猫と女子大生 征服

「更なる量産をお見せしますよ」


 量産型女子大生エンド・オブ・サマー・バケーション東雲しののめ芍薬しゃくやくはそう宣言すると、突如立ち上がり、反復横跳びを始めた。そのあまりの高速さに芍薬が何重にも増え、あたかも何人もの芍薬が増えたかに見える。

 ……なんてことはなかった。そんなことは現実にはありえない。


「ちょっとした準備運動です。これからですよ」


 芍薬がそう言うと、パチンと指を鳴らす。


鹿島かしまさん、料理をどんどん持ってきてください。一気に食べますので」


 急に話を振られ、鹿島はドキッとする。だが、そんなことをしていいものだろうか。結局、食べきれずに、ほかのメンバーに食べさせることになるのではないかという懸念がある。


「そんなことになっても、私は知りませんが、いいですか?」


 そのことを説明し、芍薬に注意を促した。だが、芍薬は自信満々に、「問題ありません」と言い放った。

 それを横目で見ていた対戦相手である漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレ来海沢くるみざわ撫子なでしこは呆れたように呟く。


「私、あんたが何かやってる間にも食べ進めてるんだけど。このまま、普通に負けるんじゃない?」


 その言葉を受けても、芍薬の自信は揺るがないようだった。表情を変えずに、鹿島が辛い痺れラーメンと山椒たっぷりの坦々麺をつくるのを待っていた。

 そうなると、プレッシャーを感じるのは鹿島だ。つい、集中力が散漫になりかけるが、そこはプロである。しっかり意識を持って、均一な味わいを持つラーメンを作り上げる。


「へい、お待ち」


 鹿島はダンダンダンとラーメンの丼を芍薬の前に置いていく。今回作ったのは辛い痺れラーメンを3杯、坦々麺を4杯。さらに食べ残しの辛い痺れラーメンが1杯。合計8杯のラーメンが芍薬の前に並ぶ。


鹿島おやっさん、こっちもラーメン食べ終わってんだけど、早く持ってきてくれませんか」


 撫子から痺れを切らしたような声が響く。芍薬のラーメンを作っていて、そこまで配慮が行き届いていなかった。鹿島は慌てて、再びラーメンつくりに入る。


「あの量産型女子大生、まさか、これを狙って……?」


 撫子が焦った表情を見せながらも、思案下に呟いた。

 そんな様子をにやりとした表情で眺めつつ、芍薬は席を立った。そして、再び反復横跳びを始める。


「何を馬鹿なことを……」


 撫子はやはり呆れたように芍薬を見ていたが、それは驚愕の表情へと変わる。反復横跳びをしながら、ラーメンを食べ続けているのだ。これが芍薬の言う更なる量産というやつなのだろうか。


「馬鹿な……。いや、馬鹿だ! なんで普通に食べようとしないのよ」


 そうぼやいた瞬間、ようやく鹿島が出してきた。ラーメンを前にして、撫子は呆然とした表情のままラーメンを食べる。

 しかし、その異変にすぐに気づいたのだろう。表情を変え、一心不乱にラーメンに集中しだした。鹿島はその様子によって異常事態に感づくことになる。


「なんだ、ありゃ。本当に芍薬量産型女子大生が分身しているじゃないか」


 現実にはありえないことだと思っていた。それを実際に目の当たりにしているのだ。

 当然、本当に芍薬が分身しているのでなければ、超スピードで残像が見えているのでもない。しかし、瞬く間にラーメンの中身が消えていく。それは、大食いを知るもの、激辛フードバトルを知るものにはその早食いは驚くべきものであった。その早食いは反復横跳びのスピードとごっちゃになり、まるで分身しているかのように見えるのだ。


「くっ、強い」


 その姿をチラッと見た撫子が呻いた。そして、前髪を捲し上げ、隠れていた猫目を露わにする。


「予選なんかで使うつもりなかったけど、こんなところで負けてられないのよ」


 そう言うと、麺を大量に掬い、宙に放る。それを空中で再びキャッチすると、流れるような動きで啜っていく。

 鹿島はこの食べ方を知っていた。いや、耳にしたことがある。これこそが野試合の覇者、来海沢撫子の秘技であった。

 人呼んで漁り猫スナドリネコ。猫目の輝きとともに釣り上げるかのような動きで食物を冷やし、場合によっては唐辛子や山椒を霧散させ、そのまま食べ進める。その様はどんな体勢でも着地する猫のようでもあった。人体への激辛や熱のダメージを減らし、効率的に大食いするための技であった。漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレの由来となった技である。


 しかし、この技を実際に見るのは鹿島も初めてである。撫子はこの技を秘匿するために公式試合に出ず、情報を分析されることを避けていたのだ。

 量産型女子大生エンド・オブ・サマー・バケーションの更なる量産、漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレ漁り猫スナドリネコ。超人の技というべき恐るべき絶技がぶつかっていた。甲乙つけがたい戦いをいえたが、それにも終止符が打たれた。


「完食です。これで20杯目。次は巳螺野みらのさん、お願いします」


 早々に20杯目を食べ終えた芍薬が選手交代を宣言した。これにより、黒づくめの男である巳螺野が表舞台に現れる。

 だが、同じく20杯目を食べつつ、いまだにその麺を空中に放っている撫子は悔しげな言葉を上げた。


「まだ、終わりじゃないのよ。私の実力、アピールさせてもらうんだから……」

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