豪腕!問題解決!

「……」

 元勇者で無職のレイヴは考える。

 シフに対して甘いところがある二人である、ポチにはパーティー内カーストの最下位として扱われるだろうが、なんやかんやで最終的には曖昧になって元のパーティーに戻ることは出来るだろう、

 しかし、このままではシフが自立を果たすことは出来ない。

 元とはいえ勇者である。

 そんな自分が許していいことではない。


 レイヴは腕を組み、目を閉じる。

 闇の中にあっては、酒場の喧騒すらも静かに思える。

 名案を求めて、レイヴは思考の海へと飛び込んだ。


「急に寝たな……」

「えっ、なんで……」


 一方で同じテーブルの盗賊シフと魔剣士イーヌーガである。

 急に睡眠を取り出したようにしか見えない勇者レイヴの態度は、歴戦の冒険者二人をして動揺させた。

 眠そうな様子を一切見せていないし、寝るなら寝るで一言ぐらい言ってくれてもいいではないか。

 シフの頬を汗がつたい、イーヌーガは急な寒気を感じた。

 なんたるマイペースさん。


「とにかくシフちゃん、今からでも遅くないから行きなよ……コミュ力に難がある人向けの講座なんだから、それこそ優しくしてくれるだろ」

「それはどうかな……?」

 盗賊はあらゆる可能性に備える存在である。

 その警戒心は当然、「初級冒険者向け、コミュニケーション力育成講座」にも発揮されるのだ。


「アタシが思うに、二回講義に参加した初級冒険者は自身の能力を試してみたくてたまらないはずだよ」

「……いいことじゃないのかい?」

「ふっ……そこで行われるのは、講義初回参加者に対するコミュニケーションの集団暴行。右も左も分からないアタシを捕まえて、上手な自己紹介やら、日常会話を仕掛けて、会話のマウンティングポジションからアタシをボコボコにしようって寸法に間違いないよ」

「二回参加しただけで、そこまでシフちゃんをボコボコに出来るレベルになれる優秀な講義なら、なおさら受けたほうがいいんじゃないかい?」

「もし、そうでなければ出来上がった関係性の中で腫れ物に触るようように扱われて、なんか気まずいまま初回参加を終えて、結局次からは行く気力を失うのが関の山!」

「もうちょい自分の可能性を信じたほうがいいと思うぜ、俺は」

「だからこそ、アタシは自分にとって有利な状況……つまりは初回参加じゃないと行く気にならないよ!!」

「その発想は人生的にはどんどん不利な状況になっていくと思うぜ」


 シフとイーヌーガの会話を横目に、レイヴはどんどんと思考の海の底へと潜っていく。

 様々な記憶が魚の形を取って、思考の海の中を泳いでいる。

 暗く広い海の中、魚だけがぼんやりと明るい光を放つ。

(もっと奥へ、もっと奥へ……)


 海底に自身の姿よりも遥かに大きい鯨がいた。

 悠々と泳ぎ回るそれは、レイヴの根幹とも言うべき存在である。

 勇者としての修行の記憶を全て持って、レイヴは海面へとゆっくりと上昇していく。


「うわっ!!」

「えっ、コワ!?」


 突如として、目をかっぴらいたレイヴ。

 爽やかな起床とは程遠いそれは、死者の復活というのが形容に一番ふさわしい言葉である。


「人はそうせざるを得ない時……そうする……」

「えっ、なに!?何の話」

「行きましょう、シフさん」

 レイヴはシフの手首を掴もうとして、逃した。

 勇者はリキよりも速く、シフはそれよりも圧倒的に遅いが――格上を相手にしても、どこをどのような動きで狙うか、そしてどこに隙があるかがわかる。

 絶死の攻撃も、ある程度までなら避け続けることが出来る。


「えっ!?うわっ!?」

「シフさん!聞いてください!!」

「うっわぁ、やるなぁ……」

 レイヴはシフの手首を掴もうとし、シフはそれを回避する。

 そのやり取りを二人は足を地につけたまま、椅子に座ったままで行っていた。

 風が風と戯れるような超高速のやり取りを、イーヌーガはギリギリで視界に捉えていた。


「一緒に、冒険者ギルドに行きましょう!」

「えっ!?なんで!?今日はもう酒場でダラダラモードじゃん!!」

「僕がシフさんを冒険者ギルドまで連れて行きます、そして受付の人と会話するまで出られないように入り口で見張ってますから!!」

「ふぇっ!?」

「もう、そうするしかない状況までシフさんを追い込みます!!」

「やッ……」


 シフが立ち上がり、ノミオスの酒場から逃げ出そうとした瞬間である。

 突如、椅子が壊れ――シフはその場でバランスを崩した。

 イーヌーガの右手が赤い魔力の輝きを放っている。

 イーヌーガが魔法を用いて椅子を破壊したらしい

 問題はない――シフは体勢を立て直そうとし、その手をレイヴに掴まれた。


「……まぁ、スパルタで行ったほうが良さそうだわシフちゃんは」

「というわけです」

 握るレイヴの手は優しく、しかし振りほどくことは出来ない。

 本物の戦いならば、シフも手を捨てるところであるが、流石にこんなところで手を捨てるほどの覚悟は決めていない。


「ぴぇーっ」

「ほら、冒険者ギルドに行きますよ」

「俺も入り口で見張ってるからな、マジでシフちゃんのためを思ってな」


 かくして、シフは冒険者ギルドに連行され、数回の逃亡失敗を経て冒険者ギルド受付に話しかけることとなったのである。


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