【一章】星々の声

第5話

 その日は晴天で、入学式にはぴったりの日和だった。立派な門をくぐり、リヒトは思わず声を上げていた。

「わあ……ぁ……ここが、ユース学園……」

 見回すと校舎全体も大きく、それに新しかった。あれこれと目移りしているリヒトを他の生徒達が追い越していく。その内の一人と肩がぶつかった。

「いたっ!ちょっと、なにぼーっと突っ立ってんの?」

「あ、ごめんなさい」

 振り返ると、男女の二人組が立っていた。怒っている女子生徒はピンク色の長い髪をツインテールに結んでいて、つり目がちの大きな瞳がやや取っ付き難い印象を与えるが、可愛らしい顔つきをしていた。

 それを宥めている男子生徒は癖のない薄緑の髪で、女子生徒とは対照的にたれ目で優しそうに見える。やや印象は薄いが、儚げな雰囲気と整った顔立ちが何となく記憶に残りそうだと思った。

「まあまあ、せっかくの入学式なんだからそんなに怒らないでよ、

 男子生徒が呼んだ女子生徒の名前は『スピカ』。パブに通っている男性の娘の名前ではないだろうか。それを口にする前に、スピカが追い討ちでリヒトを詰る。

「こんな人通りの多い道でいつまでも立ってる方が悪いのよ」

 スピカはフン、と鼻を鳴らした。

 確かに、荷物を抱えて道の真ん中に立っていたのは良くなかっただろう。

 リヒトは謝りつつ道の端に移動した。二人も一緒に移動する。

「そ、そうだよね……ボクが不注意だったよ。ごめんね」

「いやいや、道は広いんだからそんなに気にしなくていいよ。僕はフォス、私服ってことは君も新入生だよね?」

 ユース学園では入学式後に各自の寮に案内され、その時に制服が配られる。その為、今敷地内にいる私服の人間はもれなく新入生ということになる。

「あ……うん、ボクはリヒト。よろしく」

「よろしく、リヒト」

 リヒトが手を差し出すと、フォスはその手を快く握り返してくれた。

 漸くスピカの方に向き直り、同じように握手を求めた。しかしスピカはその手を取らなかった。

「えっと、キミがスピカだよね。会ってお礼が言いたいと思ってたんだ、こんなに早く会えて嬉しいよ」

「はあ?お礼?なんのことよ」

 行き場のない手を仕方なく引っ込める。

 当然ながら、スピカはリヒトのことを知らない。初対面の人間から、いきなりお礼と言われても戸惑うだろう。

「キミのお父さんがボクの家がやってるパブの常連さんでね、お店に来てくれた時、ユース学園の話を聞いたんだ」

 リヒトは続ける。

「それでボクも占星術士を目指してここを受験したんだ、だからきっかけをくれたキミにお礼が言いたくて」

「へえ。あいつ、しょっちゅう夜遅いと思ったらパブなんて行ってたんだ」

「スピカ、お父さんは学費を稼ぐ為に夜遅くまで働いてくれていたんだよ。毎日ヘトヘトになって家に帰ってただろ?」

 まるで軽蔑するような口ぶりのスピカをフォスが諌める。

 スピカは俯いて口を尖らせた。

 フォスとスピカは旧知の仲らしい。

「……分かってる。でも―」

 何かを言いかけたが、スピカがその先を口にすることはなかった。

 気まずい空気が流れようとした時、黒いローブを着た青年がリヒト達に呼び掛けた。

「おーいそこの新入生!入学式が始まるから、早く荷物を預けて講堂に入るように!」

 格好からして、彼は恐らくこの学園の教員だろう。

 この場を仕切るようにフォスがリヒト達を誘導する。どうやら講堂の手前にいる教員に生徒達が荷物を預け、式の間に寮へ運んでもらうらしい。

「おっと、もうこんな時間だ。二人共、話は後にして早いところ荷物を預けて来よう」

「そ、そうだね。行こう、スピカ」

「言われなくても分かってる。入学式から遅刻なんて御免よ」

 講堂までは少々距離がある。三人は荷物を抱え走り出した。

 リヒトとフォスの荷物はそれほど多くはなかったが、スピカはなにやら大荷物だった。その上体力もあまりないのか二人から徐々に遅れていった。

 スピカを気遣ってフォスが振り返る。

「はぁっ、はぁ……スピカ!荷物っ、一つ持とうか?」

「はぁ……ふうっ……いい!自分で持つ!」

「もう少しだよ!頑張ろう!」

 リヒトもスピカを気にかけてはいたが、スピカの性格を考え、あまりしつこく気遣うのも良くないと励ますだけにした。

 ―どういう訳か、三人の内リヒトだけは息一つ乱していなかった。


 どうにか三人共無事に荷物を預け、講堂に入った。沢山並べられた椅子に同じ数だけ新入生が座っている。

 彼らはリヒトの仲間であり、切磋琢磨しあうライバルでもある。

 見る限り、大体の生徒はもう集まっており、式も数分後には始まるらしい。

 これからのことを考えている間に開会の時間となり、理事長が壇上に上がった。横に控えた教員が司会進行を務めるようだ。

「それでは―これより第12回、ユース学園入学式を執り行います。初めに、理事長から祝辞を頂きます」

 その一言に、リヒト達は揃って居住まいを正した。皆が壇上を見上げ、理事長に視線を集める。

 理事長は女性だった。背が高く、長い紫紺の髪を正装に合わせて纏めている。リヒトの席は壇上から離れていたが、遠目からも歳をとっているようには見えなかった。

 若くして理事長の座に着くにはそれなりに苦労しているのだろうが、それらを一切感じさせない佇まいだった。

「皆さん、ユース学園へようこそ。私達ユース学園は皆さんを心から歓迎します」

 凛とした張りのある声が講堂に響く。

 台本を読んでいるようには見えず、まさに心からの祝福の言葉を聞いているようだった。

「―皆さんの学園生活を、私達は全力で支えます。本日は、本当におめでとうございます」

「新入生、起立!」

 リヒト達新入生が一斉に立ち上がる。

「理事長、ありがとうございます。新入生代表は壇上へ上がり、答辞を述べてください」

 首席が務めるとは聞いているが、代表生徒は誰なのだろう。

 そう思っていると、前へ出た生徒の後ろ姿が見えた。

「フォス……」

 薄緑の髪が彼の歩みに合わせて靡く。壇上に上がると、フォスは背筋を伸ばし高らかに述べた。

「絶えず進歩を続けるこの学び舎に私達を迎え入れて頂けたこと、心より光栄に存じます。我々新入生一同、を目指し日々精進致します」

 全員の拍手が講堂を包む。

 一等星―それは占星術師にとっての階級の最上位を表す言葉で、一番下の六等星から順に、昇級試験を経て上位階級を目指すことがユース学園での主な目的である。

 リヒト達新入生はユース学園への入学を以て、最下位である六等星の占星術師となる。―とはいえ、六等星の肩書きは実際のところ占星術師見習いとしての意味合いが強い。

 フォスが席に戻ると、拍手もまばらになった。数秒待って進行役の教員が口を開いた。

「ありがとう。それでは、これをもちまして第12回ユース学園入学式を閉会致します。新入生、退場」

 全員が一列になって講堂を出る。先導するのはくすんだ銀髪の男性だった。長髪を適当な紐で縛っている。

 歳は30代位だろうか、眠たげな目をしているがその瞳は澄んでいた。

「はーい、入学式お疲れ様ー。じゃあこれからみんなを寮に案内しまーす」

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