おまえ

「おまえさぁ。なんで毎日来るんだよ」


 ベッドに寝ころびながら、俺はパソコンデスクを占領している女に文句を言った。

 椅子を回転して、振り向いたこいつはにやりと笑みを浮かべてからかうように答える。

 20代前半くらいの色っぽい美人。30過ぎの独任男性の部屋に入り浸るにしては若すぎる。


「そんなこと言って、うれしいくせに」


 ウェーブのかかったロングヘア。眼鏡の奥の長いまつげ。

 赤い口紅で彩られた唇を釣り上げて見せる。

 濡れたように艶めいている。


「うるせえ。そんなわけあるか」

「強がっちゃって、ひひひ」


 そういやらしく笑いながら、横顔を見せる。切れ長の目で一瞥をくれた後、デスクに向き直りPCを見つめる。


「おまえさぁ。そんなにネットばかり見て面白いのかよ」

「いいじゃないか。ところで、履歴にエッチなサイトが残ってたけど見ていたのかい?」

「んあわけあるか!」


 クッションを投げつける。

 ニヤニヤ笑いながら、そのクッションをすり抜けて見せる。

 クッションは窓のカーテンにぶつかって落ちた。


 ノースリーブの白いカットソーに小豆色のロングスカート。(本人はボルドーだと主張している)

 むき出しの肩。白い素肌が、煽情的で困る。


 肩越しに見えるPCの画面は女性向けのファッションのサイトらしい。


「おまえ、そんなにファッションばかり見てたって買わないんだから無駄じゃね?」

「ふふふ・・買ってくれないのかい?」

「なんで、お前に買わないといけないんだよ」


 ベッドに横になりながら、華奢な背中を見つめる。

 ベッドから手を伸ばせば届く場所にこいつがいる・・・


 最初の頃ほどではないが、胸の鼓動の速さを感じる。

 手が汗ばんでいる。


 緊張しているのだ。


 この緊張は、美人がすぐ近くにいるからだろうか。

 それとも・・・別の理由だからだろうか。


「あんた、そろそろご飯を食べないでいいのかい?」

「そうだなぁ・・・何か食べるかな。おまえも食べるか?」

「いや、遠慮しとくよ」


 いつもの如く、食事の誘いは断られる。


「ところでさぁ・・・」

「ん?なんだい?」


 こいつは椅子を回転させて、こちらに向き直る。

 いたずらっ子ように、ニヤニヤと眼鏡の奥の眼が笑っている。

 白いカットソーを持ち上げている胸の大きなふくらみ。


「おまえ、いったい誰なんだよ」


 名前も知らない女。

 毎晩、どこからともなく部屋に現れる。




 ロングスカートの中にあるはずのこいつの足を、俺はまだ見たことが無い。




「ふふふ・・・まだ秘密だよ」


 赤い・・・赤い唇が、ニヤリと吊り上がる。

 

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