魔女子さんの、悩みごと。

 ──タタタタタ……


「あ、リリパットちゃん、魔女子さん、ちょ、ちょっと待って!! ボ、ボク達、もう、時間が……」


 ──ボフンッ。


「えっ?」 「わわわっ?」


 ──ズテン。ズザザァアアーー……


 突然モクモクと蒸気を上げてスライムさんが元に戻ると、勢い余って地面にそのまま滑り込むように倒れ込むリリパットちゃんと魔女子さん。


「……ほら、もう言わんこっちゃないんだから……あんた達大丈夫? ケガはない?」


 それでもケタケタと笑い声を上げる小さな二人。そんな彼女達を見て呆れ顔で項垂れるピクシーさん。そんな楽しいひとときも終わりを迎えると彼女は気を取り直し言いました。


「──コホン。じゃ、そろそろ魔法の練習を始めるわよ。魔女子、木の枝持って」

「あ、えっと……はいっ!! 持ちました!!」


「よし。……あとは、ついでに。時間が押した分、リリパット、スライム。今日はあんた達にも協力してもらうから。ゴブ達も待ちくたびれてるわ。良いわね?」


「は、はい!!」 「はい、わかりました!!」


 そうです。ピクシーさんがゴブリンさん達を引き連れてここに来た理由。それは魔女子さんの日課、魔法の練習をする為です。準備が整うとピクシー先生による魔法の練習は始まります。


「──じゃあ、先ずは、火の魔法!!」

「はい!! う、うーん……え、えいっ、火ぃっ!!」


 ──ボッ!!


 魔女子さんが念じて叫ぶと手に持った木の枝の先で可愛いらしい火の玉がゆらゆらと揺れ出します。

 

「よぉし、上出来よ。それじゃあ、魔女子。今からその火の玉をスライム目がけて思いっきりぶつけなさい」

「え? ぶつけるの? い、嫌だよ、スライムくんが可哀想……」


「なぁに言ってんの、これも練習の内よ。いつも動かない的ばかり相手にしててもつまらないでしょ。あんたは魔法の、スライム達は回避と耐久力の練習をするの。それに、実践から得られる成果はとても大きいの。だから……ほら、スライム、走れ!! 今から魔女子があんた達を丸焦げにするわよ!!」


「え、えぇええ!? ま、丸焦げ!? に、逃げろぉ!!」


「よし、やりなさい魔女子……いけぇーー!!」

「あ、ぁ、あ、ごめーん、スライムくーん!!」


 それから魔法の修行は次から次へと行われていきます。


「──次は、水の魔法ね。今日も頑張って戦って泥だらけになったゴブ達を洗いなさい!!」


「は、はい!! み、水ぅーー!! ゴブくん、綺麗になーれ」

「あゔぁゔぁゔぁゔぁ。(か、顔ばっかり。お、溺れるぅうう)」


「──よしよし。次はとっておき、雷の魔法ね。魔女子、あんたは雷の魔法のコントロールが一番出来てないから、先ずは当たる感覚から覚えていきなさい」


「う、うん……でも、当たる感覚って言っても、狙った場所に当たらないから……」

「ふふ。それなら今日は大丈夫よ。リリパット、あの娘の背中の矢が避雷針になってくれる」

「避雷、針? なに、それ? それがあると、当たるの?」

「ええ、当たるわ。試しに一発撃ってみなさい」

「……う、うん。わかった。じゃあ、雷さーん、当ったれーー!!」


「ぇ、え、えぇえええ!? ちょちょちょ、ちょっと、私の矢は、避雷針じゃないですよーー!!」


 ──バシュッ!! ……キラキラ、ドッカーン!!


 リリパットちゃんが大慌てで矢を空に放つとそこへ落ちる雷。

 それから背中の矢が尽きるまで魔法の練習は続きました。


「──はぁ、はぁ、はぁ、や、やっと、終わってくれたぁ……」


 ──パタン。


 空に矢を放ち続け、たまに本当に自分の背中の矢に落ちて来る雷をかわしていたリリパットちゃんは、魔法の練習が終わるとそのままその場に仰向けになって倒れ込みます。


「……何よリリパット、あんたもう限界なわけ? みんなもっと頑張ってたわよ、体力ないわねぇ」

「そ、そんな事言われてもぉ……はぁ、はぁ、でも、そうかもしれません……体力、体力、体力かぁ……」


「それに、スライム。あんたは体が水分で出来てるみたいね。火の魔法にめっぽう弱いじゃない。これからは日頃からもっと水を飲む事をおすすめするわ」

「は、はい。わかりました。ボク達、水をもっと飲みますね」


「で、ゴブ……あんた達は……まぁ、良いわ。今まで通り頑張りなさい」

「ゔぁ!! (はい!!)」


 誰かと一緒に何かをする事で見えて来るもの。

 比べてみる事でわかる事。

 今日ここに参加した者達はそれぞれにそれを痛感していました。

 日々の成長が自分自身の内側にあるものなら。

 その先で、目指すべき場所はその外側にあるのかもしれません。


「──にしても、魔女子。あんたはよっぽど優秀な魔女みたいね。飲み込みが早くてびっくりよ。あんたならいずれとんでもない魔女になれると私は思うわ」

「……う、うん。そう、なんだ……」

「何? どうしたのよ。私がこれだけ褒めてるのに、ちょっとは喜びなさいよ?」


「……ピクシー、ちゃん……」

「ほ、本当に何? 急にどうしたの、魔女子?」

「う、うん……だって……『魔女』って、その……悪い子の事を、そう呼ぶんだよね……?」

「はぁ? 悪い子? あんたいったい何言って……」


「だ、だって……だってね、お父さんが……そう、言ってたから……お前は魔女だから、悪い子で、だから恐いって……一緒に……居たくないって……」


「……魔女子……」


「……ねぇ、ピクシーちゃん……ピクシーちゃんは魔女の私の事、恐くないの? これからもっと私が魔法を覚えて、とんでもない魔女になっても捨てたりしない? ずっと側に……居てくれる?」


 それは一人の少女の心に深く刻まれた傷跡。

 決して消える事のない傷跡。

 そんな彼女の傷跡に。

 ピクシーさんは迷う事なく触れるとこう言ったのでした。


「ホント、バカね、魔女子は。そんなの聞くまでもなくあたりまえじゃない。私はあんたの側にずっと居る。恐くもなければ捨てたりもしない。他の魔女は関係ない。あんたはあんたよ、魔女子。……それに、魔女がなんなのかなら、アイツが今必死に調べているところよ」


「……あい、つ?」


「そう。アイツ。この森の主様ぬしさまの、しろうさぎがね──」

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