第12章、浩太とかかし

「ここは何処だ?」


意識を取り戻したかかしが見たものは何も見えない真っ暗な世界だった。


「ここは何処だ、なぜ何もみえないんだ。

そうか、オイラはきっと浩太の体の中に入っているんだ。

おそらく浩太がまだ眠っているから何も見えないのだろ」

しかし、このズキズキする感覚はなんだ」


「うーん」


ようやく浩太の意識が戻ったようだ。


起きようとして体中の痛みに気が付いた。


「痛たたた、ここはどこだ?

たしか、不良たちにボールを当てられそれからかかしの前で自殺しようとして、そのまま気を失って、・・・」


「浩太、気がついたかい。

ここは病院よ、安心して。

お父さん、浩太が気がつきましたよ」


母親は意識の戻った浩太を見つけると、慌てて父親に呼びかけた。


父親は心配になりながらも、優しく浩太に語りかけた。


「気がついたか、もう大丈夫だ。

一体なにがあったんだ、こんなにアザだらけになって」


浩太はお父さん、お母さんに申し訳なく思い、


「お父さん、お母さん、心配かけてごめん。

でも今は、そっとしておいてほしいんだ」


父親は浩太の気持ちをくみ、


「分かった。

何があったか知らないが男なら言いたくないこともあるもんだ、言えるようになった言えばよい」


「有り難う、お父さん」

浩太は父親の気付かいがとても嬉しかった。


「お父さんとお母さんは、病院の先生とすこし話しがあるからもう少し横になっていればいいよ」


すると母親は、


「言えるようになったら言えばいい、じゃないですよお父さん。

あんなにアザだらけになっているのにただ事じゃないですよ。

すぐにでも警察に来てもらわないと」


父親は興奮する母親をなだめながら、


「まあそんなに興奮するな。

浩太の気持が第一だ。

それより先生がまっている。

すぐ戻ってくるからな、浩太。

さあ行こう、お母さん」


「さあ行こうじゃないですよ」


動揺を隠せない母親の手を父親の手が優しく包み病室からで出ていった。


「浩太、浩太」


かかしは恐る恐る浩太に話しかけてみた。


浩太は突然、自分の名前が耳元で聞こえたため、当たりを見渡した。


「おかしいな、誰もいないのに」


「浩太、浩太」


かかしはもう一度浩太の名前を呼んでみた。


浩太は得体の知れない見えない声に恐怖を感じた。


「え、なに、気持悪い」


「浩太、怖がらないで、今オイラは、話しかける事は出来ても、姿を見せることはできないんだ」


かかしは浩太が出来るだけ怖がらないように精一杯の優しい声でささやいてみた。


「姿を見せる事が出来ないって、どういう事、なにか盗聴器だとかスピーカだとかあるの?」


かかしは、自分自身がかかしであること、お釈迦様のお使いが魂をくれたこと。

お釈迦様のお使いの力で浩太の体の中に入ったこと。

今までのいきさつを細かく説明していった。


浩太は声を荒げて答えた。

「なにを言ってるの、そんな変な話信じられる訳ないだろう。

分かった、心配症のお母さんが僕がまた自殺するかもしれないから、何か仕掛けをしているのだろう」


当たり前の事だが、そんなオカルトチックな話を信じる浩太ではなかった。


なにを言っても浩太は信じようとはしない。


そんな浩太に、かかしはある提案をしてみた。


「信じられなかったら、声を出さずに心で浩太の好きな食べ物思い浮かべてみて」


浩太は心の中で大好きなイチゴのワッフルを思い浮かべてみた。


かかしの頭の中に浩太と同じイチゴのワッフルが映り込んできた。


「イチゴのワッフルだろ」


「正解だけどよく考えたらお母さんも僕がイチゴのワッフル好きなの知っていたから、まだ信じられないな」


浩太にはなかなか信じてもらえず、かかしはどうしようか悩んだがこれなら信じてもらえるかもという案を思いつき、浩太に次の提案を試みてみた。


「じゃあ、ほんとに浩太しか知らない事を念じてみて、それはどういう意味なのか、その答えを当てて見せよう」


「わかった、じゃあ念じるよ」


浩太は、


(とっさに念じたと見せかけて実は何も念じなければ当てることなど出来はしない)


そう考えて、考える振りをしてみた。


しかし、かかしは答えた。


「念じたと見せかけて、実は何も考えない、そうすれば当たることはない。

どうだ」


浩太は半信半疑でもう一度訪ねてみた。


「正解だけど、まだ信じられないな。

最後にもう一つ、君は僕が自殺しようとした時側に居たんだよね。

じゃあ僕が自殺しようとした本当の理由判るよね。

じゃあ念じるよ」

浩太はいじめられている子を助けて、それからいじめが始まった事から不良に騙されてドアを開けたいきさつや、テニスボールでの的当ての事必死に逃げようとして殴られた事を一つ一つ念じてみた。


「さあ答えて。

君の言う事が本当なら判るよね。

これはお母さんにも、お父さんにも話していないことだから絶対判る訳ないはず」


そう言うと、かかしは急に無言になった。


「ほら、やっぱり判らないじゃないか」


「浩太ごめん、ごめんよ。

そんなことがあったなんか、全く知らなかったよ。

ごめんよ、本当にごめん。

そんな辛いことまで思い出させて。

オイラ自身がズキズキするのはその時の心の中の痛みだったり傷の痛みだったり複雑な痛みだったんだね。

ごめん、ごめん、ホントにごめんよ」


かかしは、その時の浩太の恐さ、痛み、悔しさを、心の底から感じることができたのだが、その気持ちや感覚を受け止めきれなくて申し訳なくて仕方がなかった。


「かかしさん、よく判ったよ、まだ完全には信じられないけど、その気持、有り難う。

かかしさん、一つ教えてほしい事があるのだけどいいかな。

かかしさんの側を通る時、いつも僕を励ましてくれている様な感じがして、気のせいだと思ったけどあれは、ひょっとしてかかしさんが励ましてくれていたの」


かかしは、とても照れくさそうに答えた。

「うん、そうだよ」


一言だけ浩太は答えた。

「ありがとう」


次回、第14章、浩太の葛藤

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