神の啓示


 戦争に次ぐ戦争。

 平和と領土を求める者たちにより破壊された平和と領土。

 荒廃した世界で蹲る生物たち。


 ……世界……創造……平和……。


 赤い砂風の吹く荒野の片隅で、一人の男が、光の神の声を聞いた。破れたボロ布。痩せこけた手足。割れた爪を隠すように両手を合わせた男は天を見上げる。

「おお、神よ」

 男は溢れる涙を枯れた大地に落とした。すると、赤土から青い新芽が顔を出す。驚愕にへたり込む男。その周囲に咲き乱れる花々。


 ……世界……創造……平和……。


 ゆっくりと立ち上がった男はボロ布を剥ぎ捨てた。青葉の服。蔓の王冠。背丈ほどの枝の杖を右手に掲げる男。

 光の神の啓示を受けた男は、新たな世界の創造を始める。

 白い雲に変わる爆炎。花の匂いとなる悲鳴。呆然と空を見上げる戦場の兵士たち。無数の砲弾が赤い竜に変わると、炎が戦場を焼き尽くす。

 割れた大地に沈む国々。吹き出した溶岩に覆われる大陸。降り続ける雨に呑み込まれる世界。

 吹き荒れる嵐の中で、金色の竜に跨る男は杖を振った。

「さぁ、来なさい」

 嵐に波立つ海が割れると、光に包まれた男は微笑む。生き残った者たちの涙。最後の希望に縋るように、人々は天を仰いだ。

 

 昼と夜の狭間に零れるため息。

 果ての魔女ロマは、傷ついた小鳥を青い草のベッドに寝かせた。嵐の届かない世界の果て。ハーブティーの香りに包まれた小屋。

「また、光、か?」

「ああ、困ったもんさ」

 ロマは、時の王に頷いた。白いマグカップから浮かぶ湯気が揺れる。

「アレの、目的は、何だ?」

「さて、分かりゃあしないよ」

 枯れて塵となった草のベッド。乾いたマグカップの割れる音。

 立ち上がる黒い魔女。小屋を出たロマは、流れゆく世界に足を踏み出した。


 荒廃した世界に生い茂る緑。草原を見下ろす丘に建つ巨大なピラミッド。畏怖と崇拝の瞳がピラミッドの上の神を見上げる。

 眩い黄金に包まれた男。振り上げた杖が、世界の何処かで祈る誰かに雷を落とす。

「おお、我らが愛する神よ。捧げたもう贄の作物が、終わらぬ日照りにより育ちませぬ。どうか雨を、愛を、お恵み下さい」

 男は杖を振った。黒雲がもたらす夜。轟く雷鳴と共に雨が世界を包み込む。雷が祈り人を貫くと、感涙に咽ぶ人々。

「やぁ、大地の王」

 空気を揺らさない声。振り返った男の瞳に映る黒い魔女の帽子。

「求めなさい」

 男は静かに口を開いた。感情のない瞳。金色の王冠に反射する光。

 ロマの赤い唇に笑みが浮かぶ。

「王、大地の王、お前は神じゃあない」

「さすれば、与えよう」

「名前は何だい? 母の顔は覚えているのかい?」

「門を叩きなさい。さすれば、開かれよう」

「へヴェル、そうかい、いい名前だね」

「さぁ、求めよ」

「へヴェル、お前、母の名を忘れちまったのかい」

「……愚か者め」

「お前の母の名はハンナさ。へヴェル、お前の母はね、戦場に行ったお前を、ずっと、心配していたんだ」

「求めぬ者に、与えるものなどない」

 男は怒りの形相で杖を振った。

 嵐とは呼べぬほどの風が起こる。一つの雲に雷鳴が轟くと、枝の先ほどの細い雷がロマの体に落ちて霧散した。

「なぁ、へヴェル、シャロンに会いたくはないか? お前が、生涯の愛を神に誓った女性だよ。忘れちまったわけじゃあ、ないだろう?」

「世界の創造、永遠の平和、私には神に与えられた使命がある」

 男は怒りに任せて杖を振り続けた。小さな静電気の音。小鳥の息よりも弱い風。魔女の黒いローブを照らす光。

「それは、お前の求めたものかい? へヴェル、思い出せ、お前の求めたものは、変わらぬ愛さ」

「……愛?」

「お前はね、へヴェル、求めてもいない力を与えられたんだ」

「……なんだと?」

「本当に求めたものを与えないなんて、おかしな神もいたもんだね」

「……」

 神への疑心。信心の喪失。

 空を支配していた竜の骨が地上に落ちる。絶望し、力を失った男。徐々に老い、枯れていく体。

 創造された世界の崩壊が始まる。男の握っていた杖を燃やす光の神。ロマは無言でその火を消すと、天に杖を振り上げた。

 創造の前に動き出す世界。竜の骨が消失すると、復元されていく枯れた大地。


 はっと目を覚ました男。赤土に手をついた男は隣に立つ魔女を見上げた。

 黒いローブに黒い帽子。赤い唇に浮かぶ笑み。

 ロマが杖を振ると、戦場の兵士たちが子供に戻る。世界を覆う緑の木々。花になった弾薬が風に揺れる。二つの王国を消滅させたロマは杖を焼いた。

「西に向かいな」

 ボロ布を纏うへヴェルに林檎を渡すロマ。

 歩き出した魔女の背後に流れていく世界。


 

 

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