ジャッカロープ

 ジャッカロープ捕獲作戦と勝手にミリカが名付けた今回の任務。ユリナ達が到着するまではミリカとセラカの2人で【ブリランテ】のサポートに回る事になった。


 かのギルドからは5人のメンバーが今回の捕獲任務に駆り出された。そのうちの2人はジョルジュとソマリオン。ソマリオンというのは、先日のザスト戦で会ったもう一人の戦士の名前だ。


「こないだは助かった。ろくに礼も言ってなかったな」


「いえいえ、お互い様ですよ」


 擦れた印象はジョルジュと一緒だが、落ち着いた態度に、肩までの黒髪で額に赤いヘアバンドという見た目は対照的で、性格も外見も正反対なこの2人が一緒にいることがミリカにとっては不思議だった。


「セラカ、この人達はどうやってジャッカロープを捕まえるつもりなんだろうね?」


 一番後ろを歩く2人は、そんなことを話している。すぐ前にいるメンバーに聞けば良いだろうに。


「魔法で動けなくして網とかでこう、ガバッと?」


「すっごい逃げ足が速いらしいよ!魔法も避けちゃうんだって」


「じゃあどうしよう?」


「デカい網をみんなで広げて待ち伏せすれば、勝手に引っかかってくれそうじゃない?」


「そんな大がかりな事しなくても、木の板とか盾とかで囲い込めば?」


「ジャンプして飛び越えられちゃうよ」


「じゃあ屋根もつけよう!」


「あはは!それに窓と扉をつけたら、小屋を持ち歩いてるようなもんだね」


「いっそのこと小屋でも建てておけば、勝手に住み着いてくれそうだけど」


「ゴブリン村ならぬ、ジャッカロープ村だ!」


(……ツッコミがいねぇ……)


 よくそんな下らない冗談でげらげら笑えるものだと、ジョルジュは後ろ2人の気の抜けた雑談に苛立ちを募らせていった。イライライライライライラ。


「ミリカ、そこにいるジョルジュっちに直接聞けばいいんじゃない?」


「そうだね、聞いてみよう」


 背後にグッと近付く気配がある。


「あのージョルジュさん、今回はどういった方法で幻獣を──」「網だよ!!!!いいかお前ら、ぜってー邪魔だけはすんじゃねぇぞ、分かったなッ?」


「大丈夫ですよ!私とセラカで敵を撹乱させますから、ジョルジュさん達はジャッカロープの捕獲に専念して下さい!」


「まぁまぁこのセラカさんに任せなさいって!ゴブリンだろうが何だろうがまとめてぶっ飛ばしてやんよ!あっはっはー!」


「あっはっはー!」


(ダメだ。こいつら緊張感のかけらもねぇ。遠足じゃねーんだぞ?)


「ジョルジュ。まぁそうカリカリするな。ギルド学園はいけ好かないが実力は確かだ。報酬の折半もなしに協力が得られるんなら、使えるもんは使っとく方がいい」


 額に青筋を浮かべて拳を震わせるジョルジュの肩を叩き、追い越して先を行くソマリオン。ジョルジュは渋々といった様子で不満を押しとどめた。ゴブリンの縄張りは目の前。


「《高速魔術クイック・スペル》」


「《拳闘心パワー・ランバー》」


 ふいに詠唱が聞こえて振り向くと、今の今まで談笑していたはずのミリカとセラカが、それぞれの補助魔法で戦闘準備に入っていた。


 表情と纏う雰囲気が一転し、その切り替えにジョルジュが面食らっているうちに2人は──先頭に、躍り出る。


「「「グギァガァァ!!」」」


 一歩足を踏み入れるや否や襲い掛かってくるゴブリンの群れを、二手に分かれ、撹乱した。


「《炎上フレア》!!」


 範囲魔法を連発し、四方八方から群がる敵を片付けていく。360度どこを見渡してもゴブリンだが、華輝ブリランテのメンバー達が真ん中を突っ切って村へ突入する瞬間は確認できた。


「よしっ、《爆炎バースト・フレア》!!」


 ミリカは得意の火属性魔法で倒せるだけ倒しまくり、できるだけ時間を稼ぐ。セラカは多彩な打撃技と、適度な自身への回復魔法で、多勢を相手に見事な立ち回りを見せていた。


 一本だけ持って来ていたマナ回復薬を使い切った頃、幻獣の捕獲に奔走していたメンバー達が村を一周し、近くまで戻ってきていた。


「いたぞ!!ジャッカロープだ!」


「囲え!!」


 目当ての幻獣は3匹もこの村に迷い込んでいたようで、よくは見えないが、大型犬ほどの大きさの動物がとてつもない速さで森中を逃げ回っていた。


 まずはそのうちの一匹を捕獲しようとメンバーが走るが、ゴブリン達が邪魔をする。


「クソッ……!なんだってこんなに数が出て来やがんだ」


 棍棒を剣で受け止めているジョルジュの背後から、大勢のゴブリン達が飛びかかり、気付いたミリカは咄嗟にそちらへ向かって魔法を繰り出した。


「《火炎連弾ファイア・ビット》!!」


 五、六個の炎の塊が、術者を取り囲んでいたゴブリン達を巻き込みながら、ジョルジュのまわりの敵も一掃した。


「大丈夫ですか~っ!?」


「ふっっざけんなてめぇ!!俺まで燃やす気かぁ!?」


「ごめんなさーい!だって、ジョルジュさんが危なかったから助けようと思って」


「いらねぇよ!余計なことすんじゃねぇ。大体お前は……」


 駆けつけたミリカをまともに見たジョルジュは言葉を失った。


「すみません」と愛想笑いを絡ませてジョルジュの怒りを鎮めようとするミリカは、頭部からの出血で、頬を赤く濡らしていた。


 ジョルジュを援護した事によって自身の守りが薄くなったところを、ゴブリンの棍棒が命中したのだろう。腕やあちこちにもダガーで切りつけられた傷があった。


「あ、気にしないで下さい!私、石頭なんで、これくらいどうって事ないですから。マリちゃんが来たら回復してもらえるし」


「…………」


「それよりジャッカロープは捕まえられましたか?」


 そう言って周りを見ようとしたミリカのすぐ脇を、俊速の影が通り過ぎる。……カレンほどのスピードを持つ者なら追いつけたかもしれないが、今いるメンバーでは到底無理だ。


「何ですか今の、早すぎィ!」


「だから苦戦してんだろうが。おいお前、交代しろ。俺がゴブリンを狩る」


「え?どうしてですか?」


「怪我してる奴を戦わせるわけにはいかねーだろ。いいから代われ」


「だから大丈夫ですってば、ギルドの一員ならこれくらいの怪我は日常茶飯事じゃないですか。ジョルジュさんって優しいんですね~。うへへ」


「うぜぇ。いいからとっとと……」


 言い合っている2人のもとへ、ちょうど方向転換をしたジャッカロープが、ブリランテの追っ手から逃れるためにこちらへ一直線に駆けてきていた。


「今なら捕まえられる!!よーし、来い!!」


 ミリカは両手を目一杯広げ、おいでのポーズでジャッカロープを待ち受けた。そうそう、そのまま、この胸に飛び込んだところをガシッと……ミリカの想像は予想の斜め上をいく形で裏切られた。


 ベチャッ


「ギャ~~~~ッ!!!!」


 ねっとりとした液体を顔面に食らったミリカは仰向けに倒れ、ジャッカロープは軽やかなジャンプで2人の頭上を駆けて行ってしまった。


「何してんだお前」


「なッ、なんですか!なんですかこれッ!?ギャー!!これ大丈夫なやつですか!?」


「ただの唾だろうが落ち着け!」


「ツバぁ!?ツバ吐いたの!?あんな可愛らしい見た目でツバ吐いたの!?!?こわい!幻獣こわい!!!!」


「だぁ~~うるせぇ!今拭いてやるからじっとしてろ」


 ジョルジュが苛々しながらも、顔面唾まみれで目を開けられないミリカの顔を拭いてやる。ようやく前が見えるようになった頃には既にゴブリン達に取り囲まれており、ハッとしたミリカは咄嗟に杖を構えた。


「「ギャッ!!」」


 一斉に飛びかかるゴブリン達は、しかし横薙ぎに飛んでいった。


 大剣を手に参上した、頼もしい仲間。


「ユリナ!」


 来るもの全ての敵を薙ぎ払う。ミリカなら持ち上げる事すら困難な大剣を軽々と、身体の一部であるかのように操る姿は、さながら戦場の女神のようだった。


「お待たせ。問題はない?」


「うわぁ~~~ん!!聞いてよユリナ~!」


 ユリナに泣きつき、今しがた起きた悲劇を涙交じりに説明するミリカだが、それよりもユリナは彼女が負傷している事に気付いたようで、表情を僅かに強張らせ、具合を確かめるように彼女の髪をさわった。


「ミリカ……怪我してる」


「これくらい大した事ないよ。それよりも、人の顔に唾を吐くなんて……凶悪……ぐすん」


「わわ!ミリカちゃん大丈夫!?いま治癒ヒールをかけるわね」


 戦闘服に着替えたマリとリオも到着する。回復魔法によってミリカの怪我が治され、ユリナの険しい表情がいくらか和らいだように見えた。


「ありがとうマリちゃん。そっちの用事はもう大丈夫?」


「シロちゃんをジュリアン君の元へ無事に返して、病気の女の子のところにもイーフィンの花を届けてから来たから、もう全部ばっちり!」


「よかった~!」


「よぉ、下っ端剣士さん」


「んだとこのガキ!」


 また喧嘩を始めている2人は放っておいて、ミリカはセラカがいると思われる、ゴブリンが山のように集っているあたりに大声で呼びかけた。


「セラカ~!!合流しよう~!」


「はーーい」


「《氷柱雨アイシクル・レイン》!!」


 間延びした返事が帰ってきたかと思うと、強烈な回し蹴りで内側から破裂したかの如くゴブリンが吹き飛び、空から降る氷の魔法の追撃で一掃され、セラカとシェーネルが姿を現した。


 いつ見てもシェーネルの魔法は豪快で、氷の粒子を含んだ突風が周囲に飛散し、踏ん張らなければ飛ばされてしまうほどだ。


「いや~楽しかった」


「さっさと終わらせて帰りましょうよ、花を置いとくだけでいいんでしょう?」


 マリが懐から出した小さな布の包みを開けると、干草とお菓子の香りを混ぜたような、甘いといわれれば甘い香りが溢れ出す。乾燥させて細かく刻まれたイーフィンの花……ドライハーブの類だろう。


 包んでいたそれを地面に撒く。


「これでよしっと」


「これを食べに来るのか?」


 リオが覗き込む。


「私もはじめてやる方法だから、どうなるのかは分からなくて……前はウイスキーでやったから」


「ウイスキー!?」


 酒瓶を煽り、呑んだくれるジャッカロープの姿がリオの頭に浮かんだ。


 ミリカはあたりを見回す。


「本当にこれだけ?何か、匂いを拡散するように風でも起こしたほうがいいんじゃ」


「そうね、匂いでおびき寄せるなら、なにか……」


 シェーネルの言葉がそこで途切れた。どうしたのかと、皆で彼女の視線の先を辿る。


 兎のような長い耳に、天然石のような艶のある美しい角。つぶらな瞳とふわふわな毛並み。愛くるしいマスコット的存在感。まさにジャッカロープがそこにはいた。しかも3匹とも。


「「きッ、きたー!!」」


「つ、捕まえて!」


「えっ!えっ!早すぎない!?」


「しかも花に体を擦り付けて恍惚とした表情を浮かべている!マタタビかっ!」


「うわぁ可愛い~!!」


「あみっ!網ッ!ソマリオン!!こっちだ!」


 慌てふためくジョルジュがギルドメンバーを呼びに行っているあいだ、ミリカ達がいくら近付こうがもふもふしようが、ジャッカロープ達はされるがまま。完全に酩酊状態の、野生を捨てた姿を晒していた。


「あんなに警戒心の高いジャッカロープが、こんなになるなんてね。どうりで外の国の人間には知られたくないわけだわ」


 シェーネルが感心しながらジャッカロープの毛並みを堪能する。


「ていうかマリ、これ大丈夫なのか?」


「大丈夫。猫でいう、マタタビみたいな感じかな?お酒を飲ませた時もこうなっちゃうんだ」


「へぇ~……」


 やがて姿が見えたブリランテの者達を遠目に確認し、ミリカがそちらへ手を振る。


「来た来た。お~い!こっちですよ~!ぁ……」


「「おっ、と」」


 急に目眩がして倒れかけたミリカを、咄嗟に5人が総出で支えた。


「ミリカちゃん大丈夫?」


「マナ切れね」


「あぶないあぶない。あたしと2人で、ずーっと戦ってたもんね、お疲れ!」


 なにも全員で、そのように顔を覗き込んでくる事でもないのにと、ミリカは小恥ずかしさに思わず吹き出してしまった。


「可笑しい。ちょっとマナを使い過ぎてふらふらしただけなのに、みんな心配してくるんだもの。ふふっ」


「笑い事じゃねえよ。早く寮に帰って寝ろ」


「ミリカ……」


 心配そうな顔でミリカを見つめるユリナ。そんな彼女に、ミリカはいつもの笑顔を向ける。全員にも聞かせるように宣言する。


「はーい。無理はしません。ちゃんとゆっくり休みまーす。みんな心配してくれてありがと!」


 ユリナの整った口元から安堵の息が漏れた。程なくして駆けつけたギルドメンバーに、引き取りに来た警察隊と、幻獣を一目見ようと集まった人だかりで現場はやいのやいのしていたが、やがてギルドマスターを名乗る男がミリカ達の前へ現れた。


「君達!!!本当にありがとう!!!君達がいなければ、この偉業は達成できなかった!学生ギルドというものは戦闘力も知識もなかなかのものだな!恐れ入ったぞ!!!」


「は、はい!」


 肩をガシッと掴まれ、その声のデカさと迫力にミリカが圧倒される。


「(暑苦しそうなギルドマスターね)」


「(熱血筋肉倶楽部って感じだぜ)」


「2人とも、シーっ」


 シェーネルとリオの小声が彼に聞こえてはいないだろうかと、マリは冷や冷やした。


「そこでだ!今回の報酬の取り分の話をしようじゃないか」


「いえいえ!今回は私達が勝手に押し掛けたわけですし、お役に立てたならそれだけで」


「なんと!いやしかし、そういうわけには。そうだ、君達はどうやらジョルジュと顔馴染みのようだな?」


「い、いや、別に顔馴染みなんかじゃ」


 ジョルジュの抗議はマスターの耳に届かない。


「今後、我らブリランテの一部の依頼をレイオーク学園と共有し、お互い協力関係を結ぶというのはどうだろうか!」


「えぇ……」


「いいんですか!?」


 片や感激の表情を浮かべ、片やとんでもないやめてくれと言わんばかりの困惑に満ちた顔。


「フハハハハ!!ジョルジュ!仲間はどれだけいても良いものだぞ!」


「ジョルジュっちとこれからも一緒に仕事できるの?やったー!!あたし嬉しいよ!」


「おおーそうかそうか!まだまだ下っ端の未熟者だが仲良くしてやってくれ!ガーッハッハッハ!!」


「ガーッハッハッハ!!」


 セラカとギルドマスターの笑い声が共鳴した。


「ジョルジュさん、よろしくお願いしますね!」


「何がよろしくだ……はぁ……」


 ミリカとは違う意味で目眩を覚えた。やっと喧しい学生達から解放されると思った矢先にこれである。悲劇に嘆くジョルジュの横で、至福の時を過ごしたジャッカロープ達は警察隊の手に軽々と抱えられ、その後、軍で保護された。

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