第13話

「ふわぁ……」


完全に寝不足だ。

昨日はあんまり眠れなかったからなぁ……。


あんまり考えても仕方がないんだが、ついつい考えてしまう。

ま、今は仕事に集中しよう。


入荷した書籍の入った段ボールを開け、中の書籍を大まかに分類しながら取り出す。

お⁉ 無人駅の写真集か……いいなぁ、一度は行ってみたいな。


写真集を開くと一枚の写真がひらりと落ちた。

手に取ると、それは海の見える無人駅の写真だった。


あ、ここ……一度行ってみたかった所だな。

確か四国だっけな。いいよなぁ、纏まった休みが取れたらシルフィでも誘って……。


「すみません、森田さん……でしょうか?」

「え? あ、はい、森田ですが……」


顔を上げるとそこにはロマングレーのザ・執事が立っていた。


うん、わかる、何を言ってるのかわからないと思う。

でも、俺の描写は間違っていない。


確かに俺の目の前にいるのは……執事だっ!



 * * *



仕事が終わり、その足で俺は斜め向かいのカフェに向かった。

例の執事と待ち合わせているのだ。

執事と待ち合わせなんて経験、生まれて初めてだぞ……。


店の中程の席に座る執事を見つけた。

存在感が凄い……絵になるというか、ドラマの撮影みたいだ。


「あの、お待たせしました」


声を掛けると執事が立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をする。


「いえいえ、貴重なお時間をありがとうございます、どうぞお掛けになってください」

「あ、はい……では」


カフェのバイトを始め、客の大半がこっちをチラチラと見ている。

そりゃそうだよな……どう見てもオーナーか店長みたいなオーラ出てるし。

周りの客も多分、俺の事をバイトの面接を受けてると思ってるぞ。

どんな状況だよ……これ。


執事が紅茶を飲んでいたので、俺も同じものを頼んだ。


「あの、本当に僕に用が? 人違いでは……」

「いえいえ、森田様、間違いはございません」

「はあ、そうですか……」


執事は静かにカップを置き、俺の目を真っ直ぐに見た。

うーん、凄まじい貫禄だ。


「私は、さるお方にお仕えするたちばなと申します。訳あって、今は主人の名を申せません、どうかお許し下さい。実は……森田様に、折り入ってお願いしたいことがございます」


嫌な予感しかしない。

だが、聞かないわけにもいかないだろうな……。


「何でしょうか……」

「森田様は……シルフィ様とお住まいだとか?」


来たよ、俺はやっぱりかと肩の力を抜いた。

どうせこんなことだろうと思ってたっつーの。


「ええ、住んでますけど何か?」

「私の主人は、お二人をお屋敷へ招待したいと申しております」


「屋敷?」

「乱暴な言い方になってしまいますが……一般の方では一生縁が無い屋敷にございます。当然、調理人から侍女まで、全て一流の者を揃えておると自負しております。滞在中に不自由はございません、執事長を務める私が、責任を持ってお世話させていただきます」

「ちょ、ちょっと待ってもらえますか、屋敷って……」

「ご安心下さい、送り迎えはこちらでいたします」

「いや、そういう事では……」


いきなり何を言い出すかと思ったら……大丈夫かなこの執事。

いや、待てよ⁉ この爺さん、本当に執事なのか?

執事だと思い込んでる変質者……シリアルキラーとか⁉

流石に深読みしすぎかも知れんが……どっちにしろ、こんなヤバそうな爺さんに付いていくなんて自殺行為だな。


「折角ですが……」

「謝礼もご用意いたします」


「――謝礼⁉」



 * * *



渋谷区松濤――、後部座席の窓から見える家々は、どれも高い壁に守られていた。


「どこまで行くのだ?」

「さあ……」


音の出ない車の後部座席で、俺とシルフィが話していると、

「もうすぐでございますよ」と執事の橘さんが答えた。


――謝礼100万円、橘さんが提示した金額だ。

もう怪しさ満開である。


だが、逆を返せばこれはチャンスだ。

100万円もあれば、欲しかった物が一通り手に入る。

今後の生活の質がグッと増すに違いない。

なんなら、無人駅旅行に行くことも可能だ!


懸念は、何かの犯罪の可能性が考えられるということだが……。

まあ恐らくどこかの金持ちが、エルフ見たさに金をちらつかせたと俺は思っている。


シルフィには分け前として40万でどうだと提案した。

怪しむ以前にシルフィは「これで課金装備が手に入る!」と即決した。


それに、シルフィが理子に保険を掛けてくれている。

俺達に何かあれば、理子が助けてくれる手筈になっているのだ。

さすが参謀、頼りになる。


「ここから、敷地内になります」


車は緩やかな坂を上っていく。

巨大な格子状の門扉が自動で横に開いた。


中に車道が続いている。

植物園のような庭園を抜けると、ここは日本なのかと目を疑うようなバロック建築の豪邸が建っていた。


「こちらが、九石さざらし邸でございます、その名の通り、私どもの主人は九石と申します」


「へぇ……すげぇな……」

「ほぉ、これはリンデルハイム公爵家の屋敷を思い出すな」

「何だよその凄そうな貴族は……」

「いや、元の世界でそこの末男の家庭教師をしたことがあってな」

「ふぅん……そっか」


車が屋敷に横付けされた。

入り口で待っていたメイド服姿の侍女が車のドアを開ける。


「お待ちしておりました、森田様、シルフィ様」


「あ、はい……お、お邪魔します」

「ふむ、悪くないな」


シルフィは気後れすることなく、堂々と周りを見渡している。

逆に俺は、場の空気に飲まれそうになっていた。


「ではどうぞ、こちらでございます」

橘さんが邸内に手を向けた。



 * * *



――もう、次元が違っていた。

ここは、俺のような庶民が来る場所ではない。


壁や天井の装飾、階段の手すり、調度品に至るまで、付喪神でも宿ってんのかってくらい、バンバンに高級オーラが漂っている。


こりゃうっかり触れないな。

壊しでもしたら俺の時給じゃ一生掛かっても弁償できないぞ……。


橘さんが工芸品のような白い扉をノックする。

すると、中から「どうぞ」と声が返ってきた。


「どうぞお入り下さい、主人の九石がお待ちです」


静かに扉を開け、橘さんが頭を下げた。


「うむ、邪魔するぞ」

「し、失礼します……」


イケイケのシルフィに隠れるようにして俺は部屋の中に入った。

我ながら情けない……。


「おぉ! これは……素晴らしい……!」


感嘆の声を上げる恰幅の良い男性がソファから立ち上がった。

髪も黒々として目も鋭い、精悍な顔つきで若々しく感じるが、恐らく50代か60代だろう。


「この家の主人の九石さざらしです、ささ、お掛け下さい」

「あ、はい……」


ふかふかのソファにシルフィと並んで座る。


「貴方が森田さんですね? 今日は本当にありがとうございます、無理を言って申し訳ありませんでした」

「い、いえ! お招きいただき光栄ですっ!」


やはり俺のルーツは代々続く小市民の家系だけあって、資産家の前では自然と恭順の姿勢を取るようDNAに組み込まれている。恐るべし二重螺旋のことわり……。


「そんなに固くならないでください、さあ、もっと気楽に」

「は、はい……」


九石さんがシルフィの方に目を向ける。


「いやぁ、本当にお美しいですね……思わず息を呑みましたよ」

「ふん、世辞は良い。で? 我に何の用だ?」


シルフィはソファにふんぞり返っている。

す、すげぇな……やっぱこいつ尊敬に値するわ。


「はは、これは手厳しいですな……。では単刀直入に申し上げるとしましょう。シルフィさん、実は貴方に鑑定していただきたい物があります」

「鑑定……?」

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