シナリオ4


「おおっ、勇者アグリよ! 死んでしまうとは情けない!」


 そんな男性の声でアグリの五感は覚醒を始めた。


「俺は……死んだのか……ここはどこだ?」


 見慣れない天井だった。

 神殿か教会、そんな建築様式だった。


「おおっ、勇者アグリよ! 死んでしまうとは情けない!」


「それは一度聞けば、分かるって!」


「いやいや、こうでも言わんと盛り上がらんじゃろ? RPGの定番じゃしな」


 アグリの苦言に応じたのは、年老いた男性だった。

 顔と口調こそドンガラ村のスケベ村長と瓜二つだったが、服装(装備)だけはしっかりしていた。

 シルクのような素材で作られた純白のローブと背の高い司祭帽、小さな羽根つきの杖、高貴な神官ごとき風采ふうさいだった。


「なんだ……アバターの使いまわしか……」


「失礼な奴じゃ……ワシは最高神官の一人。この世界において蘇生魔法を使えるのも数人しかおらん」


「つまり……俺を生き返らせたのもあんたの仕業か?」


「まあ、そういうことになるかの~。基本、プレイヤーのアバターは死んでも死なんように設定されているがの。代償さえ支払えば何度でもよみがえる」


「生き返らせなくて良かったのに……ゴブリンに負けるアバターなんて……」


「まあまあ、そうなげくな。人生、何事も経験じゃよ」


「ところで俺が払った代償って何だ? これまでにゲットしたアイテムか?」


 『レベル一』で『農夫』、所持金『7ガルズ』のアグリでは、蘇生の代償など持ち合わせていない。

 普通は、レベル3のダウンとその間に覚えたスキル、所持金の半分支払うと聞いている。一般にデスペナルティ(デスペナ)と呼ばれるものだ。


「それがの~、ちょっと困ったことになったんじゃ……」


 まあ、そうだろう。アグリは見紛みまがうことなき清貧の身。さらに、下げるべきレベルも足りていない。


「代償を取り損ねたのじゃ……最近、忙しかったからつい流れ作業で……」


「つまり……俺は、未払いで生き返った?」


「そうじゃ、そうじゃ! 理解が早くて助かる!」


 これがくだらない通販での買い物ならば、即刻、返品するか、消費者センターに通報するところ。

 しかし、命だと「ラッキー」と言うべきか。

 まさか、神官が蘇生させたキャラを殺しはしないだろうし。


「で、後払いになって申し訳ないんじゃが……払ってくだされ」


 とは言われても、アグリの所持金は7ガルズ、アイテムストレージにも換金可能なアイテムなど何もない。


「あっ、クエでゲットしたアイテムがあったかも……ちょっと待ってくださいね……今、アイテムストレージを確認……あれ?」


 ステータスコンソールの呼び出しは出来たが、『アイテムストレージ一覧』が開かない。


「どうやら、アイテムストレージがロックした状態で死亡したから、そのまんま固着したんじゃろうな。ワシも検死時にこじ開けようとしたが、全く開く気配がないのじゃ」


 それ以外の原因もあるそうだ。

 神殿は神聖な場所。窃盗や戦闘行為等が起こらないように、アバターのアイテムストレージはロックされるのが決まりという。

 神官ならば好き勝手に操作でき、アバターが生き返る前に蘇生費用を徴収するらしいが……。


「まっ、コンピュータではありがちなバグじゃな」


「神官のくせして、ぎ取り行為かよ!」


「まあ、そう悪く言いなさんな。これもワシらの仕事のうちじゃ。デスペナ対策で悪質な所得隠しをするプレイヤーも多いでな」


 なんでも所持金や貴重品を仲間に預け、レアアイテム狙いで分不相応なクエストに特攻するプレイヤーが後を絶たないらしい。レベルダウンもそういった理由から設けられたデスペナルティだそうだ。


「それで……俺はこれからどうなるんです?」


「何か体を覆うような装備をすればロックは解除するじゃろ? ペロちゃん! 何か羽織るモノを持ってくるのじゃ~」


「はぁ~い、神官様、お呼びですか~!」


 神官に名前を呼ばれてペロちゃん――うら若きエルフ族の女性がいそいそと部屋(蘇生室H)へと入って来た。ローブのような着衣を抱えて。

 しかし……、


「きゃぁー!」


 アグリの姿を見るなり、両手で顔を覆い、うずくまってしまった。

 エルフ族特有の長い耳の先まで真っ赤に紅潮させているから、演技ではないのだろう。たかが農夫のふんどし姿なのに。


「なんで? ちょっと過敏反応すぎない? ピュアピュアエルフっ娘?」


「エルフ族の女性は、汚物や卑猥ひわいなモノが不得手のようでの~。まったく困った娘じゃ……」


「汚物って……俺のことかよ!」


 アグリの『木綿のふんどし』は、農夫のデフォルト装備。実際、かなり使い込まれている。

 卑猥と言われれば、卑猥に見えるのかもしれない。神々こうごうしい神殿内でふんどし一丁が場違いな装備であることだけは理解できる。


「ですが……そんなアシスタントで仕事になるのですか?」


 ピュアピュアでうら若いエルフ族の女性(以下ペロちゃん)を非難しているわけではない。

 この神殿が死んだプレイヤーたちの転送先であるならば、ふんどし一丁よりもおぞましい死体などいくらでもあるだろう。

 例えば、はらわたを食いちぎられた戦士とか、食虫植物系モンスターに飲み込まれて体が溶けかけたにゃん娘とか。

 血を見るのが嫌いなのに、外科医を志すのと同じレベルだ。


「それがの~グロいのは大丈夫なんじゃ……さっきも体が三枚に下ろされたマッパのシャケ魚人が運ばれてきたんじゃが、普通にしておった。不思議じゃの~」


「お言葉ですが神官様、あれはただの刺身です! スーパーで豚バラ肉を買う時、オークのマッパなど想像しないのと同じです!」


「「…………」」


 とにかく、ペロちゃんはグロいモノは大好物だが、エロいのはダメらしい。

 アグリはまだ人間扱いされているだけマシと喜ぶべきだろう。


「とにかく! 早くこれを着てください!」


 長い耳の先まで真っ赤に染めたペロちゃんが、顔を背けながらアグリにローブを突き付ける。


「純白のローブかよ……しかもこの肌触り……シルク?」


 もうこの時点で嫌な予感しかしない。

 調べてみると、案の定『蘇生者のローブ・無料支給品・装備可能レベル6以上』と表示された。


「無理ですよ……こんなの装備できませんって……」


 『農夫』アグリは農具しか装備できない。体に身に着ける防具も『鉄の鎧』や『貴族服』は装備不可。盾に至っては、『おなべのふた』と『お風呂のふた』以外は装備できないという徹底ぶり。


「ん~、困ったの~、このままでは元の世界に帰れんぞい」


「どうしてです? ロットネスト王国に戻ったら、作業着に着替えて何か送りますよ? 俺の農園で採れたトマトとかサツマイモとか……」


「そういうわけにはいかんのじゃ。キッチリ代償を貰わんと蘇生してはならんことになっておる。GM様が御定めになられたルールじゃ」


 確かに、教会へのツケで生き返るRPGなど聞いたことがない。そんな慈善事業を始めたらゲームシステムそのものの崩壊を招きかねない。


「それなら、しばらくここで働いて返済しますよ……こう見えてリアル世界で色々経験を積んでいますから……得意スキルは農業関連です」


 最悪、肥溜こえだめ掘りレベルの重労働も覚悟した。

 蘇生不可能で手詰まり、『GAME OVER』になるよりはマシだろう。


「嫌です! こんな人、生理的に無理!」


 そんなキツイ意見はペロちゃんから。

 なんでも、ふんどし姿のアグリと机を並べて仕事なんてやりたくない、という至極真っ当な意見だった。


(俺も嫌だな……ふんどし一丁で事務仕事とか……)


「じゃが、このまま放置も出来んじゃろ? 一刻も早くここを出て行ってもらわんと不良債権化してしまう……」


「もう一度、死んでもらえばいいじゃないですか!」


(ええっ!)


「死んだところで、結局、ここへ戻って来るぞい。それがプレイヤーの魂のことわりじゃ」


「………………………………ちっ!」


(今、舌打ちしたよね! ペロちゃん酷い!)


「一つだけ手段がある。裏ワザのような手段がの~」


「裏ワザだと……!」


 もうこの時点でアグリの心は決まっていた。『裏ワザ』という言葉を耳にして、ゲーマーが黙っていられるわけがない。


「お主が装備しておる木綿のふんどし、それを売りに出すのじゃ!」


「おまえ、ぜったい頭おかしいだろ!」


 神官の隣では、ペロちゃんが「うぇぇ……」と吐き気を催していた。一体何を想像したのか……。


「需要があるのじゃ。とある場所にそういう好事家こうずかが集う村がある。きっとお主のは高額で売れるぞい。農夫の初期装備をそこまで使い込んでいるプレイヤーもなかなかいないでな」(*好事家=物好き)


「そういう問題じゃねぇ!」


「なんじゃ? この提案のどこがおかしい。プレイヤーがカスタムした武器や防具は高く売れる。RPG世界の常識じゃろ?」


「確かに……」


「着用済みの肌着を売る行為のどこに常識があるのですか!」


「農夫のふんどしには、土属性と水属性の耐性がある。虫系モンスターからの攻撃回避率もアップするぞい。立派な防具じゃ」


「マジですか!」「農夫のふんどしスゴイ!」


 ペロちゃんと共に驚愕するアグリ。

 さすがのアグリも、農業ギルドの無料支給品である『木綿のふんどし』をそこまで詳細に調べた経験はなかった。

 しかし、問題は残っている。

『木綿のふんどし』まで脱いでしまうと、完全なマッパだ。アイテムストレージもロックされているので、『木綿のふんどし』の売却が確定するまでマッパで過ごすことになる。


(ネットオークションみたいに締め切りが一週間後とかだったらどうしよう……風邪ひいちゃうかな、俺の息子……)


 などと考えていると、このアホ神官、とんでもないことを言い出した。


「さあ、ペロちゃん脱がせて」


「「ええっ!」」


 再びペロちゃんと共に驚愕するアグリ。


「無理無理無理無理無理無理、そんな汚物触れません! 触りたくありません!」


「俺だって人前じゃ無理! 更衣室がいい! せめて手ぬぐいを貸して!」


「残念ながら、従業員用更衣室は使わせられん。神殿の更衣室には秘密が多いからの。それからペロよ。この農夫は希少なクランケじゃ。貴重な経験を得る機会をみすみす逃す手はあるまい」


 なんでも、生産職の『農夫』がここへ運ばれる機会は極めて稀だそうだ。

 そのため、長寿のエルフ族であろうと、農夫の検屍けんしに立ち会う機会はめったにないという。(*検屍=死体をしらべること)


「俺、今、生きてます!」


「こんな卑猥な生物なまもの、生きていたらさわれません!」


「じゃあ、再び死んでもらおうかの……」


「それなら汚物の始末は私が……ウフフ」

 と巨大なウォーハンマーを振りかぶるペロちゃん。


「無茶苦茶だ!」「止めろ!」「ヘンタイはお前らの方だ!」


「高値がついたら差額分を返金するぞい」


「売れませんよ、こんなモノ……おぇ……」


「といいつつ、証拠写真を撮るのはやめてっ!」


「笑いなさいよ! 高値で売れないじゃない!」


「殺される直前の農民に無茶言うな!」


「恐怖顔でも構わんじゃろ? むしろ高値がつくかもしれん……どうせこんなモノを買う方も狂っとる……」


「い~や~!」


  ⚡


 アグリは再び死にました。

 そして、二度とこの『リアルクエスト』の世界へログインすることはなかったという。



【GAME OVER】 アグリ発狂エンドB

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