しろうさぎさんの、悩みごと。

 …………


 ……


「──って、ちょっと、おい、うさぎ。何急に黙ってんのよ。あんたの悩みごとなんでしょ? あるなら早く私達に言いなさいよ。新しく生まれた問題だっけ? そんなのここに居るみんなでかかれば一瞬よ。みんなあんたの言葉を待ってるわ」


 言葉に詰まるしろうさぎさんを見てピクシーさんは伝えます。一匹では無理でもみんなでなら何とか出来る。その事ならここにいる全員が既にわかっている。だから私達を信じて頼れと、そうピクシーさんは森のぬしに想いを伝えます。


「ご、ごめん、ピクシーさん。それに、皆さんも。……私の悩みごと……それは他でもない、魔女子さんについてです……」


 全てはそうこの小さな魔女の女の子。人間の女の子の為にと始まった今回の一件。しろうさぎさんは彼女の顔を思い浮かべながら言葉を紡ぎます。


「私達は今、この魔女の手記の言葉が真実であるという答えを手に入れました。ですので、もう魔女という存在に怯える必要はありません。私達の知る魔女という存在はもうこの世界には存在しない。存在するのは魔女と呼ばれているだけにすぎないただの人間です……ですので、私達はこれから魔女ではなく『魔女子さん』という名前の『人間』と関わりを持っていくということになります……私達があの日、赤い風車の御伽噺から導き出した、脅威は人間達だと言ったその人間の女の子とです……」


 それは少し前に導き出した答えとぶつかるような真実。ですが、そんな真実は今のモンスターさん達にとってはとても些細な問題に過ぎません。しろうさぎさんの言葉にピクシーさんとリリパットちゃんが即座に反応します。


「はぁ? だから何? 魔女子が本当は魔法使いって呼ばれるただの人間だから、だから関わっちゃいけないって、あんたそう言いたい訳? くだらない悩みごとね、そんなの別に大した問題じゃないわ。魔女子は魔女子よ。もし、あんたが本気でそんな事言うってんなら、私はその意見に真っ向から反対するわ」


「そ、そうですよ、しろうさぎさん。え、えぇと、決め事は決め事でちゃんと守らなきゃって言うのはわかります。だから人間には警戒しろって言うのも……で、でも別に人間と言ってもこの森に捨てられた魔女子ちゃんはやっぱり人間達にとっては魔女なんだから、私達にとっても人間だけどそれはやっぱり魔女で、だから魔女子ちゃんは正真正銘本物のちっちゃくて可愛い素敵な魔女なんです……って、ピクシーさんは言いたいんだと思います……あ、あってますよね?」

「ええ、上出来よリリパット。あんたよく言ったわ」

「はい!!」


 二人の姿に賛同するモンスターさん達。

 ですが、まだしろうさぎさんの顔はくもったままです。


「確かに、魔女子さんは魔女子さん。それで良いのかもしれません。でも本当にそうなのかって私は今、思うんです……今回の一件で私達の魔女への解釈や認識が変われば、それが魔女子さんを救うきっかけになると思っていました。普段は口にしない彼女の心の中にあるだろう魔女と呼ばれ捨てられたその記憶の呪縛、それを断ち切るきっかけにそれがなるって……」


「だから、それはあんたのおかげでこうして叶った訳でしょ? だったらもうそれで良いじゃない」


「……そうなのかもしれません。それで良いのかも……ですが、例えばこの事実を魔女子さんに伝えたとして、それは魔女子さんにとってはとても辛い現実です。その痛みに彼女の心は本当に耐えられるのでしょうか? 彼女の中にある魔女という存在認識は変えられても、魔女子さんがただの人間だとわかった今、魔女として扱われ捨てられたという現実は更なる苦しみを生むきっかけになる。しかもそれが彼女の実の親がした事なら尚更です。きっとそれはその傷を消えない傷痕にする事になる。まだ小さなあの子にこの現実を受け止められる器量があるとは私には思いません」


「だ、だったら……だったら言わなければ良い!! 私達の胸の内にだけそれをしまっておけば、私達の解釈も認識も変わった、今はここに居る全員が彼女に寄り添う気持ちを持っている!! だから──」


 必死に訴えるピクシーさん。

 そんな彼女にしろうさぎさんは言います。


「……思うんです……仮に私達がそうしたとして……親に魔女として扱われ捨てられたという事実を何かしらの嘘で誤魔化したとして、それで魔女子さんの心が救われて、私達もあたりまえに彼女に接して、それで、私達と一緒にこの森で一生を過ごしたとして、それは本当に彼女の幸せなのかって……そんなの偽りの幸せにすぎないんじゃないかって……」


「……偽りの幸せ? ……違うわこれは本物の幸せよ。私達だって今の今までそうだった……魔女の手記を読むまでは偽りを真実だと思い込んでいた……偽りでもね、それは時に真実になる。そういう事でしょ? なら、だったら、私達がそれをすればいい。それであの子が、魔女子が救われるなら、私はそれをしても構わないと思ってる……それを罪と呼ぶのなら、私がその罪を背負うわ……だから、うさぎ。これが、彼女にとっての真実よ……」


「…………」


 無言で向かい合う二匹。

 そんな二人の間にスライムさんが割って入ります。


「あ、あの、すみません。ちょっとボク、わかっちゃったかもしれません。しろうさぎさんが言いたいこと……」


「何よスライム、あんたこのバカうさぎの何がわかったっていうの?」


「え、えっと、だから、つまり、その……し、しろうさぎさんはこう言いたいんだと思います。魔女子さんは魔女じゃなくてただの『魔法使い』っていう普通の人間なんだって……だから……それがわかった今、ボク達は考えを改めなければいけないのかもしれないって……」


「あぁ!? 何!? あんたまで何、回りくどい言い方してんの!? そんなのもうわかってんのよ、コッチは!! 考えを改める!? 何が言いたい訳、言いたいことあるならハッキリ言いなさい、つつくわよ!!」


 ──ちょん、ちょんちょんちょん、ぷるんぷるんぷるん……


「ご、ごごご、ごめんなさい。つ、つつかないで。だ、だから、しろうさぎさんは、魔女子さんはボク達モンスター達と一緒に居ない方が幸せなのかもしれないって、そう言いたいんだと思います!!」


 スライムさんの言ったその一言。

 自分達と一緒に居ない方が幸せかもしれない。

 一欠片もそんな事を想像していなかったモンスターさん達にとっての予想外の言葉に。

 しろうさぎさんの悩みの種はその芽をそこに咲かせたのでした──

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