地球の愛

綿柾澄香

プロローグ

 ――墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ。


 私は願う。

 彼らの挑戦が、冒険が。


 地に堕ちることを。


 宇宙ソラを目指す鋼鉄の弾丸。

 それが成層圏を突き破り、旅立つことを、私は許可しない。


 そこ宇宙は、わざわざそんな大層なものを作ってまで目指すほどのものなのだろうか。


 そこ宇宙は、この地球を捨ててまで行きたいと渇望するほどのものなのだろうか。


 そこ宇宙は、自らの死のリスクを天秤にかけたうえで、それでもなお憧れるものなのだろうか。


 幾度も失敗を重ね、それでもなお宇宙を目指す人類のその原動力が、私には理解できない。


 そんなもの、目指さなくてもいいじゃないか。


 ずっと私の側にいるのなら、私が庇護ひごしてあげるから。

 私が何ひとつ不自由させないから。


 私が満たしてみせるから。


 ずっと共にいて。


 だって、私は彼らを愛しているから。

 この上なく愛しいものだと思っているから、私は彼らを掴んで離したくない。


 だから。


 だから私は墜ちろ、と願う。

 墜ちてしまえばいい、と。


 宇宙になんて行かなくていい。

 行く必要なんてない。


 あなたたちの幸福は地球ここにあるでしょう。


 ないというのなら、私が創り出してみせるから。


 行かないで、行かないで。

 行かないで。


 あなたたちの幸せは保証する。

 あなたたちさえいれば、私も幸せだから。


 あなたたちが幸せに在れるように全力を尽くすから。


 ――墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ。


 白煙を散らしながら鋼鉄の弾丸は、重力に逆らい、昇っていく。

 それを眺めながら、私はふっとため息を吐く。


 吹きすさぶ強風。


 それまで力強く、真っ直ぐに白煙を伸ばしていた鋼鉄の弾丸は急に失速し、バランスを崩し、闘牛のように暴れ回る。それから三秒後には中空で分解し、大きく赤い爆炎を咲かせて水平線の彼方に沈んでいった。


 その光景を眺めながら、私はきっと安堵していた。

 それでいい、それでいいのだ、と。


 人類は地上で繁栄を謳歌おうかする。


 私はそんな未来を望んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る