8月15日

7月の終わりもうすぐ終戦。


私はもとの世界へ戻ることなくこちらにいる。私が出会った正一さんは本当に今この荒れ果てた世界で軍人として生きているだろうか。あの写真の正一さんは誰なんだろうか.....。


その日私達は近所の人にもらった何かの種らしきものを無我夢中で植えていた。汗が額をつたって目に入るのを拭いながら

「これなんの種やろか まぁなんか出よるやろ」

夏代姉さんもぼやきながらも頑張っている。戦後すぐは、より配給が遅れて困るはず。種がいつ実をつけるのか何がなるのか謎だけど。


畑の向こうから誰かが走ってくるのが見えた。

「――電報 電報です」

電報......もしかして 私は急に体中の水分が蒸発したかのようにカラカラで生唾をのみこんだ。

夏代姉さんが受け取り、おひささんの元へ走る。


「一回家入ろ」

みんなで、おひささんを囲む。

ゆっくりと開かれる電報を固唾をのんで見守った。


『第十一警備大隊 二等兵 ウメノ ショウイチ

フショウ ヒガシヤマビョウインニテリョウヨウ』


生きてる。

正一さんは生きている。

神戸の上陸戦に備えて港の防衛を強化する隊となっていたが六月の神戸空襲で負傷したのだろうと父は言った。

怪我の程度はわからない。

今すぐにでも見に行きたい...。

しかし、連日続く空襲警報で誰もが行くなと反対した。私も皆の反対を押し切ってまで行く勇気は無かった。

終戦まで、待とう。


+++


―――――8月15日


この日が来た。私達は正午前にラジオがある村の燐組長さんの家に集まった。

玉音放送を聞いても泣く人はおらず、ただ行って帰ってきた。

あまり実感がないのか、予想していたのか、はたまた家族に戦死者がいないからか、またはこれからの生活への不安からか。ただ無言でみんな歩いた。


「ねぇ、さっきのなんて言っとったん?」

あ...子供達には意味がわからなかったのだ。

私はこっそり「戦争が終わったのよ」と教えた。

目をまんまるにした子供達は、それでも無言で歩く大人達を見て静かに歩いた。


私は早く正一さんの病院へ行きたかったが、父は戦後すぐは街は混乱しているだろうと。知らせを待つように言われる。

父の言う事は正しい。実際身寄りがない人達が彷徨い、外国人の人たちが土地を占領したり、闇市も始まっていく。ものすごく不安定な世の中である。

そんな所へふらふら出ていけば、また何が起こるやら。


再び私はぐっと辛抱した。

どうか正一さんに会うまでに平成に戻りませんように。

そんな願い事を毎日していた。

みんなが生きていけますように、正一さんが無事帰ってきますようにと祈るよりはまだライトな願い事だ。



終戦から数週間が経ち、学徒出陣の労働も終わり、日本全国からみな帰郷しだした。

久しぶりに家族が揃い、おひささんもホッとした様子で台所に立つ。


「今日は少しはましなもん、だしたいわぁ」

そう言って麦に少し白い米が混ざったものでおこげを作った。汁にも豆や芋を入れて。近所の人が漬けていた梅干しも。

梅干をつまみ食いする夏代姉さん。

「あ!夏代姉さんが食べよった!梅干1つまるごと」ひろしがすかさず見ていた。

梅干みたいな顔をして笑う夏代姉さんに本当に終戦なんだと実感した。


なかなか配給が予定通り進まず、街の人は田舎の食料を買いあさり、思うようには物が手に入らない。

父はタンスの上のスーツケースのような箱をおろした。そこにはお金が。

ばあちゃんが言っていたタンス貯金だ。


「この状況が続いたら厳しいな。明日神戸へ行ってみよか。たしか、高架下あたりが焼け残ってそこに物売りが居てるらしい。」

父は私を病院にも同行させるとも言ってくれた。

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