第32話 初めての二人きりの買い物宣言③

○○○○○



「ん! 美味しい!」

「でしょ? さすが老舗だよね。クオリティが違うというかもう、全部が最高っ!!」


 長蛇の列に並び、いちご大福を購入した私たちは駅内に設置されていた休憩所のようなところに座って、いちご大福を食べていた。

 小腹も空いていたこともあって、ちょうど良いタイミングの間食となっている。


「あ、詩葉。ちょっと待ってね?」

「え?」


 私がいちご大福を食べ終わるや突然、ナギは顔を近付かせてきた。

 徐々に近づいてくるナギの顔。


 心の準備が出来ていない中で、急に距離を詰められると、ちょ、ちょっと緊張が。

 バクバクと鼓動が早くなり、なんだか体が熱くなってきた?


 ナギの顔はもうすぐそこ……。

 まさか、キス? マジで? そうなの? でもこのシチュエーションは、そうと期待して良いのよね!? 


 私は大きな期待を込めて瞳を閉じた。そしてナギの唇を待っているとーー


「ん……っ?」


 口元に感じたのは、柔らかい唇とは真反対の何か。

 正体を掴むため、目を開けると私の口元に触れていたのはナギの細長い指だった。


「粉付いてたよ? ぺろっと、んっ、餡よりも粉のほうが美味し! なんてね」


 ナギはそう言って、私の口元についていた粉を指で取り、そのまま流れるように口に運んだのだ。


 どうやらナギは私にキスをしに近づいた訳ではなく、口についてた粉を取るために近づいたのね。

 な〜んだ、キスじゃなくて残念……とは心の中で思いつつも私の心は絶賛、胸が高鳴るというか暴れ回っていた。


 キャハーーーッッ!! しゅき、しゅき過ぎるよ、ナギ!!

 不意打ちとはいえまさかこんな事されるなんて。


 好きな人に指で急に口元触られたら興奮するに決まってるでしょ!!


 なんなのこの破壊力。

 しかもそれをナギは邪な意図なんかなく無意識にやるんだから。

 それにナギったら冗談混じりにやって、笑った顔も可愛いのなんのって。くぅぅ……もう最高。


 ーーって、だめよ、何やってるのよ、私。なぜに私が改めてナギに惚れさせられなきゃいけないのよ。

 違うでしょ、今度は私がメロメロにしなきゃいけなんだから。

 よーし……。


「ねぇナギ? お願いがあるんだけど」

「ん? 何?」


 私がナギを見ると、彼は購入したいちご大福にかなり満足いってるようで随分ご機嫌な様子だった。

 これは私のお願いをすんなりと聞いてくれそう。

 私は、残っていたいちご大福を一つ手に取り、ナギに見せながら言った。


「あのね、今からこのいちご大福で自分の口元を汚して?」

「なぜに!?」


 ナギは私の言ってる事が理解出来ないようで、表情を困惑させていた。

 あれ、ちょっと直球すぎたかな。もう少し詳しく言ったほうが良いみたいね。


「ちょっとストレートな物言いだったかも。もう少し詳しく言うね。このいちご大福を盛大に頬張りながら、可能な限りナギの口元を粉で汚して? もうこれ以上ないってくらいに」

「詳しく聞いても僕が口元をわざわざ汚すのは変わりないんだね。えっと……マジでなんで?」


 むぅぅ。ナギったら全然このお願いの意図を理解できてないみたいね。


「だって、ズルいじゃない。私の口元を綺麗にするだけして私にはナギの口元を綺麗にさせてくれないんだから」

「ま、まさかこんなにも理屈が分からない話があるなんて……今回が初めてだよ」


 私もナギの口元を指で綺麗にしてペロンとしたいんだもん。

 それでナギをドキドキさせて、あわよくば興奮でもさせてしまえば……グフフ。私にメロメロに。


 私が密かにそんな思惑を膨らませていると、ナギはなぜか私に対して少し申し訳なさそうな顔を見せた。


「え、えっと詩葉がなんで怒ってるなんだかよく分かんないんだけど……とりあえずごめん。次からは詩葉に勝手に触らず、口で指摘するだけにするよ」

「え!? 怒ってないよ……? そうじゃなくて……あの、その、口元に触れるのはいつでもウェルカムなんだけど。えっと……あぁ……うぅ……なんて言えば」

「勝手に触れるなんて嫌だよね。了承をもらわないと……」


 突然のナギの謝罪に狼狽えた私は上手く言葉が出てこなかった。

 

 えーと、ナギが思ってることは違うくて、わ、私はただナギの唇に指で触れたいだけなのに。

 ただただ口元を汚してくれればあとはこっちが勝手にするだけなのに!


 う〜こうなったら強硬手段よ。


「ええい!! 黙って食らいなさい!!」

「ぶはぁーーっっ!!??」


 私はすぐにいちご大福が入っている箱の底に溜まっていた白い粉を手元ですくい、ナギの顔面に向かって放った。

 すると拡散した白い粉が作り上げた白い煙幕がナギを包み込む。


「う、詩葉何を……?」


 いちご大福の白い粉が口元だけでなく顔面全体にかかったナギを見るや私は、すぐにナギの口元にかかっている粉を指ですくいとり、白くなったナギを見て言った。


「粉付いてたわよ? ぺろっと……んっ! 美味しい!」

「付いてたっていうか、付けたよね。首謀者だよね」


 う、上手くいった……!!

 念願の指掃除。強硬手段とはいえ、ナギの唇を私の指で掃除して、ペロンと出来たわ。

 これでナギ、多少はドキドキしてるんじゃない?


「ねね、ナギ。ドキドキした?」

「う、うん。ある意味ドキドキしたかな。一瞬視界が真っ白になって何が起きたのか分からなかったから」

「そっか!! よかった!!」

「よ、よかったの……?」

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