予言者

 小学生の頃、クラスに未来が見えるという女子がいた。一足先に女子は大人びているから、まあそういうお年頃が中二に上がる前に来ていたのかとも思えるだろう。しかし、その予言が嘘でも本当だったとしても、彼女との出来事は、僕たちクラスメイトの記憶に今でも強く残っている。


「わたし明後日の答え、わかるよ」


 記憶の中で一番古いのはこれだった。当時僕らが苦戦していたのは分数で、毎日のように出る宿題が苦痛でしかなかった。だからと言って教科書の練習問題は全ての解答がわかるわけでもなく、答えを書き写すというチートもできない状況だったのである。それを、当ててみせるというのだ。

 当然の如く、クラスメイトの大半は誰も信じなかったが、一部の女子は楽しそうに話を聞いていた。

 

 しかし何のカラクリか、その予言は的中したのである。

 たちまち彼女は予言者としてクラスの中心的存在となり、みんなが彼女の次に出す予言を楽しみにしていた。


 次に、「明日A子の傘がなくなって、二日後に見つかる」と言った。

 別に梅雨の時期でもなかったため、明日雨が降るかなんて五分五分の確率だったが、やはり雨は降り、A子のさしてきた傘がなくなった。

 彼女が隠したんじゃないかという疑いもあり、クラス全員で学校中を探したが、結局二日後に、「間違えて持って帰ってしまった」という下学年の申し出により見つかった。


 いよいよこれは本物だぞ、とクラスを越えて彼女は話題の人物となった。


「次は何が見えるの?」


 それから彼女のもとには毎日、予言を聞きたがる行列ができた。僕も明日以降の宿題の答えがわかるのならぜひ教えてもらいたかったが、彼女はただみんなの質問に相槌を打っているだけだった。


「ごめんね、いつ何が見えるかわからないの」


 どうやらその能力は自在なわけでもないらしく、彼女自身も周りに集まる人数と未来が見えない現状に戸惑いを感じていたようだった。

 それを繰り返すこと数日、小学生は純粋であるが故に残酷なもので、彼女に群がった野次馬たちは去っていった。しかもあろうことか、いつの間にか彼女には「嘘つき」というとんでもないレッテルが貼られていた。


 それを知った彼女は精神的に参ってしまったようで、もともと目立つタイプではなかったがさらに存在感を薄めていた。懲りずに予言を聞こうとしてくれた子にも、「放っておいて」と追い返す言葉をかけていた。

 

 そして、その日がやってきた。


 彼女は昨日までの落ち込みようとは別人のように、意気揚々と教室へ入ってきた。


「ねえ! 見えたよ!」


 そのテンションの上がりようは、一緒に喜んであげたい気持ちは湧かず、ただただ不気味であった。

 仲の良い女子たちも同じ気持ちなようで、恐る恐る彼女に内容を聞いた。


「何が見えたの?」

「みんな死ぬの! 私を嘘つき呼ばわりした人みんな! すごいでしょ! やっぱり私は嘘つきじゃないんだ!」


 僕たちは何も反応ができなかった。恐ろしいことを嬉々として語る彼女は、もう触れてはいけない存在になってしまったのだ。

 そして、「それはいつ起こるの?」という核心は突けずに、翌日以降誰も予言については口を閉ざしてしまった。

 なぜそれが可能だったかというと、翌日から彼女は学校に来なくなってしまったからだ。正確には、行方不明ということらしい。しかも、部屋に不気味な模様を描き残して。


 それから何ヶ月か経って、僕たちは学年が上がった。その時、とある事件が起こった。

 新学期初日、登校中の列に大型トラックが突っ込んだのである。原因は運転手の過労による居眠り運転だった。

 被害は大きく、三人の生徒が亡くなり八人が重軽傷を負った。

 恐ろしかったのは、その亡くなった三人が彼女を「嘘つき」と言った最初の人物であったのだ。

 僕たちはさらに口を閉ざした。先生が彼女の話題をそれとなく出し事態を探ろうとした時もあったが、誰一人として彼女に触れることはなかった。


 実は今でも、彼女は見つかっていないし、「嘘つき呼ばわり」は減っている。僕は幸いそれではないから、同窓会には数の減り具合を見たさに毎年出席している。

 同窓会が毎年開催されて出席率がいいのも、きっとみんながそれを知りたがっているのだ。

 みんなの頭の中は、今でも彼女の予言に侵されている。

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