとあのゴブリンたちも、そういった境遇を理解しているんだろうな……だから俺を見つけるなり同志と呼んだ……)


 この緊急クエストをどのように収拾するか、アグリの中で迷いが生じていた。


  ☼


 アグリは色々と思案しているようだが、忘れてはならない。

 クエストのクリア条件は農民の子供たちの救出。敵対するモンスターもゴブリンとオーガのみ。ドラゴニュートやヘルハウンドは鎖に繋がれている。

 誰一人、ラスボスの討伐までアグリに期待してなどいないのだ。


 そんな事情などすっかり忘れ、裏庭の窓枠にしがみつき家屋を覗き見ていた。

 ラスボスの御前というのに、緊張感に欠ける姿で……。


(ナニアレ?)


 ひときわ恰幅かっぷくが良いオーガが一匹、大の字でいびきをかいていた。

 その周囲には、人形ジジイが制作したと思われるR指定のフィギュアが大量に並べられていた。


『オーガチーフ、クエストの首謀者、つまりボスです』

 とピコピコからのテロップが表示された。


(アイツがこのブラック組織のトップか!)


 羽トカゲやヘルハウンドを劣悪な環境で働かせ、ゴブリンたちを不眠不休、20時間以上も連続勤務させておいて、自分は真昼間から天国のような場所でグースカ寝ている。


(首謀者のくせしてサボってやがる!)(寝顔が超ムカつく!)(なんか昔のバイト先の社長に似ているぞ!)


 頭上の羽トカゲも、アグリと同調するように顔を紅潮させる。

 しかし、アグリは怒気を押し殺す。

 なぜなら、人質の子供たちが見当たらないのだ。

 何度も、別の窓からも入念に覗き見るが、家屋は広大な1ディーケー。ウォークインクローゼットは無いし、バスもトイレも屋外。四人もの子供を隠せるようなスペースなど見当たらない。


(俺のゲーム勘は誤っていたのか?)


 組織の殲滅せんめつ、もしくは人質の救出という二通りのクリア条件があるクエストにおいて、『人質の隠し場所はラスボスの近くに配置する』というのがセオリーだ。

 ラスボスを認識(視認)させて、その後、人質の救出を優先させるかプレイヤーに判断させるためだ。

 そうすることでゲームに対する緊張感が増すという理由もあるが、そうしなければ別シナリオや過分なマップを作る必要ができてしまい、ゲームの制作コストが膨れ上がってしまう。もしくはどちらか一方のシナリオが希薄になる。

 世には、シナリオコンプリートを目標としないプレイヤーも多いのである。


 だからゲームクリエイターも、そんな余分な手間をかけるくらいならば、クリア条件を一つに絞り、クリア後の隠しシナリオや戦闘特化の隠しダンジョンを作る。そうした方が圧倒的にゲーマーにウケるのだ。

 この考えは、山鳥タクミのPG(プログラマー)としての経験に基づいている。


(残る可能性は……)


 そこで思い出されたのが、ピコピコとの会話だった。


『見張りも立てていない場所に人質を隠したりしませんよ……』


 この会話ログは、人形ジジイの館で偶然発生したもの。しかしクエスト攻略のヒントである可能性もある。

 ピコピコはこの『リアルクエスト』のAI。クエストの詳細までは知らなくとも、ゲームクリエイターのくせを熟知していてもなんら不思議ではない。


(もしかして……アソコか?)


 しかし、同時に疑問も残った。

 このクエストの発端は、モンスターに誘拐された農民の子供を救うというありふれた――場当たり的なモノではなかったのか?


(否、俺のゲーム勘は間違っちゃいない。ゲームクリエイターが狡猾こうかつなんだ。モンスターやお宝を巧妙に配置することにより、ゲーマー心理の裏をかいている……)


  ☁


ピコピコ:アグリは人質の子供たちが囚われている場所の見当がつきました。その場所へと向かってください。


『人形ジジイの館』

「あの大量のお宝フィギアに興味を示さないゲーマーなんていない。あれらは心的トラップだったんだ!」

【シナリオ×〇へ】 


『洋館』

「どう考えたってあの建物は怪しい……クエストに無関係なはずがない!」

【シナリオ×△へ】


『村の倉庫』

「にゃん娘のエロパネルでアグリの心を混乱させるなんてズルい!」

【シナリオ?〇へ】


  ☼


「おい、ピコピコ! 選択肢が文字化けしているぞ!」


『文字化けではありません。今、この瞬間にシナリオが変化しているのです』


「シナリオが変化だと?」


 ピコピコからそんな指摘を受けても、周囲に変化など見られない。

 アバターの頭が少し熱く感じる程度だった。


(オーガの偉そうな態度を見て頭に血が上ったか? ここまで無理したからアバターに負荷がかかり過ぎた? 人前で踊って恥ずかしかったから?)


 しかし、アグリの頭の熱は一向に収まらない。それどころか、熱中症に陥りそうなほど温度が上昇していく。


(なんで? 明らかにアバターの不具合だろ……)


 熱さに耐えかね視線を上に逸らすと、羽トカゲ『ドラゴニュート』がパタパタと頭上に浮かんでいた。真っ赤なファイヤーボールを口いっぱいにして。


「おバカ、止めろ!」と羽トカゲの尻尾に手を伸ばす。


 だが、遅かった。

 吐き出された巨大なファイヤーボールは、窓を打ち破り家屋の中へ。

 そのまま大の字で寝ているオーガチーフ(シャチョー)に直撃するかと思いきや、社長はひらりとかわした。


(なんだと!)


 目覚めてはいないだろう。

 誰がどう見てもただの寝返りだった。

 ステータス『運』が飛びぬけて高いのだと思われる。

『オーガチーフ』は『オーガ』の上位種。そう簡単に寝首をけない。

 しかし、いくら『運』が強くとも、その余波までは防げなかった。

 行き場を失ったファイヤーボールは、勢いそのままに家の柱に直撃。轟音を立ててへし折った。


 たちまち黒煙を上げて燃え広がる家屋。

 慌てて飛び起きるオーガチーフ。

「グォ? グォ~!」と憤怒か驚嘆か定かではない咆哮を上げた。


 当然の如く、家屋から立ち上る黒煙を見つけたゴブリンが集まって来た。ワラワラと四方八方から。

「火事ゴブ!」「ボヤ?」「シャチョーの寝タバコゴブ?」「ほっとくゴブ」と。


「や、やべぇ、逃げるぞ!」


 今度こそ羽トカゲの尻尾をつかみ取り、ダッシュで逃げ出すアグリ。

 その逃げる姿は、学ラン姿でタバコを吸っている所をお巡りさんに見つかった田舎のヤンキーと瓜二つ。

 羽トカゲだけはという顔色をしていたが、ここで捕まれば今度こそゴブリンの餌になりかねない。


「シャチョーを憎む気持ちは解るから!」と説得しながら、アグリは一心不乱に走り続けるのだった。


『オーガチーフはシャチョーに改名されました』


 そんな冗談のようなテロップまでもが、アグリの視界をよぎった。

 なにかの見間違いかと思われる。


  ☂


「今まで散々な目に会ったからって、放火とかしたらダメだろ! 相手がブラック組織でもやっちゃダメ!」


「キュ~」と落ち込む羽トカゲ。


 痛いほど羽トカゲの気持ちは理解できる。

 しかし、違法行為に犯罪行為で報復したら、それこそ人生の最後。残りの人生まで棒に振ってしまう。

 それでは人生の勝ち組になるどころか、ただの負け犬だ。

 こういう時は、「これ以上バカな会社や上司に付き合っていられない!」と気持ちを切り替える。自分の好きなこと――ゲームや料理に夢中になるのが一番だ。もしくは転職。


 羽トカゲに説教を続けていると、ガサガサと茂みから音が聞こえた。


(やべっ、声が大きかった!)と慌てたのも束の間、見覚えのある銀色のポニーテールが目に留まった。

 パーティメンバー(仮)のシルヴィだった。


「君っ、こんな場所で何をしているの!」


 アグリほどではないが、シルヴィも慌てていた。

 無理もないだろう。羽トカゲのせいで村中が大パニック。

 しかも、人質の安全の確保どころか、居場所さえも特定出来ていないのだから。


 アグリが返答に困窮していると、シルヴィはさらに詰め寄って来た。


「その頭上のモンスターはなに? 君ってもしかして敵国のスパイなの?」


「ちがうから!」


 ロットネスト王国は魔王軍の他にも、同じプレイヤーの国、西の隣国とも戦争をしている。その隣国には、モンスターを操ることに長けた魔術師やモンスターテイマーを多く保有しているという。

 アグリが羽トカゲと一緒にいることで、そのような誤解が生じても不思議ではない。


「この騒動も君の仕業だよね? 一体何をしたの?」


「うっ……(どうしよう)」


 正しいとも違うとも言い難いところ。

 火を放ったのは羽トカゲ。しかしここまで羽トカゲを従えて行動していたのはアグリの(プレイヤーの)意志。

 自分に不利益が出そうだからという理由から、責任を部下(羽トカゲ)になすり付けるなど、アグリが最も嫌う上司と同じだ。


  ☂


 羽トカゲの責任にして、正直に答える。

「村のエログッズを集めてました!」

【シナリオ26へ】


 シルヴィはちょろい。すべて誤魔化そう。

「人質の場所を突き止めました!」

【シナリオ25へ】

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