三十八話:蝶々と決意


 翌朝。

 鼻がムズムズして目が覚めた。

 顔を上げると、蝶々。


 太陽がまだ起きていない青になりかけの空で、ひとり羽を動かして飛んでいる。


 白に黒い線と斑点の羽。

 あっちの世界のどこかで見たことある気がするけれど……どこだっけ?


 まあいっか。

 それよりも、赤べえ達以外で、この森の中で出会えた初の生き物!

 色々お話したい!


『おはよう!』


 そうあいさつすると、『〜〜!?』と返ってきた。

 うーん、なんて言ったんだろう?

 あっちの世界の蝶々達は、こう、ぽつりぽつりって感じのしゃべり方だったけれど、こっちの蝶々は早口なのかも?

 次は、もっと注意して聞いてみよう……って、あれ?


 蝶々が慌てた様に羽を動かして、空へと昇っていく。

 そして、フッと姿を消した。


 周りの魔力の流れをみても、蝶々の姿はない。

 逃げられちゃった。

 やっぱり、驚かせちゃったのかな?

 今度は気をつけないと、だね。


 温かい光が顔を撫でる。

 木の向こうから、太陽が顔を出していた。

 今日が始まった気がする。


『おはようエルピ!』


 自分の中で眠る友達にあいさつ。

 なんだか胸の辺りが温かい。

 おはようって言っている気がした。




 背の高い草の間をスススと通って、地面から顔を出した木の根っこをむんっと踏んで、森の中を進む。

 僕が歩くと、体に当たった草花が揺れて、サラサラと音をたてる。

 僕に蹴られた小さな石がコロコロと転がる。

 上を向けば、木から伸びた枝や葉っぱの屋根の隙間から、太陽の光がキラキラと森の中を明るくしている。


 なんだか、今日は森の中がにぎやか。

 たくさんの音が聞こえてきて、たのしい。

 なんでだろう。

 いつもと変わらないはずなのに……あ。


 もしかして、エルピと話せたから?


 そうかも!

 もし違くても、いいや!

 そういうことにしておこう!


 その場でくるんと右回り。

 体に当たる草がザワザワと音をたてて、気持ちがいい。

 なんだか走りたくなってきた。


 うしろ足に力を入れて走り出す。

 頬に当たる風と草花が気持ちいい。

 訓練のおかげで、森の中でだって、思いっきり走れるようになった。

 それがとてもうれしい。


 すこし開けている場所を見つけて、前回りをするように転がる。

 枝葉で作られた天窓から、太陽が僕を見下ろしていた。

 じんわりと温かい。

 太陽に照らされていたからか、地面も温かい。

 なんだか太陽に包まれているみたい。

 気持ちがよくて、目を閉じる。


 こんなゆったりした日はひさしぶりかも。

 だって、ここ最近は、起きたらすぐ広場に行っていたもんね。

 赤べえが言っていた『無理をするな』って、こういうことだったのかな。

 僕よりも僕のことがわかるなんて、エルピみたい。

 すごいなぁ。

 僕もそんなふうになれるかな?


 すこし太陽の光が弱くなった気がして、目を開ける。

 うすい雲が流れてきて、太陽を覆ったみたい。

 しばらく見ていると、雲は流れて、また太陽が顔を出した。

 この森だと、雲も珍しいけれど、雲が流れるのがわかるくらい風が吹いているのも珍しい。

 なにかいいことがあるかもだね!


 ね、エルピもそう思うでしょ?


 ……


 返事はないけれど、いいんだ!

 だって、エルピは話せないけれど、聞こえているみたいだし!

 それに、また話せるようにするんだから!

 そのために東に行くってことも決めたしね!


 この森を出るのは、赤べえや狼さん達に会えなくなるから、さびしい。

 でも、ずっと会えなくなるわけじゃないし、縁も繋がっている。

 あ! それに、森の外なら、狼さん達が食べられる植物が見つかるかも!

 それを持って帰って来て、育てれば、赤べえ達が食べるものが増える!

 赤べえ達に育て方を教えたら、僕がずっとここにいなくても大丈夫!

 植物の育て方は、“ときこ”が畑で育てているのを毎日みていたから、たぶん大丈夫!

 おおー! すごいことに気がついちゃった!


 東に行ってすることをまとめると、根っこを繋げてエルピとまた話せるようにするついでに、色んなものを見て、色んなひとに会って、赤べえ達が食べられそうな植物を持って帰って来る!

 ふふーん! かんぺき!


 ……あれ?

 胸の辺りがどよ~んとしている?

 でも、僕は落ち込んでいないよ?

 じゃあ、エルピ?

 エルピがどよ~んとしているの?

 なんで?


 うーん……まあいっか!

 ここに帰る時は、東に行って、根っこを繋げたあと!

 たしか、エルピは根っこを復活させれば、また話せるって言っていた気がするし、その時に聞こう! ……あれ?

 根っこを復活させたら、なんでエルピとまた話せるようになるんだろう?

 そもそも、また話せるようになるって、本当にエルピは言っていたっけ?

 言っていた気はするんだけれど……うーん。


 わかんないから、いいや!


 そんなことより、出来ることを一つずつ、だよね!

 あ! ほら、胸の辺りがすっきりとしているし!

 エルピも大丈夫って言っているよ! たぶん!

 よーし! そうと決まったら、赤べえ達にあいさつしに行かないと!


 僕は起き上がって、体をぶるぶるーっと振って、体についた土を落すと、広場へと向かった。

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