Life-7 予約してきた、結婚式場。褒めて。

 うっとりとした熱のこもる視線が突き刺さる。


 笑顔で対応しているが、胸の内では叫び声を連発していた。


 ま、まだだ。慌てるな、ジン・ガイスト。


 もしかしたら複雑に事情が絡み合ってユウリは勘違いしているかもしれない。


 あくまで冷静に、決断を出さず、彼女の話を聞こう。


「ジンさんは言ってくださいました。『ユウリが苦しい時、折れそうな時、そばで支えてあげたい』と」


 ダメだ、もう詰んでる……!


 ちゃんと記憶に残ってます、その日の記憶!


 あ、あれ……? でも、これってプロポーズになるのか?


 親しい人にそばで支えてあげたいって思うのは普通のことなんじゃ……?


「……そうですよね。やっぱりちゃんと私の気持ちも言葉にしなければいけませんよね」


 俺の反応が芳しくなかったのを察してか、彼女はこちらに向き直る。


 その表情は完全に恋する乙女のもの。


 流石の俺でもわかる。今からユウリが告げようとする言葉はが。


「愛しています。私もジンさんと支えて、支えられて……いつまでも寄り添え合える夫婦として、あなたと生きていきたいです」


 真っ直ぐ放たれた純粋な想いは心に届き、温かく包んでくれる。


 こんなにも可愛い子に好きと言われて嬉しくない男がいるだろうか。


「ユウリ……」


 今までずっと旅をしてきて、初めて目にした彼女の表情。


 冗談でも、からかいでもない。


 だからこそ、俺の心臓はバクバクと激しい動悸に襲われていた。


 リュシカにもプロポーズしたことになっているし、これって普通に二股じゃねぇか!!


 いや、正直に言おう。欲に従うなら、二人とも結婚したい!


 でも、重婚は貴族にしか許されていない。二人を妻として迎えるには、俺が貴族になる・・・・・・・しかないのだ。


 リュシカとユウリのどちらかを選ばなければならないということ。


 ……情けないが、今ここで即答することは……。


「多分、リュシカさんにも告白されたんですよね」


「……俺ってそんなにわかりやすいか」


 自虐的な苦笑が思わず出てくる。


 ふるふるとユウリは首を左右に振った。


「わかりますよ。だって、好きな人のことだもん」


 そう言って【聖女】の名に恥じない、赤子も即座に泣き止んでしまうような柔らかい笑みを浮かべる。


「三年間ずっと見ていたから。あなたが優しい人だと知っているから、きっと悩んでいるんだろうなって」


「……そっか。全部お見通しか」


「きっとレキちゃんとリュシカさんも帰ってきたら、私が告白したって気づくと思いますよ。二人とも同じくらいジンさんが大切ですから」


 彼女の小さな手が俺の手に触れる。ほんの少し冷たい。


 手の甲が重なって、探るように指をなでて、ぎゅっと指先が握られる。


「でも、だからこそ、この気持ちだけは譲れない」


 そして、ぐいっと引っ張られた。


 唐突だったせいでバランスを崩した俺はそのまま前のめりに倒れて、彼女の豊満な胸に捕まる。


 重力にあらがえず、その柔らかさに顔が沈み込んでいく。


「ユ、ユウリ!?」


「聞こえますか? 私の心音。すごくドキドキしています」


 わかりません……!


 俺の心臓の音がうるさすぎて、どっちの音か判別つきません!


「ねぇ、ジンさん。今は二人きりで誰も来ない。村の皆さんも気を遣ってくださって……こんなチャンスは滅多に訪れないと思うんです」


 あっ、書き置きの中身がちゃんと見られてる。


「私……ジンさんが思っているほど良い子じゃありませんから。ジンさんに選んでもらえるように……」


 そっと俺の頭をさすり、彼女の指はそのまま下って首筋をつぅっとなでた。


 ふぅぅ……と耳元に息が吹きかけられる。


「私がいないと生きていけなくなるくらいドロドロに溶かしちゃいますね」


 しゅるりと布がこすれる音が聞こえる。


 えっえっえっ!? 何してるんだ、ユウリ!?


 くそっ! 視界がおっぱいで塞がれているせいで何も見えない!


 やばいやばいやばい! 離れないといけないのに、男としての本能が全く従ってくれねぇ! 


「大丈夫ですよ、ジンさん。私に身を委ねて――」


「ただいま」


「――きゃあっ!?」


「うぉぉうっ!?」


 二人の世界に入りかけていた俺たちだったが、割り込んできた声に思わず互いの体を押しのけて、とっさに距離を取った。


 声のする方を見やれば、レキが怪訝そうな視線をこちらに向けている。


 た、助かった……!


 ありがとう、レキ。


 俺は答えを出さずに肉欲に溺れる最低の男にならなくて済んだよ……!


 とりあえずは最悪の結果を避けられて、胸をなで下ろす。


「……二人とも何してたの?」


「べ、別に? 俺がこけそうになって、ユウリが支えてくれたんだよ」


「……ふぅん。怪しい……けど、許してあげる。私は度量の大きい奥さんだから」


「ははっ、ありがと……奥さん?」


「うん」


「誰が?」


「私が。ジンの奥さん」


 流れについていけない俺を放置して、レキは言葉を続ける。


「ジン、私たちの結婚式場、決まったよ」


 ――三股確定。


 レキ、お前もか……!


 ピースサインを作る幼なじみの姿に俺はもうダラダラと滝のように流れる冷や汗を止めることはできなかった。

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