【第六話】 そこにキミが居るということ。

 森の奥へと消えて行ったピクシーさんと少女。

 その姿を見つめて立ち尽くす三匹。


 ──自分達の言葉では彼女を引き止める事が出来なかった……


 そう思ったリリパットちゃんはしろうさぎさんに向かって言います。


「しろうさぎさん!! 追いかけなくて良いんですか!? 今ならまだ……」

「…………」

「しろうさぎさん、返事してください……しろうさぎさん」

「…………」


 何度も何度も必死に呼びかけます。


「ねぇ、しろうさぎさん!!」

「……」

「しろうさぎさんっ!!」


 聞こえる度に胸の内側に突き刺さるような彼女の声は、たった今決めた筈の心を激しく揺さぶり、頬を流れる涙の理由をしろうさぎさんに教えるかのように心に響いて届きます。ですが、だからかでしょうか、しろうさぎさんは必死に耳を塞ぐとその言葉を遮るのでした。


「────」


 そんなしろうさぎさんを見てリリパットちゃんは言います。


「……じゃあ、もういいです!! 森のぬしとか私やっぱりよくわかりません!! それってそんなに偉いんですか!? 友達の話に耳を傾けないくらい偉いんですか!?」


 それはまるで胸の内の想いを爆発させるようにしながら放たれた言葉達。


「……それは……私達だって悪いですよ。嘘ついたし、隠しごともしていましたから。でも、それにはちゃんとした理由があって……でも、あんな風に一方的にこうしろって言われたら……それに、ピクシーさんだって……あんなあっさり引き下がって……出来ないくせに物わかり良いフリして、変な気の使い方なんかしちゃったりして……ええ、そうですね。きっと、しろうさぎさんは正しくて間違った事は言ってないんでしょうね!! けど……だったら……だったら、そんなに大粒の涙を流さないでよ!! この、わからずや!!」


 そう言い残しピクシーさんの後を追いかけて森の中へと消えて行ったリリパットちゃんをしろうさぎさんはただ黙って見つめている事しか出来ません。何をどうすれば良いかわからなくなっていたからです。


 ──ぷるん、ぷるん。


 そうしてただ立ち尽くすしろうさぎさんの横でスライムさんは優しく言いました。


「しろうさぎさん。あのね、ピクシーさんが言ってました。私は何でこんな事をしちゃったんだろう? って。今までの自分ならさすがにこんな事しないだろうって……でもね、何日か考えてる内にその理由がわかったんですって。それはこの森が……この森のぬしがしろうさぎさんで、自分が世話好きな森の案内人さんだからなんだって。そう自分に教えてくれたしろうさぎさんがここには居るからだって……」


「……え? ……グスっ……」


「言い伝えは確かに今までも同じ結果を何度かこの世界に生み出して来たかもしれないけれど、それはそこに居なかったからだって。不思議な本を持って、誰かを、何かを変えることの出来る力を持ったしろうさぎさんが居なかったからだって。だからそんなしろうさぎさんが居るこの森ならそれが出来るんじゃないかって、言い伝えを、そこにある悲しい物語を、この森のぬしなら書き換えられるかもしれないって」


「……私が……変える……?」


「はい。それはこの森から始まるそんな物語なんだって。……でも、だけど、やっぱりすんなりこの話がしろうさぎさんや森のみんなに伝わる訳もないだろうからって。それで、ボクとリリパットちゃんにだけ先ずはピクシーさんは話てくれて、一緒にどうすれば良いか考えていたんです。その時までは何としても隠し通そうって……」


「……そんな……それなのに、私……私は……」


「でも、仕方ないとボクは思います。悪いのはボク達の方なのは明らかですし、リリパットちゃんはああ言っていましたけど、ボクは逆になんかそんな風にドシっと構えてくれていたしろうさぎさんが頼もしいなって思いました。これが森のぬしさんなんだなって……だから、色々と迷惑かけて、ごめんなさい」


 その言葉にしろうさぎさんは思います。

 何かをするという事は、そこに何かが起きるということ。

 それに頷く者もいれば、それに首を振る者もいるということ。

 その二つはいつも隣り合わせで。

 そのどちらも取る事は決して叶わないということなのかもしれないと。


「……グスっ……ス、スライムさん……でも、私……」

「あっ、それとしろうさぎさん。ボク、そうは言ってもピクシーさんやリリパットちゃんの気持ちもわかんなくもなくて……あれかな、弱いボクは自分を持っていないからかな、だから、今度会ったらあんまり怒らないであげて下さいね」

「……スライムさん……」


 するとそんな二匹の元へ森の奥の方から何やら掛け声が聞こえて来たのでした。


 ──ゔぁゔぁゔぁ!! ゔぁゔぁゔぁ!! ゔぁゔぁゔぁ!! ゔぁゔぁゔぁ!!


 そしてその掛け声の中からはまたそれとは別の二つの声がありました。


「はい!! 良いですよ!! その調子です!! ゴブリンの皆さん、もう少しです。イッチ、ニ。イッチ、ニ!!」


「ああぁああーーっ!! はぁああなあせぇええーー!! ゴブ、あんた達いつからリリパットの部下になったって言うのよぉおおーー!!」


 そしてそこに居たのはゴブリンさん達を従え歩くリリパットちゃんの姿と、そのゴブリンさん達に担ぎ上げられて叫ぶピクシーさんと、一人の少女の姿があったのでした。

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