祖父の文庫本

「たかひろ、そろそろ時間よ?準備できた?」

「あぁ。今いくよ」


 たかひろは室内を見渡した。

 2年暮らした小さな部屋。


 こことも、今日でお別れ。

 身の回りのものはすべてカバンに詰め終わった。


 長いようで・・・あっという間だったな。


 感傷に浸る時間はない。

 たかひろは部屋を後にした。



 だが、たかひろは一つだけ忘れ物をしていた。

 栞を挟んだ一冊の文庫本。

 壁際の棚に置き忘れたままだったのだ。






 


『酸素濃度は十分なようです。ヘルメットを外しても問題ありませんよ』

 VRグラスに映る、いかにも執事の格好をしたジムが告げる。


 ここは祖父がかつて暮らしたという、アストロイドベルトにある秘密基地。

 外見はただの岩石にしか見えなかった。


 だが、祖父の残した宇宙船で近づき、AIであるジムがセキュリティーコードを発信すると入口が開いた。



 中は、まだ電源が生きていた。

 信じられないことである。

 もう、2〜3百年はたっているはずなのに。



 重力はないので、歩きにくいマグネットシューズを使って探索していく。

 あらされた気配はなく、まだまだ使えそうである。


 ただ、私物などはすべて持ち去られた後のよう。

 何も残っていない。

 あるのは、整備機材やAIボットのみのよう。




 探索を続けるうちに、ある小部屋に来た。

 ベッドルームのようである。



 そこに、唯一残っていた私物と思われるもの。

 古めかしい紙の・・・本?


『思い出しました。その本はあなたのお祖父様が読んでいたものです。ここにあったんですね』


 祖父のことを知るジムが教えてくれた。


 ページを開く。


 理解不能な記号の羅列。

 何語なんだろう?


『日本語ですよ。あなたのお祖父様とお祖母様は日本人でしたから』

「日本語?・・・あぁ・・・あの、難しすぎる言語ね」

『確か、お嬢様の学校でも選択教科として授業がありましたが?』

「うっ・・・」


 とても難しいと聞いている日本語という言語。

 だが、この紙の本を手に取ったことで、興味が湧いてきた。



”ちょっと読んでみたいかな”


 この本を読むことで、祖父のことを少しでも理解できるかもしれない。

 ソフィアは、日本語の授業を受けてみようかと考え始めていた。





 後に知ることになる。

 祖父の残した本。

 コテコテのラブコメ小説であった。

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