南17・だからこそ黒月

 黒月の頭の中に、情報の渦が掻き乱れている。


 まずは何よりも、手薄だった西部駅が敵の海中飛行隊の奇襲を受け、壊滅的なダメージを負っていること。次に、ペンギン隊の奇襲攻撃が待ち構えられていて、こちらの奇襲は未遂に終わり、敵陣地後方でペンギン隊が孤立してしまったこと。そして、これらの敵の攻撃や準備は、どれもあまりに上手く行きすぎていて、情報が敵に漏れたとしか考えられないこと。


 考えなくてはいけないのは、それだけではない。今、この状況で西部駅が敵の手中に落ちたらどうなるか。そのまま路線を使って中央駅やターミナル駅に攻撃を仕掛けてくるかもしれない。自軍が狙っていたように、敵もⅠ駅と西部駅を繋ぐ路線を確立して、西部駅を強力な拠点にしてくるかもしれない。


 この絶望的な状況を解決する手段は、作戦は何かないのか。黒月は、唸りながら、ローテーブルの上に置いてあった紅茶に手を伸ばす。もちろん、紅茶は冷え切っているが、入れすぎた砂糖が頭の回転を加速させる。


 「ど、どうなさいますか参謀次長?参謀長にお伺いしたところ、この奇襲作戦は黒月参謀次長が一任されているということでした。なので、黒月参謀次長のご意見があれば、それをそのまま司令部に伝えますが。どうなさいますか?」


 黒月は、下等兵の問いかけが聞こえてか聞こえずか、腕を組んで目を瞑り、思考にふけっている。


 「やはり、東部戦線に集めていた兵を西部戦線に送り返して、西部駅に増援に向かわせますか?このまま西部駅を敵に取られるのはマズイですから……。」


 下等兵は、唸り続ける黒月に提案をするが、黒月はそんなことを全く意に介さず、思考の渦に自らの自我さえも飲み込ませてゆく。何度話しかけても反応の無い黒月に、下等兵は話しかけるのを諦めた。ただただ眉間にしわを寄せて思考する黒月を見つめて、待つことにした。


 そうして5分はたっただろうか。下等兵は黒月が話始めるのを待っていたが、一向にそんな気配はない。


 黒月はと言うと、思考のうえの思考のうえに、なんとか答えに辿り着きそうなところまできていた。しかし、最後の一手というか、1ピースがはまらない。西部戦線を敵に取られずに、かつ奇襲を成功させる。いや、最悪成功はさせずとも、無事にペンギン隊を帰還させる方法はないものか……。その最後のピースのせいで、黒月は長考を強いられていた。


 しかし、そんな思考を渦巻かせる黒月に、突然、凪が訪れた。激しく、禍々しく渦巻いていた思考が、一気に澄み渡る。思考していた全ての問題が解決していくような感覚。いや、実際に解決の糸口を掴んだ。


 黒月は、閉じていた目をゆっくり開くと、再びローテーブルの上の紅茶に手を伸ばした。残り少なくなっていた紅茶を、一気に飲み干す。


 「く、黒月参謀次長……?ど、どうなさいましたか……?」


 長考の末、目を開いた黒月に下等兵が話しかける。


 「勝ちの、いや、まだ勝ちではないな。でも、勝ちに至るロジックが立った。」


 下等兵の顔に、驚きが満ちる。


 「そ、それはつまり――」


 「ああ。この状況を打開する案だ。その為に、戦場を、戦線を『回す』。西部駅なんて敵にくれてやる。でも、その代わりに、僕らは敵の駅を2個奪う。」


 下等兵の顔に驚きが満ちる。勝ちに至ると聞いた時には期待が膨らんだが、西部駅を敵に渡す?なんてことを言いだすんだこの人は。


 そんな、驚きで動揺する下等兵に、黒月がテキパキと指示を出す。


 「いいかい。今から言うことを、すぐに司令官に伝えてくれ。総司令は君と同じく動揺するかも知れないが、そんなことはどうでもいい。参謀課は軍の各課とは独立した組織だから、司令部に拒否権はないからね。いいかい、その作戦は――」


 下等兵は、黒月の非現実的な作戦を聞いて、既に持っていた驚きと混乱に、さらに驚きと混乱を重ねた。しかし、そんな非現実的な案を聞いても、これが上手く行けば、全ての問題が解決できるという確信を得られた。


 「――ということだ。よろしく頼んだよ。ああ、ペンギン隊については僕から直々に無線を送っておくから、そこは気にしないで。じゃあ、総司令官によろしく。」


 「ハッ。」


 下等兵は、黒月から作戦案を聞き受けると、足早に指令室に帰っていった。


 黒月はそんな彼を見送ると、ローテーブルの上の紅茶に手を伸ばした。ティーカップを持ち上げたところで、既に飲みきっていたことを思い出し、テーブルにカップを戻す。


 「はあ~。これで、一時的にはなんとかなるだろう。ああ、ミラレットさんに無線を送らなくちゃ。」


 黒月は、伸びをしながらそう呟くと、新型無線機に向かって信号を打ち込んだ。これで、とりあえず当面の問題は解決されたはずだ。


 「じゃああとは……」


 黒月はそう言いながら、ソファーから立ち上がる。飲みきってしまった紅茶を淹れ直すために、湯沸かし器のある自分のデスクに戻る。


 「裏切り者は誰か、か……。」


 物憂げにそう言うと、黒月は湯沸かし器のスイッチを入れた。数分経つと、中の水が熱を持ち、コポコポと音を立てながら揺れ始める。湯沸かし器の口から吐き出された蒸気が、参謀次長室の天井に曇天を作った。


 そして、同じく曇天の下。いや、木々の枝葉が空を覆う森の下。ミラレットらペンギン隊一行は、小一時間待機状態だった。幸い、敵には未だ見つかっていないが、冷たい雨が皆の体温と気力を奪っていた。


 ミラレットは、そんな隊員たちを見ながら、それでいて何もできないこの状況に焦りとストレスを感じていた。無線機は、未だに鳴らない。新型無線機も何度も確認しているが、何の連絡もない。が、今一度新型無線機を確認する。


 すると、そこには待ちわびた、待ちに待ったメッセージが表示されていた。ミラレットは、期待と喜びを載せて、メッセージを読む。が、それはメッセージを読むとすぐに、混乱に変わった。


 『Ⅱエキハアキラメテ イマスグⅣエキヲトリニイケ』

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