第12話 ……本当? ……嬉しい、な……私

 自分たちが引いたレジャーシートに戻り、一旦梓を休ませる。

「足は? 大丈夫? まだ痛いなら伸ばそうか?」

「だ、大丈夫だよ」

「ん、そっか」

 僕はバッグにしまってある飲み物を取り出し、また一口飲み込む。


「じゃあ、高野も大丈夫みたいだし、後は凌佑に任せるわ。俺と石神井、少しフラフラ遊んでくるから、よろしく」

「わかった」

 二人残されたレジャーシート。体育座りして俯く梓と、足を伸ばして座る僕と。

 陽射しが一段と強くなる、午後二時。


「……ごめんね、せっかくのプールだったのに、水差して」

 そんな詫びが、彼女の口から聞こえてきた。

「別にいいよ。気にしなくて。仕方ないことだし、僕の配慮不足だったし」

「そ、そんなっ」


「……梓もそう言うだろうし、僕もそう言う。埒が明かないから、この話はもう終わり。いい?」

 食い下がろうとする梓を制しながら、そう続けた。

 きっと、こう言ってもまだ責任を感じるような子だろうから。


「う、うん……」

「少し、休みなよ。朝早かったんだろ? あれだけの量の弁当作ったってことは」

 四人分の弁当だ。何なら前日の夜から準備していたんじゃないだろうか。


「朝、五時からかな……?」

「で、昨日は何時に寝た?」

「い、一時……」

 やっぱり。予想通り。梓はいつも日をまたぐ前に寝る習慣をつけている。それが一時になってしまうってことはやっぱり準備に時間を掛けたからなんだろう。


「……休みな。きっとそれだよ」

 それに運動音痴も加味したら、体力的にしんどいスケジュールだったんじゃないだろうか。


「あ、あのさ凌佑……」

「何?」

「……やっぱり、私達って変なのかな……?」

 突如発せられたその一言に、僕の心臓が跳ねる。


「へ、変って」

「お昼のときにも言われたけど……幼馴染にしては、やりすぎてたりするのかなぁって……」

 ……やばい。僕が恐れていた展開に、なっている……?


「あ、あのね凌佑、私──」

 俯いていた彼女は、視線を僕に合わせる。

 胃がきしむ音が聞こえた。

 これは、まずいんじゃ──


「ずっと前から凌佑のこと」

 僕が息を呑み込んだその後。

「好きで……」

 聞きたくない言葉が、漏れ出た。


「……ご、ごめんね、急にこんなこと……」

 きっと、今一番聞きたくない言葉だった。

「……いや、いいよ」

 抑えて、抑えて。震えそうになる声を抑えつけて。


 答えなんて、決まっているんだ。

「……僕もさ」

 ここで振れば、きっと梓は何事もなく高校を卒業できるだろう。


 でも。

 僕にそれはできない。

 過去に一回だけ、梓の告白を断ったことがあった。もしかしたら、何も起きないんじゃないかって。


 結果はその通り。何も起きなかった。梓が事故に遭うことも何か不幸になることもなく日々は流れていった。

 卒業式に出る梓の姿も「遠くから」見た。


 僕が何度目かの梓の告白を断った後、梓は次第に僕と距離を置くようになっていった。初めは共通の友達である佑太と羽季と関わることが減っていき、中学生のときから続いていた晩ご飯を一緒に食べることもなくなり、お弁当もなくなった。


 きっと梓は、僕に振られたことで幼馴染としての立場も捨てようとしたんだ。そうするために、梓は一人になることを選んだ。


 最終的に、梓は誰とも関わることなく、孤独な高校生活を送っていた。それは遠目から僕が見てもわかるようなものだった。


 僕が梓に届けたかった未来は、そんなものだったのか?

 いつか迎えた卒業式の日、僕はそう思った。

 こんなことになって、梓が一人を選ぶくらいなら。


 ……いっそ、僕がもがき続けてやる。何度繰り返すことになっても。

 心折れそうになっても、絶対に。


 二度目の世界で、僕は君と一緒に春を迎えたい。その決意を持って、僕はタイムリープをした。

 だから、僕は言いかけた言葉の続きをこう繋いだ。


「……僕も、好きだよ。梓のこと」

 でも、きっとこの言葉も、彼女の想いを踏みにじるものになるのかと思うと、胃がキリキリと痛む。できることなら聞きたくない言葉だったし、言いたくない言葉でもあった。


「……本当? ……嬉しい、な……私」

 隣に座っていた梓がそう言いつつ僕の方へもたれかかって来た。

 ちょっ、いきなり……ん?

 待て。これは本当にもたれかかっているのか?


「……梓?」

 それを確認するためにも、僕は一度彼女の名前を呼んだ。

「…………」

 反応が、なかった。


「梓? 梓? 起きてる……か?」

 寝ている……んだよな? そう思いつつ、僕は梓の頬に手を当てた。

 ある可能性を、排除したいために。


「……熱い」

 僕は今日一日の梓の行動を逐一思い出す。

 ……今日、梓何か飲み物飲んでたか?

 もしかして。


「梓? 梓?」

 僕は耳元でそう呼びかける。でも、やっぱり反応はない。

 なあ。さっき足つったって言っていたけど……。

 それ、熱中症のサインだったんじゃないのか?


 頭のなかに浮かんだ一つの事実に、僕は激しい後悔に襲われる。

 やばい。なんとか……なんとかしないと。


「すみません! スタッフの人近くいますか!」

 僕はそう叫んで、とりあえず助けを求めた。これ熱中症じゃないか、という知識はあっても、じゃあどこまで対処すればいいのかという知識は持ち合わせていない。


 近くにいたスタッフが僕の叫び声に反応しこちらにやって来る。

 その間に僕は梓のラッシュガードを脱がせ、なるべく涼しい格好にさせようとする。


「……汗の量、やばくないか?」

 その下には、尋常じゃない量の汗が流れていた。

 間違いない。熱中症だ。

「どうかしましたか?」

 そう判断した頃に、スタッフの人が到着した。


「すみません、体温が高いのと、汗の量がやばくて、多分熱中症だと思うんです。救急車呼んでもらってもいいですか?」

「ちょっといいですか?」

 スタッフさんはそう断りを入れて、梓の額を触る。


「……疑いはありますね。今呼ぶんで、とりあえず救護室に行きましょう!」

 そう言われ、僕は慌ててバッグからスマホと財布を取り出し、スタッフさんと二人で梓を救護室があるという室内に連れて行った。

 でも、どんな道を歩いていったか、全く目に入っていなかった。それくらい、怖かったんだ。


「救急車、一台呼びました。少し待っていてください。その間、うちわで体扇いだり、首筋、両脇、足の付け根を冷やしましょう」

 クーラーの効いた救護室内。梓を連れて来た僕とスタッフは彼女の身体を冷やし続けた。梓の体は一向に熱を持ったままで、何なら僕の肝だけがどんどん冷えていく、そんな感覚さえした。


 これも……僕が告白を受けたせいなのかな……。曲解かもしれないけど。……もし、これで梓の身に何かあったら。

 ……できるなら、梓のこういう姿は見たくない。こういう目に遭わせたくない。


 それに……もし、戻ってやり直せるなら。

 そもそも熱中症になんてさせない。

 時間遡行で生死を覆すことはタブーってよく創作の世界のキャラクターが言う。まあ、その通りだとも思う。


 そう簡単に生き死にを変えたら、とんでもないことになる。

 ……もし、この場で梓が熱中症で……なんてことは考えたくない。でも、もうもしの段階じゃない。


 なら、そうなる前に。梓が死んでしまう前に。


 僕は持ってきたスマホに付けているストラップを握りしめる。

 ──お願いします、梓を助けさせてください。

 そう願った瞬間、やはり僕の意識は白の空間に包まれ。そして──


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