第9話

「シ、シルフィ様ぁーーーっ!」


理子がソファに寝そべるシルフィに抱きついた。


「な、何だお前は⁉ おい、森田! 貴様何を連れて帰った⁉」

「知らん、お前の知り合いだ」


「何⁉ 我の……?」


シルフィのたわわに顔を埋めていた理子が「ぷはっ」と顔を上げる。


「シルフィ様、ワタシです! 参謀長のリリスですっ!」

「リリス⁉ お前……リリスなのか⁉」

「はい! お会いしたかったです、シルフィ様!」


満面の笑みを浮かべた後、理子は再びシルフィの胸に顔を擦り付ける。


「こ、こら、離れろ! 暑苦しい!」

「えーっ⁉ 折角、お会いできたのにぃ……」


「ぐ……ちょ、いいから座れ! 落ち着いて話もできん」

「はぁーい……」


渋々といった様子で、理子がソファに座り直す。

シルフィは体を起こし、やれやれとソファの上で胡座をかいた。


俺は二人にお茶を出す。

こうして並びで見ても、理子はヴィジュアル的にシルフィに負けていなかった。

ううむ……眼福としか言い様がない。

そう思いながら、俺は少し離れて床に座った。


「いつ日本に来た?」

「先月です。もう我慢できなくなっちゃって……」

「しかし、我は女だぞ? お前の吸精の相手にはなれんが?」


吸……精?

何か話がおかしくなってきたぞ。


「やだシルフィ様、それくらいわかってますよ。単にシルフィ様のお近くに居たかっただけです。だって、ワタシのお師匠様なんですからっ!」


目を輝かせる理子。

シルフィのどこがそんなにハマったのか……。


「好きにするがいい。だが、奈落の牙の活動は疎かにしてもらっては困るぞ?」

「もちろんですっ! ちゃんとスケジュールも立ててますし、抜かりありません!」

「ならいいが……」


理子はキョロキョロと部屋の中を見て、

「ところで……シルフィ様と森田はこのボロ屋で寝泊まりしているのですか?」と失礼なことを言う。

「ボロ屋じゃねーし! 古民家風だし!」

突っ込むと理子がジロリと俺を見た。

「森田、シルフィ様に変なことしてないでしょうね?」

「ばっ……⁉ す、するわけないだろ⁉」


「安心しろリリス、こいつはだ」

「え……⁉ うそ⁉」

みるみるうちに理子の顔が赤くなった。


「よ、余計なことを言うなっ!」

「本当のことだろ? さすがに生まれてから一度も性交経験が無いというのは……我も不憫に思うぞ。だが考えようによっては、あと五年守れば妖精になれるわけだ。いっそのこと妖精になって我に仕える気はないか?」


くそっ、これに関しては何も言い返せない!

憎い……DTな自分が憎い!


「なれねぇし仕えねぇよ!」 


俺はそう吐き捨て、二階へ駆け上がった。



 * * *



二階には俺の寝室兼物置がある。

六畳でそんなに広くはないが、居心地は悪くない。


畳の上に敷いた布団の上で体育座りになる。

はぁ~っと大きくため息をつき、こみ上げる恥ずかしさに蓋をする。


壁の染みを見つめながら、どうして俺はDTなんだと自問した。

そもそも、シルフィと住んでいる時点で彼女なんてできっこない。


仮に俺に好意がある子がいたとして、家にシルフィが居たらどう思うだろう?

まず、間違いなく関係を疑うはずだ。


あとは自分とシルフィのルックスを比べて、戦意喪失するとか?

近くにあんな美人が居たら、普通の女性は近づいて来ないよなぁ……。


あれ? 俺って実は……絶望的な状況なんじゃね?


「お邪魔しまーす」

「え? お、おい……」


理子が部屋に入ってきた。


「ふーん、何も無いのね?」

「そ、そりゃ、ほぼ寝室として使ってるから」

「そっか」


ちょこんと俺の隣に腰を下ろす。


「え、ちょ……何か俺に用事でも?」


タオルケットを引き寄せ、少し理子から距離を取る。

すると、理子は離れた分以上に体を寄せてくる。


「もう、何で離れるのー?」

「え? だってそりゃ……マズいだろ?」

「何が?」

「何がって……あれ? あ、そうだそうだ、シルフィはどうした? ギルドの打ち合わせとかあるんじゃないのか⁉ そうだ、うん、大変だもんなぁ、俺は邪魔しないから二人でゆっくりやってくれ、うん」


緊張で思っている以上に早口になってしまった……。


「ねぇ森田、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ?」


突然、大人びた表情になる理子。

やべぇ! とてもJKとは思えぬ色気……。


タオルケットの下で理子の手が俺の手に触れる――。


はぁ? おいおいおい!

何これ⁉ 突然おかしくない⁉


「ど、どうしたんだよ急に⁉」

「よく見ると森田って可愛い」

「か、可愛い? 俺が?」

「うん、可愛い……だから、ねぇ……食べてもいい?」


理子が顔を上気させ、いきなり俺の耳に噛みついた。

甘い吐息が鼓膜に響き、全身にゾワゾワが走り抜ける。


「ほわぇぁぁ~っ⁉ な、な、何を……⁉」

――と、その時、扉の方で声が聞こえた。


「リリス、何をしている?」

「あ、し、シルフィ様……」


理子が俺から離れた。


「ったく、まあ、お前の前で森田が無垢だと言った我も浅はかだったが……」

「い、いえ、そんなことは……あは、あははは……」

「すまんなリリス、森田はこれでも我の協力者だ、吸精ドレインは許してやってくれ」

「わ、わかりました……師匠がおっしゃるなら我慢しま……してみます」


「ど、どういうこと? 何だよ吸精って……」


俺が訊ねるとシルフィがやれやれと頭を掻いた。


「リリスは人では無い、淫魔だ」

「え゛⁉ い、淫魔ぁ⁉」

「稀に居るのだよ、我のように人間社会に適応して生活する、人ならざる者がな」

「ごめんね森田、DTって聞くとつい高ぶっちゃって。てへ」


ペロっと舌を見せる理子。

めっちゃ可愛いけど、もし吸精されてたらどうなってんの俺⁉


「ちょ……吸精されたらどうなんの?」

「恐らく十年は失うだろうな」


理子の代わりにシルフィが答えた。


「じゅ、十年⁉ 寿命ってこと?」

「そだよー、でもね、その代償に釣り合うだけの快楽は与えてあげられるかな……」


そう言って、理子はネットリとした目で俺を見る。

思わず、ぶるるっと身震いした。


「え、遠慮しておきます……」

「そっか、じゃ、ワタシ帰ります、また遊びに来ますねー」


天使のような笑みで、淫魔が帰って行った。


「た、助かったぁ……」

「リリスが本気になれば、魔法の使えぬ我など相手にならん……気を付けるのだな」


「わかった、あ……ありがとうシルフィ」

「……構わん、気にするな」


シルフィは片手を小さく上げると一階へ降りていった。


「はぁ……寝るか」


布団に潜ると、さっきの理子の吐息や体温を思い出してしまう。

うー、恐るべし淫魔……。


俺はぎゅっと目を瞑って素数を数えた。

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