第55話 対面

 ズバッ‼



 それぞれ金色と赤色をした、飛行機の翼の切れはしが夜空を舞う。それはルシャナークとサラマンダーが互いの光刃で斬りとばした、相手の片翼だった。


 2機が戦いを始めてから──


 ルシャナークが左手の剣でサラマンダーの両手剣を受けてから右手の剣を振るい、それをサラマンダーが構えなおした両手剣で受けとめる。


 そんな攻防を何度も繰りかえしていたところ、突如ルシャナークがそれまでのパターンを破り、左ではなく右の剣で防御した。


 それも左手ではできない、相手の剣を弾く積極的防御でサラマンダーの体勢を崩したところで、攻撃には使えないはずの左手のビームサーベルを構えたまま押しあてるように攻撃した。


 何重にも相手の裏をかく作戦。


 どれだけサラマンダーのパイロットの予想を上回れたかは不明だが、効果はあった。ルシャナークの左手の剣はサラマンダーを捉えた……が、斬ったのは狙った胴体ではなく、背中の双翼の片方だった。


 体勢を崩されたサラマンダーはその流れに逆らわず、むしろ自ら身をよじって加速させ、ルシャナークの剣をよけながら自身の剣を振るってきた。


 ただ、やはり無理な姿勢だったため、ルシャナークの剣をよけきれずに片翼を斬られ、ルシャナークの胴体を狙ったろうに片翼を斬るに留まった。


 痛みわけ。


 双方、機体が停止したりパイロットが死亡するような致命的な痛手は負わずに済んだ……が、片翼を失ったのは空を飛ぶ上では充分に致命的だった。



「うわ⁉」



 片翼になったことでバランスを崩し、空中に浮かぶための揚力も不足し、錐揉み回転して落下を始めたルシャナークの中で、アキラは両ペダルを踏みこんだ。



 グイッ──ゴッ‼



 機体の足底部にある推進器の出力を調整するペダル、それを移動も回転も入力していない状態で踏みこめば、機体を停止させるように推進器を噴射させるブレーキの入力となる。


 ルシャナークは空中で身をひねって頭が上空を向くよう姿勢を直し、下方へと向けた両足から青白いプラズマジェットを噴射して、その推力で落下に逆らった。


 重力に引かれて猛スピードで落下していた機体が徐々に減速していき……地面に激突する前に空中停止して、アキラはペダルを緩めて機体をゆっくり下降させ、着地させた。



 ガシャッ



 ほぼ同時に、落下中も目を離さずにいたサラマンダーが、やや前方の地面へと着地する。片翼になった事情はあちらも同じ。


 周囲を見渡すと、ここはオアフ島の山岳部の奥地、ある山の頂にわずかに広がる平地のようだった。草が生えるだけで木も人工物もなく、人もいない。


 他の人に危険がおよばないのはいいが、自分のほうはこの距離に敵機がいては、やはり背中を見せて逃げるのは危険だ。そのサラマンダーは今はこちら同様、様子見しているのか動く気配はないが──



 ビーッ!


「ッ……⁉」



 鳴ったのは、着信音。コクピットの全周モニターに映るサラマンダーの機影の上、そして操縦席のすぐ前のコンソールパネルに電話の受話器の形をしたアイコンが浮かんた。


 サラマンダーから通信が来ている。


 応じる義理はないが、もしや停戦の申しこみでは、それで身の安全を確保できるなら……アキラはコンソールパネルに表示されたたほうの受話器アイコンをタップして、回線を開いた。



『お、繋がった! ありがとよ!』



 サラマンダーの機影についていた受話器アイコンがウィンドウに変化し、そこにルナリア帝国軍のパイロットスーツ姿の首から上が映って、その口が動くと同時に少年の声が聞こえた。



「……どういたしまして」



 サラマンダーのコクピット内の小型カメラが撮っている、そのパイロットの姿。向こうのコクピットにはこちらの姿が映っていることだろう。


 ヘルメットのバイザーの向こうに見える、自分と同い年くらいに見える少年の表情は朗らかで、その声は今まで殺しあいをしていた相手にかけているとは思えないほど気さくだった。


 力強い眼光。


 不敵な笑み。


 バトル漫画の熱血系主人公のような少年。こういう自信の塊のような人物は劣等感を刺激されるので苦手ではあったが……悪人という印象はない。


 アキラは頭を振った。


 こんなことで毒気を抜かれてどうする。この者たちの攻撃の巻きぞえで友達3人が死んだ。この者たちと戦って飛行科の8人が死んだ、その内3人はこの者が手を下した。


 戦争の中のこと、個人の善悪とは別に起こったことで、本当に悪い人でない可能性は充分にあるが、許す理由にはならない。


 この者と戦っているのは復讐のためではなく、イシカサ大尉の言いつけを守って逃げのびるのが最優先ではあっても、この者が憎むべきカタキであることに変わりはないのだ。



『ん、どした?』


「いえ……それで、ご用件は」


『っと、そうだった! いや、なに! オメー、えーな! 気にいったぜ! だから名前を聞いておこうと思ってよ‼』


「えぇ……」



 まさか、こんなバトル漫画みたいな台詞を現実で聞く日が来るとは。それを言ったらロボットアニメみたいな現実になっているのだが、だとしても。



「えっと、ボクは──」


『おっと待った! オレから名乗るぜ、それが礼儀だからな!』


「は、はい……」


『オレの名はフセ・カズト! ルナリア帝国の伯爵で、帝国軍であの皇女タケウチ・カグヤが隊長してるタケウチ隊の一員だ! んで、そっちは?』


「ミカド・アキラで──」


『って、従弟いとこどのかよ⁉』



 ウィンドウの中でフセ伯爵が身を乗りだしてきた。



「はい……あなたの隊長の、従弟です」


『アンタのことは覚えてるぜ! 高取城で会ったろ──あ、そっちからはオレの姿は見てなかったよな、あん時もサラマンダーのコクピットにいたからさ。オレのほうはモニターでアンタのこと見たよ』


「じゃあ、やっぱりあの時の」



 1週間前、高取城のまわりえんで月見をしていた自分とカグヤの前に現れた5機のブランクラフト。それは伯父サカキの作った試作機を城の地下に保管していたのを、帝国の将兵が強奪して操縦していたものだった。


 カグヤがその内の1機に乗りこみ、そして5機は去った。


 カグヤが自ら部下を招いて共に去ったとは理解しているが、あの5機を盗んだ5人がカグヤまで自分から奪った、そんな印象からくる敵愾心がアキラの胸でまだ、くすぶっていた。

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