第10話 朝這いの宣言


「ーーギーー? ーーナーーきてーー?」


 何やら女性の声が微かに聞こえる。綺麗で柔らかい声だ。

 今日は金曜日。休講の関係から授業自体は珍しく午後からで、午前バイトもないから午前中は全て惰眠だみんに費やそうと思ったのに思わぬ邪魔が入っている。


 昨日深夜に見ていたアニメをそのまま流しっぱなしで寝落ちしてしまったのか、はたまた隣の部屋のレンのエロ動画が筒抜けなのか。

 どちらにしても僕の幸せの時間を阻害しているのは間違いなかった。


 僕は声を完全にかき消すように耳を塞ぎながら寝返りを打った。

 その際、微かに目が開く。するとその瞬間、右隣の景色が偶然にも目に入った。それは僕が生きてきて未だかつて見たことのない景色で。


「……ん? ……んぅむ……うたは?」

「おはよ、ナギ」


 そう軽く朝の挨拶をして、詩葉はベッドに寝ている僕の隣で僕と同じ毛布にくるまりながら柔らかい笑みを溢している。

 寝返りを打った直後に気づいたと言うこともあってか、こちらを見ている詩葉の顔と僕の顔はほとんどゼロ距離に近かった。

 あともう少し進めば、顔同士が当たるという距離。


「どうして隣に?」

「言ったでしょ? 積極的になるって……襲いに来ちゃった」

「なるほど、僕を襲いにね」


 なるほど、襲いに来たのなら仕方ない。

 それなら同じベッドにいるのもうなづけるな。

 突然、いるはずのない詩葉が隣にいるもんだから驚いたけど、納得できる理由が聞けたからいいや。


「それじゃ、存分にどうぞ」


 そう言って僕は、まるで無抵抗を示すかのように両手を上げてみせた。


「あら、意外に素直。それではよっこらせ……っと」


 僕の従順な姿を見て、詩葉はニッコリと笑った後、すぐに僕の腰の上にまたがる形で馬乗りになった。

 その時、動く詩葉から漂う良い臭いが鼻を通る。


 毛布に隠れててよく分からなかったが、今日の詩葉の寝巻き姿はタンクトップにショートパンツという軽い薄着の組み合わせ。


 詩葉の部屋着姿はかなり新鮮だったし、彼女のこうも大胆な服装は初めてだった。

 普段見せない量の肌の露出に顔には出さないだけで、僕は少々興奮しており……おぉ……詩葉を下から見上げているから白い肌のお腹が見えーー。


「あのな、ナギ。お前ら二人がおっ始める前に言うけどな。一般的なラブコメとかだと、女がベッドに侵入してきたら普通は男側が焦ってたり、チキったりして、しどろもどろになった結果、失敗するお約束だってのに、お前のその受け入れの速さはなんだ」


 詩葉に襲われるのを今か今かと待ち侘びていた僕に部屋の扉付近から届く悪友の声。

 声の方を見てみると、そこにはレンが腕を組み、開いた扉にもたれかかりながらコチラを見ていた。


「レン!? どうしてーー!?」

「どうしてもこうしても朝飯出来たからナギを呼びに来ただけだ。そしたら詩葉がナギの上にいるときた」


 突然の訪問者に上に乗っている詩葉が思わず甲高い声を出した。


 ん……今さら気づいたが、そういや詩葉、僕に乗ってたんだよな。不思議な事に重さを感じなかった。

 やっぱり詩葉は女神か天使のたぐいでは? だって可愛さも人知を超えているもの。

 

 そうだ、一応レンにはさっきの事の返答をしておこう。


「焦るだって? 僕が王道ラブコメの主人公達みたいにチキンと思うなよ? お約束なんてクソ喰らえだ。さぁ、詩葉!! 僕を襲っちゃって!!」

「お前がそう意気込むのはいいが、襲う相手の表情をもう一度見てやれよ」


 レンに言われた通り、僕は僕の上に乗っている天使に目を向ける。

 するとその天使はさっきとは違って若干顔を赤らめており、僕と視線を外していた。

 そして細々とした声で囁く。


「……ごめん、ナギぃ。流石に人に見られながらは恥ずかしいょ」


 初々しい声と幼さが戻ったような照れた顔。


 さっきまであった詩葉の大胆さは、レンの登場によって身を隠した。だが、代わりと言っては何だが、別の詩葉の可愛さが顔を出した。

 これはまた……たまらん。


 恥ずかしがってる詩葉は世界遺産レベルじゃないか。


 しかし、僕を襲う詩葉も見てみたかったなぁ……それもこれもヤツが来たせいで……。


「…………」

「おいナギ、なんだその目は。まるで俺が元凶のような。言っとくが不可抗力だぞ? そもそも詩葉がいるなんて知らなかったんだから。いるの知ってたら俺だって邪魔しねぇよ」


 そりゃそうだ。もしも知ってて邪魔しようものなら今頃僕はレンを日本海に沈め、一人暮らしになってたところだから。


 まぁ今日のところは、照れた詩葉を見る事ができたから許してやろう。


「それより詩葉よ、朝這あさばいするつもりなら俺がいなくなった時にしろ」

「仕方ないじゃない。待ちきれなかったんだから」

「つーか玄関には鍵がかかっていたはずだが?」


 そういえば、そうだ。

 夜になったら僕らの部屋は鍵をかける。

 どうやって詩葉は僕らの部屋に入ったんだ?


「あら、あれを鍵なんて言うなんて。あんなちょろいの見たらルパンが鼻で笑うわよ?」

「まさかピッキング!? お前、どこでピッキングの技術を!?」

「世の中便利になったわよね。得たい技術が有るならY◯uTubeを見れば、一瞬で得れるもの」

「変なところに努力値振るなよ」


 部屋に来る大胆さしかり、得たい知識を自ら吸収する勤勉家な一面も持ってる詩葉は最高だな。人間のかがみだ。


「ーーまぁ、なんだ。朝飯、余分に作っちまったから詩葉も食ってくか?」

「ほんと!? うん! ありがと、そうする!」


 しばらく話していた僕達は、お腹が空いた事もあって、レンが用意してくれているであろう料理を目的にリビングに向かった。


 そして、机に用意されたのは、皿に盛り付けられた目玉焼きにベーコン。小綺麗に野菜も添えられている。


「あら、目玉焼き! 美味しそう! さすが、レンね」

「さすがってなんだ? 俺、詩葉に料理振る舞うの初めてのはずだが」

「中学の調理実習の日、レンが先生に凄く褒められてたの覚えてるから!」

「あぁ、なるほど」


 レンは出会った頃から料理の腕には特に秀でていた。

 中学の調理実習や、高校の日々の弁当などレンの料理の腕を何度も見ているが、それはかなりのものだった。


 なんでもレンの料理の腕は、実家の影響もあると言うが、そこんとこはよく分からない。


 まぁ、そんな事もあってか一応ウチの料理担当はレンとなっている。

 本人も好きでやっているらしいので、特に嫌ではないらしい。


「ほいっと!」


 僕はソファに座るやすぐに机にあったリモコンを手に取った。

 そして番組のチャンネルを変えるためにリモコンのスイッチを慣れた手つきで連打していく。


「あ!! おい!! チャンネル変えんな!! Z○P!にしとけよ」

「ニュースとか特に見ないんならいいだろ? どうせ、○IP!の目的も水卜アナだろうし」

「へぇ……レンって水卜ちゃんみたいな子がタイプなのね。意外」

「なんでだ。いいだろ? 水卜ちゃん。料理を日頃から作ってる立場の人間からしたらあんなにも料理を美味しそうに食べる人間は、とても魅力的に見える」


 レンはそう語りながら使い終わったフライパンを洗ったり、小慣れた手つきで次々とキッチンを片付けていく。


「それに、目覚めの朝一番からあんな肉質の良い暴れるようなムチムチ感を曝け出してもらえると、こちとら朝から興奮して、いろんな部分に元気がもらえる。野郎共がメインの他の番組では味わえないZI○!限定のおかずだ」

「それ聞いて、逆に私は元気が半減したわ」


 包み隠さないレンの性癖のオープン加減にどうやら詩葉は多少食欲を奪われたらしい。そのせいで少し箸が止まった。

 もったいない、美味しいのに。


 そんなこんなで僕は目的の番組に変えた。


「やっぱ朝って言ったらお○スタでしょ」

「お前は一体何歳なんだ。小学生じゃあるまいし、こんな番組ガチで見てる大学生なんていないぞ?」

「うるさいなぁ。おは○タは、僕にとっては重要なんだよ。アニメにゲーム、おもちゃ情報など多種多様に知れる唯一の朝番組なんだから」


 朝はどこも難しいニュースばっかりでロクに楽しめない。

 そんな中この番組は僕が知りたい情報をかなりの頻度で教えてくれる貴重な情報源。


 朝から耳が痛くなるニュースが一切流れないからメンタル的にも良いんだよな。


「朝っぱらからガキ大将の声聞くなんてどんな罰ゲームだよ」

「なんでだ、いいでしょ? 木村昴。渋い声で僕は好きだけど」

「私も好きよ? ラッパー、声優、俳優にナレーター。あんなにマルチで活躍するガキ大将なんていないでしょ」

「朝っぱらから聞くのが問題なんだよ。ドラ○もんで、早朝からジャイア○リサイタルやってたことあったか? の○太がいたら寝坊もなくなるだろうよ」

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