決勝進出者発表

 二階堂にかいどう六華りっかは、高梨たかなし日葵ひまり東雲しののめ芍薬しゃくやくとともに、しばしの余暇を楽しんでいた。

 余暇などといっても、決勝進出を賭けた審査が行われている最中であり、芍薬も選考される対抗選手でもある。少なくとも、二人のうちの一人は落ちるのだ。和やかに食事などできる状況とは思えない。


 でも、それでも食事をするのだ。激辛大食い対決の合間に食事をする。これは激辛アスリートならずとも、大食い選手であるならば、当然やるべきことだった。

 六華と芍薬はひたすら白米を食べる。梅干や明太子、ふりかけといったご飯の友はあるが、ひたすらに白米を食べていた。こうすることで胃を拡張し、より多くの食事量を取ることができるようになる。

 しかし、日葵はそんなことにはお構いなく、鹿島の作った極辛カレーライスを食べていた。本来なら激辛から胃を休めるタイミングであるのに、そんなことは気にしていないのだ。そんな破天荒さこそが日葵を最強の激辛アスリートと言わしめてもいる。


「それで、最後の選手は誰になるのかな? 六華さん? それとも芍薬?」


 極辛カレーライスを頬張りつつ、本来は聞きにくい疑問を本人の前で口にする。六華と芍薬は目を合わせ、互いに気まずそうにした。

「ねえ、どっちだと思う?」となおも疑問を言葉にする日葵。さすがの二人もこれには辟易とした。そんなときだ、アナウンスが響いた。


「これより、決勝進出の四番目の選手を発表いたします」


 これにより、人々の注意が会場に集まっていく。会場にある壇上には運営委員長の虎島とらじま亘理わたるが登っていた。

 虎島はいつになくそわそわしている。何か気になることがあるようだった。

 どうせ、何か悪巧みしているんでしょ。六華はそう思うが、自分の決勝進出に関わることであれば、まったく笑えない。その時は全力で抗議に向かわなくてはならないだろう。


 ふと、奇妙な男が目につく。

 禿げ上がった頭を寄せ集めの髪で隠したバーコードヘアだが、不思議と雰囲気のある風貌だった。鷲鼻に尖った耳、彫りの深い顔立ちと、異国情緒のある印象だからかもしれない。その男が虎島の横で――今の虎島とは裏腹に――自信にあふれた表情をしているのだ。

 一体全体、どんな立場の人間なのだろうか。


「あー、あー、テステス。よし、いけるな。

 どうも、大食い大会激辛部門オリンピック予選運営委員長の虎島です。決勝進出者の発表をいたします。四番目の選手は、宇宙店主ビューティフル・ワンダフル・ストレンジャー鵜田うだ貂造てんつくと決まりました。

 決勝でさらに熱狂する試合を楽しみにしてください」


 この発表には会場中がざわめく。それはそうだ。鵜田なんて選手は準決勝のシャッフルチーム戦にいなかったのだ。どんな理屈でそんな人物を四番目に捻じ込んだというのだろうか。

 抗議しなくては。六華はカツカツカツと足音を響かせて、虎島に詰め寄る。


「一体、どういうつもりですの? あなたの秘蔵ひぞっ子の巳螺野みらの龍哉たつやを捻じ込んでくるかもとは思ってましたが、まさか無関係の人間を選ぶなんて! 恥というものをご存じないのですか!?」


 その剣幕に虎島は顔を逸らした。六華の抗議をまるで聞くつもりがないらしい。その態度に六華は激昂する。

 だが、そんな彼女の後ろに何者かの気配がした。そして、六華の肩を叩いてくる。


 パァンッ


 咄嗟にその手をはたいた。それは、先ほどの自信満々な表情をしたバーコードヘアの男だった。

 まさか、この男が鵜田なのだろうか。六華の直感が働いた。


「そうです、私がその鵜田です。ニャハッ。宇宙店主と呼んでいただいてかまいませんよ。

 いやいや、お会いできて嬉しいです。でも、私たち、準決勝で共闘した関係じゃありませんでしたか?」


 鵜田の声を聞いていると、まるで脳を揺らされるような感覚があった。

 そして、自分がなぜ怒っていたのかがわからなくなる。確かに、準決勝のシャッフル戦では鵜田と共闘した。30杯ものラーメンを鵜田がすべて平らげたのだ。それにも関わらず、私たちのチームが負けてしまったのは、六華や芍薬が足を引っ張ったからだった。

 そのことを考えると、自分が怒っていたのが恥ずかしくなる。決勝には当然、鵜田が進むべきなのだ。


「私、何か勘違いしていたようですわ。鵜田さん、あなたこそ決勝で戦うのに相応しい食士。健闘を期待しておりますわ」


 それを聞いて、鵜田はうんうんと頷いた。


「ニャハハハハ、もちろんです。私の華麗な活躍を二階堂さんに見ていただきたいものですな」


 周囲のざわめきも鵜田を祝福する歓迎の言葉に変わっていた。それはそうだ。みんな、鵜田の活躍を準決勝で見ているのだ。鵜田にケチをつけられる要素なんてない。30杯のラーメンを瞬時に食べた実力者なのだ。

 だが、誰もが鵜田がどんな戦い方をするのか記憶にはない。それがゆえに、決勝戦が楽しみになってくる。


「がんばれよ、鵜田! いや、宇宙店主! お前の活躍、期待しているぜ!」


 誰かの声援が響いた。それを受けて、鵜田は手を上げ、大きく振る。まさしく、栄光あるアスリートにだけ許される所作であった。

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