復讐の宇宙へ

 兎山とやま克彦かつひことかいう男が駆け込みで現れた。いまだ満身創痍。そんな印象だ。

 鵜田うだ貂造てんつくはほくそ笑む。そんな傷だらけの男にも、彼にとっては使い道があるのだ。せいぜい地球進出の役に立ってくれよと考えていた。


「さあ、選手が出揃いました。兎山選手は出場できるのでしょうか。医者の判断を待ちたいところです」


 女子アナウンサーの豚饅頭ぶたまんじゅう篝火花シクラメンが発言する。

 医者はすでに呼ばれていたが、その瞬間に鵜田はその思考を操作した。

 兎山は問題なく決勝戦に出ることができる。体調は万全だ。

 医者は鵜田の意のままの回答を行い、兎山は戦線に復帰した。


「それでは試合開始です。料理が届き次第、それぞれ食べ始めてください」


 篝火花が宣言する。試合の形式はまた変わっていた。


「試合の形式は以前のものに戻り、選手ごとに好きなメニューを頼んでもらいます。

 メニューごとに辛さの度合いがポイントになりますので、より辛いメニューを食べるとポイントが上がります。また、メニューによっては辛さの倍率を変更可能です。変更した倍率によって、ポイントはさらに加算されます。

 ここまでは以前の試合形式と同じ。違うのは勝利条件のポイントです。勝利条件は1,000ポイント。辛さの度合いが10、倍率が10のメニューを食べたとして、20ポイント。それを50杯は食べなくてはいけません。これは長期的な戦いが予測されます」


 篝火花の解説が続いた。

 その様子を眺め、鵜田はうんうんと頷いた。その若さ、溌剌さ、そして有能さ、申し分ない。地球を手にしたなら、彼女を自分の下に置いてもいい。


「チャーハンと麻婆豆腐、それに小スープで」

「練馬ラーメン、激辛麻婆入り」

「冷たい味噌ラーメン、北区玉子をトッピングで」


 それぞれの選手がそれぞれにメニューを注文していた。おっと、出遅れてしまいそうだ。

 そうだな、まずはセオリー通りでいくか。


「北区ラーメン、辛さ10倍でお願いしますよ」


 鵜田は笑みを保ったまま、注文を行う。まずは20ポイント先取する。それをたった50杯だが、飽きたら別のメニューを頼んでもいいだろう。


「へい、お待ち」


 料理人が次々に料理を持ってくる。注文が最後だったせいか、鵜田の北区ラーメンが最後だった。すでに高梨たかなし日葵ひまり来海沢くるみざわ撫子なでしこはすでにラーメンを啜っている。

 女子がラーメンを啜る姿はいい。鵜田はうんうんと頷く。

 この二人の姿を瞼に焼き付けるとともに、地球征服後の自分の姿を夢想した。日葵や撫子、それに六華や芍薬といった美少女たちをはべらせる姿を。だが、それは妄想ではない。すぐに実現する現実なのだ。


「おっと、私も食べてしまうとしましょう。

 何度も言ってますがねぇ、私はラーメンが嫌いなんですよ。なんていうんですか、文明レベルの低い食べ物というか、民度の低い人たちの愛好する食べ物というか。なんで、地球人はこんなものに夢中になるんでしょうかねぇ。

 あれ、意外に美味し……ゲボゲボゲボッ」


 そう独りごちると、麺を啜った。その深い味わいに思わず感嘆しそうになったが、その辛さは予想以上であり、次の瞬間にはむせ上がっていた。


 げふっごふっぐがっ


 むせるたびに、麺に付着していた唐辛子が喉を焼き、口内でその辛さを再確認させられる。あまりにも辛い。いや、痛い。口の中が焼けるようだ。その激痛に鵜田はのた打ち回った。


「辛い辛い痛い熱い!」


 叫ぶたびに悶絶するほどの激辛、言いようのない激痛が口内にほとばしる。かといって、黙っていてもじわじわと辛さが侵食し、言いようのない痛みがジンジンと広がるばかりだ。


「こいつら、こんな辛いものを食べてやがってたんですか……!」


 そうは言っても食べなくては勝利できない。地球進出もままならないままだ。

 鵜田は意を決して、麺を箸で手繰たぐり、自分の口元に近づけた。そうして生まれた感情は恐怖だった。

 怖い。麺を口に入れることが怖い。また、さらなる激辛が口の中を襲うことだろう。痛みにのた打ち回るのだ。それを考えると怖ろしい。野性動物が火を恐れるように、鵜田もまた激辛を本能で恐れていた。

 鵜田の動きは固まる。もはや何をすることもできない。額から大粒の汗が流れるのを感じる。


 そして、ついに意を決した。すくっと立ち上がる。


「棄権します。こんな辛いの食べられないですよ」


 そう言うと、忽然と姿を消した。鵜田がどのように帰っていったのか、その姿を見たものは誰もいない。


「おっと、ここで宇宙店主ビューティフル・ワンダフル・ストレンジャー鵜田うだ貂造てんつく選手が敗退です。伝説再びとはならず!

 残ったのは兎山、来海沢、高梨の三選手! 一体誰が日本代表の栄誉を勝ち取るのでしょうか!」

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