心配性.2

 藤谷さんの隣にさっきまではいなかった、髪を明るく染めた華奢な女の子がいた。ここからでは遠くて、彼女の顔までは見えない。

 しばらく立ち話をしていたと思ったら、なんと腕を組み歩き始めた。沙綾が言っていたことは本当だった。私は息を呑んでその光景を見つめる。

 先を行く沙綾を追いかけ、その後ろに遥香ちゃん、私は急に歩く速度を落とした雪穂の隣に並んだ。雪穂は思い当たる節があるのか、目をぱちくりさせながらつぶやく。


「あの子、もしかして……」


 私が気になって尋ねようとしたところ、前方から辺りに響き渡るほどの大きな声がした。


「あれっ、雪穂姉ちゃんだ!」


 藤谷さんと腕を組んでいた女の子が、ビシッとこちらを指差している。私達が驚いていると、そのまま藤谷さんを引っ張って駆け寄ってきた。


「やっぱり、鈴ちゃんだったんだね〜」


 雪穂は安堵したような声で言い、微笑みかける。

 

「えっと……どういうこと?」


 沙綾は親しげな様子の雪穂と女の子を交互に見て、混乱しているのがこちらまで伝わってくる。遥香ちゃんは何かしら察したようで苦笑していて、私は沙綾と同様どういうことか分からなくて雪穂が口を開くのを待った。


「この子は鈴ちゃん。亮介さんの妹さんなの」


「また私、やっちゃったのね……」


 項垂れる沙綾。雪穂はそんな沙綾を優しく宥める。そして、不思議そうにその様子を眺めていた鈴ちゃんに笑いかけ、


「それにしても鈴ちゃん、いつの間にか髪染めてたんだねぇ。後ろ姿だけじゃ、鈴ちゃんだって確信もてなかったよ~」


「えへへっ、高校デビューしたんです」


 可愛らしく舌をぺろっとだす鈴ちゃんを、まるで姉のような眼差しで見つめる雪穂。

 先程からずっと落ち込んでいた沙綾は、急に姿勢を正したかと思うとてきぱきと動き出した。私達がここにいる理由を上手いこと藤谷さん達に説明し、せっかくだからと雪穂と藤谷さんが二人っきりになれるよう図らう。

 あっという間に、その場には鈴ちゃんと沙綾、遥香ちゃんと私が残った。


「鈴ちゃんごめんね、急に初対面の私達の中に取り残しちゃって……」


「いえ、私お兄ちゃん達の仲の良さ推してるんで、逆に二人の時間作ってあげれて嬉しいです!」


 謝る沙綾に鈴ちゃんが本当に嬉しそうにしながら言う。


「取り敢えず……その辺歩こっか」


 沙綾が先導するように歩き出すと私を含む三人もその後に続いた。さっきまで明るかった鈴ちゃんも、さすがに緊張しているのかそわそわしているように見える。

 沙綾と遥香ちゃんのおかげで会話は盛り上がり、鈴ちゃんも色々話してくれるようになった頃。鈴ちゃんと合流したこの辺りでは栄えている方の大通りを外れ、前方に咲良と出会った河川敷が見えてくる。まだそんなに経っていないのに、どこか懐かしい感覚がした。

 私が三人の会話を聞きながら、ぼんやりと流れの緩やかな川を見つめていると、


「……菜瑠美?」


 ふわふわとした甘い声で名前を呼ばれる。振り返れば、やっぱりそこに立っていたのは咲良だった。両手に袋を提げ、首をかしげてこちらを見ている。

 嬉しくなってすぐに名前を呼び返した。


「咲良!」


 私の声に気づいた沙綾が、側まで来て興味津々に尋ねてくる。


「もしかして、噂の咲良ちゃん?」


「そう、そうなんだよ。すっごく可愛いでしょ」


 咲良に偶然出会えた嬉しさから、遥香ちゃんと鈴ちゃんがいることも忘れて自慢げに言ってしまう。


「うん、まあそうだけど、菜瑠美は一旦落ち着きな?」


 沙綾にぽんっと肩を叩かれ、私が幾分落ち着きを取り戻すと、遥香ちゃんは不思議そうに言った。


「菜瑠美ちゃんのお友達?」


「うん、違うクラスだけど同じ高校なんだよ」


 一通りそれぞれ紹介し終わると、再び歩き出す。その直前、咲良が徐に近寄ってきて、何だろうと思っていると……私の耳元に唇を寄せて囁いた。


「今日も、来てくれる……?」


 咲良の吐息と甘い声を近くで感じ、一瞬にして体中の温度が急上昇する。声がうわずりながらも、熱に浮かされたように即答した。


「行く」


 私の返事を聞くと、咲良は花がほころぶように微笑む。咲良から目を離せずにいると、沙綾の片手が私の背中をばしんと叩いた。


「二人の世界に入るのは後にしなよー」


 振り向くと、沙綾はじとっとした眼で私を見ている。慌てて遥香ちゃんと鈴ちゃんの方を見ると、二人で楽しそうに歩きながら話し込んでいた。遥香ちゃんが買った本を通して意気投合したようだ。二人にはさっきまでの私を見られていなかったと知り安心する。


「私、何か様子変だった……?」


 恐る恐る聞いてみると、沙綾は真顔で言った。


「どうしようもないくらいだらしない顔してたけど」


「お願いだから忘れて……」


 両手で顔を覆う。なんで私、咲良といると平静でいられないんだろう……。周りに誰かがいるときは気をつけないといけないな。

 一人反省していると、沙綾がいつもの調子に戻って、


「ま、詳しいことは今度学校で聞かせてもらうから、取り敢えず遥香ちゃんたちに追いつこう」


 今度は私の背中をぽんっと軽く叩いた。

 何を聞かれるのかと慄きながらも、促されて咲良に「行こう」と声をかける。

咲良が両手に提げていた荷物の片方をさり気なく持ってあげると、二人並んで歩き出した。


 沙綾は遥香ちゃん達の方に加わり、すぐに二人と話を合わせていた。基本、何でも器用にこなせてしまう沙綾を羨ましいなと思いつつ、隣を歩きながら、偶然咲良に出会えた喜びをかみしめる。

 しばらくして分かれ道になり、咲良の家とは逆方向の道へ進もうとする沙綾達に声をかける。咲良を家まで送っていくと説明すると、


「そっか……また、学校でね」


 私の気のせいかもしれない、そうとしか思えないけれど……そう言った遥香ちゃんの瞳が寂しげに揺れた気がした。

 遥香ちゃんたちが別方向へ歩き出してからもぼーっとしていると、咲良に袖を小さな力で引っ張られ、はっとして歩き出す。

 咲良の横顔を確認すると、いつもの感情の読めない表情をしていた。

 考えてみれば、休日に咲良の家へ行くのは初めてだ。自然と心が浮き足立つ。

さっきまでの心の引っかかりはどこへやら、すぐに私の頭の中は咲良のことでいっぱいになるのだった。

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