第7話

 明人は思わず江原さんがにゃぁと鳴く姿を妄想してしまった。


「話は聞かせてもらった」


「じょ、丈!」


 リュックの中で動くので、明人は床に落としてしまった。中にいることはバレたのでチャックを開けて顔を出す。丈がひょっこり頭を出した。


「聞いたぞ! 自分のコピーを作って、永遠の命を得るだと! 何言っていやがる! 俺とそこにいる杉崎丈は全く別だぞ!」


「……なにをにゃごにゃご言っているんだ?」


「え」


 どうやら教授には言葉が通じないようだ。いまさらながら、どうして自分には丈が言うことが分かるのだろうと明人は思う。


「それにお前!!」


 丈は立ち上がって人間の杉崎丈を指さした。腕を掴まれ椅子に座らせられている江原さんが目を丸くしている。


「俺か?」


「そうだ、俺だ。何でこんなとこにいるんだ! お笑い芸人になるんじゃなかったのかよ!」


「……何か言おうとしているのか?」


 身振り手振りをつけているが、人間の杉崎丈にも猫の丈の言葉は分からないようだ。


「明人、通訳してくれ!」


「えっと、お笑い芸人にはどうしてならなかったのか、って」


 杉崎丈のこめかみがピクリと反応する。


「……随分と昔の話だ」


「いいや! 中学のときは真剣になりたいと思っていたはずだ。どうしてこんなことをする人間になったんだ!」


「そうだよ。お前、言っていたじゃん。真剣にお笑い芸人になりたいって。なんで、正反対のことをしているんだよ。あれは嘘だったのか?」


 杉崎丈は言ったのだ。放課後、配られた進路指導の紙を見て。あのときは明人と二人だけだった。


「……嘘じゃない。でも、高校に行ったら俺より面白い奴がいたんだ。それから、俺は自信が無くなって。だから、勉強するしかなくて。大学に入学して教授に誘われたんだ。世紀の発明を手伝ってくれないかって。こんな俺でも役立つ場所があるんだって思った」


「そんな」


「今からでも遅くない! こんなことは止めてお笑い芸人を目指すんだ!」


「そ、そうだよ。今からでもお笑い芸人を目指せば」


 明人は丈の言葉を代弁する。


「いや、俺はもう……」


「いいから、目指すんだ!!」


 そう言うや否や、丈は人間の杉崎丈に飛び掛かった。


「目を覚ませ! お前はM-1チャンピョンになる人間だ!」


 丈は人間の杉崎丈の顔に爪を立てて、ぐわんぐわんと揺らす。人間の自分をお笑い芸人にしようと必死だ。


「や、やめろ!」


 しかし、杉崎丈の眼鏡が落ちても丈は止めない。


「ピンがいいのか!? ピンは難しいと思うぞ!」


「い、いまの内に江原さん」


 江原さんから杉崎丈の手が離れている。


「う、うん」


 訳がよく分かっていないだろう江原さんの手を明人は引いた。そのまま、出口へ。


「丈!」


「いいか! 思い出せよ! お前の本当の夢を!」


 丈が杉崎丈に捨て台詞を吐いて、こちらに走って来た。


「待ちたまえ!」


 教授が立ちはだかるけれど、丈はそんなのお構いなしにすり抜けていく。


「このっ! 君たち! これは世紀の発明なのだよ!」


「そんなこと知りません! 貴方はただ自分のことが可愛いだけだ!」


 明人がそう言うと、教授の頭に猫が乗っかる。それも一匹や二匹ではない。わらわらと猫が群がり、教授は重みに耐えられず膝をつく。


「みんな、この教授に恨みがあるみたいだぞ。俺もだ!」


 丈がひときわ強い猫パンチを教授に食らわした。


「ね、猫を相手にしたのがいけなかったのか……」


「よし。みんな、脱出だ!」


 丈が先頭で研究室を抜け出す。明人や江原さん、猫たちは無事にそれぞれの場所へと帰ることができた。



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