第4射:体力測定
体力測定
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「はっ、はっ、はっ……」
そんな自分の声だけが聞こえる。
僕は今、お城の練兵場という場所で、まあわかりやすく言うなら、学校のグラウンドみたいなところで、走り込みをしている。
いや、運動は得意な方だけど、それでも女の子だから、周りの男の兵士さんたちと比べるとやっぱり追い抜かれて、やや後方に置いていかれている。
「い、がい、ですわよね。わ、たしたちは思った以上に体力が上がっているようですわ……」
横で走る撫子も息を切らしつつ、そんなことを言う。
そう、本来であれば、鉄の鎧を着こんだまま、こんなに走れるわけがない。
僕は特に小柄だから、運動は得意だけど、重い鎧なんかをつけて走るなんてすればたちまち動けなくなるはずなのに……。
かれこれ、もう一時間は走っている。
これは異常だ。
この世界に来て、まだ2日目。こんな体力はあるはずがない。
「これ、って、田中、さんの言ってた……」
「ええ。この、世界に、来てから、勇者?とかいう恩恵、でしょうね」
僕たちはこの世界に来てから、勇者とかいう変な力を貰い、ステータスは人並み以上というか、英雄クラスの力を持っていると言われた。
だが、元々そんな力があったわけじゃない。
この世界に来てから発覚したのか、発現したのかはわからないけど、認識したんだよね。
じゃあ、昨日の戦闘訓練はなんで手も足も出なかったのかと、田中さんに聞いてみると。
『ん? 人と喧嘩、殺し合いは、体力、精神力を物凄く使うぞ、ついでに、リカルドの奴はステータスだけなら、まだルクセン君たちより上だし、殺し合いの経験も違いすぎる。負けて当然だよ。あと、ステータスで過信するなってことを教えてくれたってわけだ』
と、わかりやすく説明してくれたけど、ステータスで過信するなって言うのは、実演も込めてよくわかったよ。
僕たちが手も足もでなかったリカルドさんをほぼ素手でボコボコにしたからねー……。
そのあと、襲い掛かってきた近衛の兵士も。
そんな理由で、昨日は僕たちの体力とか筋力などが、地球にいるときに比べて上がっているのかという実感がわかなかったから、わかりやすい走り込みや筋トレをして実感してみようという話になったわけ。
その結果がこれ。
思った以上に僕たちの体力は向上していた。
鎧を着ても走れているし、既に一時間は走り込みをしていてこんなものだ。
男性陣から多少遅れているとはいえ、まだ周回遅れというわけでもない。
「そう、いえば、あの木剣も、振れたよね」
「ああ、そういえば、重さに振り回される、ことは、無かったですね」
なんだ、昨日のうちに身体能力の向上は確認できてたじゃん。
僕たちが気が付かなかっただけか。
田中さんがわざわざこの訓練を提案して、理解させてくれたってわけだ。
で、その田中さんはというと……。
「おら、リカルド。しっかり走れや。別に全力疾走ってわけじゃないだろうが」
「うっ、うるさい!! ぜぇ、普通、長距離行軍で走ったりはしない!! はっ、この。ようなときは皮鎧などを……あっちゃあ!?」
文句を言ったリカルドさんに火のついたたばこを問答無用に押し付ける。
「口が動くようならまだまだ余裕だな。全く、たばこの火を点け直さないといけないから、勘弁してほしいんだが」
「ぐっ、こ、このような、訓練に、何の、意味が……」
「あん? お前らの体力、根性測定だよ。なんだ? お前らは息が切れたら、整うまで敵に待ってくださいとでも言うつもりか? 殺されそうになったら抵抗もせずに死ぬ口か?」
「そ、そのような、ことになる前に、たた、かいはおわって……」
「それを判断するのは、お前じゃねえ。兵士は命令に従って死ぬんだよ。戦線を維持しろと言われたら、どんなに少数で相手が大軍だったとしても、立ち止まって敵を喰いとめなきゃならない。現実に起こりえない? よかったじゃねえか。これ以下の現場しかないなら、この訓練を終えた時には、最強の兵士だ。よろこべよ。というか、無駄口叩いてると息上がるぞ」
「お、前が……ぜっ、ぜっ……」
そんな感じで、目の前ではリカルドさんが田中さんにしごかれていた。
「……リカルドさんが悪いはずなのですが……」
「……田中さんが悪者に見えるよねー」
リカルドさんが、昨日田中さんにしようとしたことを踏まえれば、軽いんだけど、現実は田中さんがリカルドさんたちをただボコボコにしただけだからね……。
メイドさんどころか、兵士の人たちも田中さんを恐れる始末。
ついでに、その結果、ルーメル王から、兵士の訓練をしてくれと頼まれたわけだ。
あのおバカなお姫様はキーキー言ってたけど、実力的に何もできないからねー。
そんなことを話して少し無言で走ってから、不意に僕は口を開く。
「……田中、さんが傭兵やってたこと、詳しく、聞くべきかな?」
「……どう、でしょう。日本に、来たということは、傭兵から足を、洗ったとも取れますし、嫌なことがあった、からと考えるのが当然では?」
「だよねー。でも、その知識が、必要だとも思うんだよね」
だって、傭兵だった田中さんの実力は、ステータスでは計れない強さがあるのは、昨日みんなが知ってる。
それを身に着けられるのなら、それに越したことはないと思うのは当然だよね。
だけど、撫子の言う通り、傭兵って仕事をやめて日本に来たんだから、それ相応な理由があっての事だから、聞きにくいんだよね。
「……私たちが、聞こうとすると、深刻になりかねません、ので、晃に頼んでみたら、どう、でしょうか?」
「それが、いいかも、ね。晃は、田中さんに、なついている、し」
男同士気が合ったのか、それとも、銃にあこがれとかがあるのか知らないのか、晃は田中さんと仲良く話している。
というか、昨日は田中さんを真似て、たばこを吸うとか馬鹿なことを言ってたし、大人ぶりたいだけなのかも。
と、そこはいいか。晃に田中さんの傭兵の時の話を聞いて……。
「よお。お嬢さん方。おしゃべりをする余裕はまだあるようだな」
「うひゃ!?」
「きゃっ!?」
気が付けば、後ろから田中さんが話しかけていた。
「い、いつ、のまに」
「お、おどろい、たなー」
「はぁ、喋りながら走るから、息が切れてるな。一旦止まれ」
「え、しかし」
「みんな、まだ、はしって、る」
流石に僕たちだけ休むってのは……。
「いやいや、勘違いするな。あのご立派な兵士たちと我らが勇者様方の教育方針は違うからな。たまたま、共同でグラウンドを走っているだけだ。ほれ、体力確認だよ」
あー、そういえばそうだった。
同じ場所で同じようなことやってるから、一緒に頑張らなきゃって思ってたよ。
「あっちの、木陰で休んでてくれ。俺は結城君を連れてくる」
そう言うなり、田中さんは同じ重い鎧を着こんでいるとは思えない軽快なダッシュですぐに前の集団に追いつき、色々と話をしている。
僕たちはその間に、言われた木陰の下に腰を下ろす。
「……ふう。疲れましたわ。でも、そこまで疲れていないのが不思議ですわね」
「うん。疲れてるのは間違いないけど、まだまだあのペースなら走れると思う。まあ、息は上がってたけどね」
お喋りをして、息は上がったけど、それでもまだ余裕はあった。
本当に余裕がない時は喋ることすらしないからね。
ほら、学校でのマラソン大会とか、口を開いている暇ないじゃない?
それに、マラソン選手が走っているときにお喋りしてるところとか見たことないでしょう?
そういう感じかな?
そんな馬鹿なことを考えていると、田中さんが晃を連れて戻ってくる。
しかし、リカルドさんたちは走ったままだ。
「あれ? リカルドさんたちは休まないの?」
「あいつらは、体力確認が目的じゃないからな。今日は限界まで走ってもらうつもりだ。なに、俺たちよりもレベルもステータスも高いんだから、早々に根を上げるようなことはないだろうさ。あいつらを鍛えるのは王様直々のお願いだしな、勝手にさぼればこれだよ」
そういって田中さんは首に手を当てて横に引く。
つまり、クビってことか。
「「「……」」」
にやっと笑う田中さんに、僕たちは何も言えなくなる。
「ま、あのバカ共はあれでいいんだ。今は結城君たちだな。どうだ? こっちの世界に来てから何か変わったことって言うのは実感できたか?」
「ええ!! すっごいですね!! こんな重い鎧を着て走れるかって思ったのに、ほら!!」
そういって、晃は元気よくその場で飛び跳ねたり、ダッシュしたりしている。
あれだけ走っておいて、元気だなー。
「結城君は思った以上に体力が上がってるようだな。で、2人はどうだ?」
「はい。晃ほどではありませんが、普通にまだ走れますし、私も思った以上に体力が上がっているようですわ。普通なら、こんな鉄製の剣なんて抜けませんもの」
そう言いながら、撫子は腰に佩いた、剣を片手で鞘から引き抜いて持って見せる。
「僕も同じだよ。僕みたいな小さい子がこんな剣を持てるわけないしね」
僕も同じように、片手で剣を抜いて見せる。
ロングソードとかいう剣で、普段も基本片手で振るうようなモノらしいけど、それでも2キロ以上はあるから、訓練もしていない女性が片手で持っていられるようなものじゃないし、こんな風に……。
ビュン、ビュン!!
と枝でも持つように振れるわけがない。
あ、ちなみに、僕ハーフなのに、身長低いんだよね……。
日本人の血がここだけ強いってのは悲しいかな。
「ということは、やっぱりこの世界に来てから、3人の体に何らかの変化があったわけだ。ステータスに応じて強くなっているとみていいか」
「多分、そうだと思います」
「でも、そうなると、田中さんはどうなるんですの? 私たちと同じように鎧を着て走っても全く疲れていないのに、私たちよりステータスは低いですわよ?」
「実はステータスがおかしいだけで、案外、田中さんも意外と体力が上がってるとか?」
「どうだろうな。自分としてはあまり前と変わらない気がするな」
「昔から、あれだけ走れたんですか?」
「まあな。こんな鎧を着こむことはなかったが。戦場じゃ、銃器に、弾倉、防弾チョッキとその他諸々の装備品をつけて走りまわってたからな」
「「「あー」」」
そっか。
鎧とか剣とか盾は確かに重いけど、現代の装備品も軽いってわけじゃないもんね。
「通信機とか担いだ奴は一番つらいな。重い機械を背中に背負って、武器なんてほぼ無しで部隊について回る役だからな。と、そんな思い出話はいいとして、とりあえず、自分自身の身体能力を確認できたのはいいことだ。これを基準に色々と訓練内容を考えるとするさ」
「どんな訓練をする予定なんですか?」
「個人的には、このままひたすら数年は基礎訓練がいいんだが、勇者たちを戦力として扱いたい連中もいるし、使えると見せないと、切り捨ててくるだろうからな。ま、一週間ほど基礎訓練をした後は、実戦になるだろうってのが、マノジル殿と俺の見解だな」
「「「実戦!?」」」
たった一週間の訓練で、殺し合いに行けって!?
おかしいよ!?
「落ち着け。流石に3人だけで放り出して、さあ戦えって話じゃないようだ。あの連中が付き添って、安全にレベルを上げるのが目標だったようだ。ほれ、レベルが上がればステータスが上がるからな。ただ単純に強くなるだけならそれが一番効率がいいらしい」
「いや、まあ、ステータスで言うならそうでしょうけど。俺たちって元からそういう経験ないですし……」
晃の言う通り、元から喧嘩とかもしたことないのに、いきなり殺し合いとか……。
「心配するな。こっちで予定はしっかり立てるから。まあ、実戦に放り込めば経験もおのずと上がるから、悪い話でもない。いくら訓練しても訓練でしかないからな」
「……実戦での経験がいるというわけですわね」
「ああ。大和君の言う通りだ。この世界の常識を知るいい機会だ。初戦場で死にたくなかったら、まずは俺やマノジル殿が指示する基礎訓練を頑張ることだ。じゃ、午前中の俺の訓練は今日は終わり。あとはマノジル殿から魔術の訓練な」
そういって、田中さんはトロトロ走っているリカルドさんたちをまた追いまわし始める。
だけど、僕たちは……。
「……実戦」
「……私たちのような学生が戦えるのでしょうか」
「……どうだろう」
命を懸けて戦うという話に不安ばかりが募るのであった。
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