第6話

「古暮サトルさん。もう一度お聞きしますが、あなたに街田ヨウタさんを殺害する意志は無かったと?」


「殺害……だから何度も言ってるじゃないですか! オレは彼女を助けようと、なんとかしようと、ただそれだけです!」


 刑事にとっての聴取は儀礼的なものだったが、それがたとえ事故だとしても、被害者、被疑者という存在がある以上、いくつもの可能性は視野に入れなくてはならない。

 必要なのは真実。というのは建前だ。

 齟齬の無い、記録された事実だけあればいい。

 そういった意味で、今回の事件は殺人というよりは関係者の証言通りの事故が正しいのだろう。


 古暮サトルという男から警察に電話連絡があり、街田ヨウタが女性を乱暴しようとして、偶然居合わせた古暮がそれを止めるため、もみ合いになり、突き飛ばした結果、街田の部屋に散乱していた電子機器に頭をぶつけ、死に至った。

 乱暴されそうになった女性は、街田と交際関係にあった東道ユミ。

 交際中の男女ということで、痴情のもつれから派生した諍いに、街田の古い友人である古暮が仲裁に入ったということだった。

 東道と古暮それぞれの聴取には一貫性があり、もちろん予め共謀関係にあった可能性も考慮されたが、かといって疑念を感じさせる要因も見いだせなかった。

 街田と古暮の間には金銭的な授受の記録も存在しなかった。

 そもそも街田は、銀行口座こそ持っていたが、仕事や支払いのほとんどを現金で行っていたようで、入出金の記録も領収書の類も存在せず、150万ほどの現金が残されていた。


「街田は、パソコンからデータを引っこ抜いて、強請ゆすりのネタにしてたみたいですね」


「古暮とは大学時代からの腐れ縁みたいです。ただ、一方的に街田が搾取する側だったようです。ここにあるパソコンなどは、リサイクル業を営んでる古暮から只で入手してたみたいですな」


「怨恨? そりゃあ思うところはあるでしょうが、今回の場合殺されそうになったのは東道ユミですからね」


「東道ユミが事件前、スーパーで楽しそうに食材を購入していたのは、多くの証言が取れてます。街田との関係も良好だったとのことです」


「街田が東道を襲った理由ですか? えっと「よくも裏切りやがって」と言われて問答無用に首を絞められたとか。え? 東道と古暮の関係? スマホなども任意で解析しましたけど二人が通じてる形跡は皆無です。それ以前に東道のスマホ……まあ最近買い換えたらしいですが、他に男の影もありませんね」


「古暮が、新しく回収した中古のパソコンを街田のアパートに持ってきたとき、街田が東道を襲っている現場に遭遇したらしいです。気になるのはこのあたりの偶然ですが、まあどちらも二日に一度くらいは街田の家に訪れていて、古暮と東道は、お互いに面識もあり、食事なども一緒にしたことがあり、これも双方から裏は取れてます」


「鑑識からですが、街田の部屋にあったパソコンから、彼の個人的なデータ以外は見つかりませんでした。ああもちろん、データを抜いた後、物理的に破壊されていたヤツは復旧できませんでしたけどね。引っこ抜いた後はパソコンでもスマホでもきっちり徹底的に破壊してますね」


 結果として過剰防衛の結果、死に至った。という形ではあったが、情状酌量の余地もあり古暮サトル、及び東道ユミは不起訴となった。


 そんな事件は地方紙のわずかな紙面すら埋めず、街田ヨウタという人間が存在していた事実は、小さな記録すら残らず、彼と直接かかわった人間の記憶の中だけに残った。

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