我が身修羅なるを、異世界に求む

四々十六

第1回 濁水落ちたるは道険しき者

 山に咆哮、空に小竜、日本のような島国に居てては決して聞くことの無い大河の落ちる轟音に却って精神を静寂にし瞑目して岩に安座する。

 腰に下げた空っぽの鞘の中身は膝の上、その二つの重みも既に肌と一体と馴染んだ。


 瀑布の轟音に紛れて巨大な旗を数人掛りで振るような断続的な音が混じる。しかもその音は段々と大きく、いや、近付いてくる。


 大方、此方を動かない都合のいい獲物と見えたのだろう、大きく開いたあぎとから太い釘に似た牙を生やした3~4m程の小竜が降下して来る。


 思い体を飛ばすかたい翼は逆に下への加速に用いられ、その速度はスポーツカーよりさらに速い。


幾許いくばくか......」


 一度死を共にした愛刀の柄に、そっと、色素の落ちた死神のような指が触れる。


 


 人目には何も見えず、一本の長刀が振り抜かれる。

 薪の様に2つに別れた小竜の断面には血の殆ど混じらない綺麗なピンク色の肉と空洞の臓、丸太程に太い背骨が滑らかな平面を向かい合わせに作っていた。


 刀は既に元いた膝の上に置かれ、抜き身の刃には血や脂のは見られず、ギラギラと怖さを孕んだ鋼の光沢を湛えていた。


 地に落ちた小竜の亡骸は身を縮めながら断面から血を噴き出し暫くして、くたん、としなびた。


 僅か数秒の喧騒はもう瀑布の轟音に吸い込まれた。



 ザッ、と土を踏む音がする。その音は先程の小竜の羽ばたきとは比べ物にならない、軽く小さな音である。それは、音の持ち主が非常に軽い体の持ち主であることを示している。しかも、ここ10年間弱聞かなかった、皮や繊維が地を踏む2足特有の物であった。


 自分の心が歓喜に染まるのを確かに感じる。嗚呼、長かった!こんな今までの道理の通じない、それも人のひの字も無いような秘境に突然投げ出されて、漸くである!ようやく人を......!!


 カッと見開いた目の前に立っていたのは、背に金の長剣、真新しい鎧に不相応な小さな身を包んだ、小柄な女児であった。


 高く張り上げた私の肩はがくんと落ちた。期待外れもいいところである。どうやって鎬を削れと、どうやって死合えとでも言うのだろうか。確かな落胆を感じていた。


 少女はにっこりと屈託なく笑顔を満面に作り期待の眼差しを向け言い放った。


「私のパーティーの『戦士』になって!!」

「嫌です。」


 何を言い出すかと思えば。別段、子供が嫌いというわけでは無いが、わざわざ遊びに付き合うことに自分なりの意味を見いだせない。


「おかしいなあ......神託によればこの人のハズなんだけど......」


 少女は「うーん」と唸り、何が楽しいのか束ねた薄紅色の髪をぶんぶんと左右に揺らした。


「誰ですか君は?神託だかなんだか知りませんが、子供の相手なんてしてられません。さっさと帰りなさい。」

「でもおつげにはアナタと示されてるんだ。あ、名前はまだ言ってなかったね。私は『クレア・ラーラ』。クレアって呼んでね。」

「名前は割とどうでもいいんです。どうして私を......その、パーティー?......に?」

「私はね、『勇者』なの。神のお告げに選ばれた、いつか『魔王』を倒す役目と力を貰ったんだ。あなたにはその役目を手伝って欲しいの。勇者パーティーの『戦士』として。」


 勇者に魔王。過去、日本にいた時には時々目耳にする言葉であり、そこそこの馴染みがある言葉だが、訳の分からないこの世界にてその存在を初めて耳にした。そもそも、人と話したのはこれがこちらの世界では初めてのことだが。


「因みに、その魔王とやらは強いのですか?勇者が仲間を集めないといけないほどに。」

「強いよ。今まで何人もその代の勇者と魔王はぶつかってきたけど勇者が1人で勝てた事は1度もないんだって。王様が言ってた。」


 ゾクッと震えた。神に選ばれし勇者が1人では勝てない。それほどに強大な力を持つ魔王。一体どれ程の力を持つのだろうか。

 三日月上に歪み、持ち上がる口角を手で隠し抑える。


《より心踊る闘いを》。本能の火が黒く燃え始める。


 しかし、ふと思いつく。別にこの子供の勇者に合わせる必要は無いのではないか、と。そう1つ考えると少し落ち着き、色々と思考が巡るもので、「そもそも魔王は刀で切れるものなのか」とか「子供の頼みを合切聞く耳を持たないのは1人の大人としてどうなのか」だとか......



 悩んだ末出た答えは......


「いいでしょう。鬼ならぬ魔王の征伐、私に勝てたのならお供致しましょう。愛らしき勇者よ。勿論、命までは取りません。子供を切る趣味は有りませんから。」

「ホント!? よぉし絶対に仲間にしてみせるからね!」


 クレアは背中の剣を抜く。その刀身は金細工の鍔よりも一段と眩しく輝いていた。恐らく、前の世界では起こりえない、魔法の剣だと思われる。10年の間にもそのような事をしてきた魔獣を何度も切ってきたし、何故か自分の頭にもインプットされたようなある魔法の知識がある。


 自分も鞘に収めたままの刀を構える。


「では始めよう。私の名は『ユウキ』、いざ尋常に!」

「てやあぁ!! 」


 クレアは大上段に己の半身よりもさらに長い長剣を振りかぶってドタドタと走ってくる。

 自分はそれを半歩引いて躱す。


「うわっとっと......まだぁ!! 」

 今度はバットを振るような大きな横振り。

 その剣を見て理解した。剣を受け止め、弾き返す。


「ふぇ?ぐへ......!」

 しっかりと両手で握りこんだ剣を弾かれたクレアは、その軽い体も相まって簡単にバランスを崩し、剣と一緒に吹っ飛ぶ。そしてそのままぐったりと気を失う。一応、命に別状は無さそうではある。


 そう、彼女は剣に関してドの付く素人だった。まあ、10に満たないかそれぐらいの歳の少女に剣の腕を求める方が酷というものだろう。


 さて、幼い勇者に期待し過ぎた事を反省しつつ1人、少ない荷物を持って出ようとして、ふと止まる。


「そう言えば、道を知らなかったな。」


溜息を着きクレアが目覚めるのを待つ事にした。結局ここから出るにもついて行かなくてはならないことに憂鬱な気分になる。

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