第29話 家庭教師

 日中、耐G訓練を受けたアキラは疲れはてて宇宙戦艦アクベンス男性棟にある貴賓室に帰り、部屋つきの風呂で体をほぐし、運ばれてきた夕飯を食べて体力を回復させ──


 19時から勉強を始めた。


 アキラは地球連邦の日本州における義務教育である中学校の2年生だったが、その2学期の途中に日本州が月のルナリア帝国に侵略され奪われた。


 アキラ自身はその直前に西太平洋の戦場にいたため、そこで帝国軍に敗れて撤退した連邦軍艦のこのアクベンスに拾われ、ここハワイ州まで共に逃れられたが、元の学校には通えなくなった。


 なら近場の学校に転校するのが筋だが、敵国ルナリアの皇帝の甥としてアキラを保護している連邦政府は、それよりもアキラにマトリックス・レルムの解析を手伝ってもらうほうを優先した。


 それさえしてくれれば。


 勉強などしなくていい。


 アキラは解析のため忙しくなるので通学している暇はないし、学業の負担が解析の足を引っぱっても困ると。


 マトリックス・レルムを解明して量産できるかは今後の戦局を左右する、大勢の国民の命と、国家の命運を左右する一大事。


 最優先なのは無理もないが、そのため学生に本分である学業を疎かにさせる上の方針に、実際にアキラを預かっているアクベンスの乗員たちは眉をひそめた。


 そんな彼らにアキラは頼んだ。


 管理されているスケジュールの内、自由時間で学校の授業を受けたい。好きにしていい時間で勉強する分には国も文句はないだろう──と。


 普通の勉強嫌いの子供なら喜んで勉強しなくなるところだが、自力で士官学校への入学を目指すアキラはそれでは困ったから。


 乗員たちは喜び、上にも要望は通った。


 通信教育など様々な選択肢があったが、教員免許を持つ艦長のオオクニ・タカヤ少将が名乗りでて、アキラが受けるはずだった中学の教育課程を担うことになった。


 無論、費用は政府持ち。


 それで今夜から艦長がアキラの部屋で家庭教師をしてくれることになり。初日は学力を見るため各教科のテストをし……散々な点を取り。答えあわせによる授業が、ようやく終わった。



「よし、ここまでにしよう」


「ありがとうございました」



 艦長に頭を下げたアキラは、そのまま机に突っぷしそうになった。昼間は体が疲れたが、今度は頭が疲れた。長い一日だった。



「甘いものでも頼むかい?」



 そう言った艦長はすでにインターホンの前にいた。貴賓待遇のアキラはそれで間食を頼めばホテルのサービスのように艦の厨房から届けてもらえるが、まだ使ったことはない。



「はい、お願いします」


「なにがいい? メニュー見る?」


「頭働かなくて……お任せします」


「ようし任せろ! …………ああ、僕だ。アキラくんの部屋だ。ショートケーキと紅茶のセットを2つ持ってきて…………え? いいだろ、僕も食べたって! じゃ、お願いね!」



 程なくケーキと紅茶が運ばれてきた。


 いつもこの部屋に食事を運んでくれる男性──この艦で経理、被服、烹炊などを担当する主計科の兵とのこと──によって。



「「いただきます」」



 主計兵がうやうやしく退室してから、アキラは艦長とテーブルで向かいあってケーキに口をつけた。酷使して糖分不足になった脳に甘味が沁みわたるようだ。



「生きかえります」


「それはよかった」



 艦長も喜色満面で頬張っている。疲れているようには見えないが、厨房とのやりとりを聞くに単に食べたかっただけらしい。


 紅茶を口にして一息ついて、アキラは改めて頭を下げた。



「この度は本当に、ありがとうございます」


「なに、どういたしまして」


「お忙しい中、家庭教師までしていただいて……なのにボク、あんな成績で。お手数をかけてしまい、申しわけありません」


「自ら申しでた勤勉な生徒を叱る理由は、先生にはないなぁ。課題は見えたし、これから地道にやってこう」


「はい!」


「暗記もの、特に歴史が苦手みたいだね」


「ええ……年号や出来事の名前だけ見ても、その時なにが起こってたのか分かんなくて。それを名前だけ覚えるのって苦痛で」


「分かる分かる。そこが分かると面白いんだけど。教科書じゃ各項目の記述が短すぎて〝どうゆうこと?〟ってなりがちだよね」


「はい。歴史でも興味のある事柄なら自分からネットとかで調べてるんですけど」


「どの辺りに興味あるんだい?」


WWダブダブスリー、第3次世界大戦です」



 1次2次には興味がない。3次だけ好きなのは、人類がブランクラフトを含む〔有人操縦式ロボット兵器〕を発明したあと起こり、それらが初めて使用された戦いだからだ。


 そのため第3次世界大戦を題材に作られたノンフィクションの実写やアニメなどは、フィクションのロボット物と同様に楽しめる──


 このことは黙っていよう。



「今世紀前半に起こった戦争だね。それで全ての国家は地球連邦の州となり、全人類が初めて統一された。それからどうなったか分かるかな?」


「宇宙開発が、それを阻んでいた各国の利害関係が消えたことでスムーズに進むようになり、人が宇宙でも暮らす現在の宇宙時代が始まりました」


「そのとおり! んで、月に移住した人たちに帝国として独立されちゃって、連邦は統一国家ではなくなってしまいました、と」


「あ、あはは」



 アキラは苦笑いで返すしかなかった。


 相変わらずしれっと重いことを言う。


 いつもの冗談かと思ったが……


 艦長はふと真面目な顔になった。



「大昔の歴史から教訓を得ることを否定はしないけど、現状を取りまく問題と向きあって生きる上で最も重要なのは、やはり直面している問題と繋がった近年の歴史なんだよ」


「はい」


「でも歴史の授業ってどの学年でも原始から順に時代を下って、近現代をやるのは学年が変わる直前にちょろっとだろう? 学生はそれまでの時代でパンパンだしで、ほとんど頭に入らない」


「確かに、そうですね」


「アキラくんはその、学校ではほとんどやらない、第3次世界大戦が終わってから今日こんにちに至るまでの宇宙時代の歴史には興味あるかい? 今の戦争の根は、そこにあるわけだけど」


「いえ……恥ずかしながら、これまでは。でも今は、知らないといけないと思います」


「じゃあ……テストの役にはあんまり立たないけど。僕の個人的なウンチク話ってことで聞いてみる?」


「はい! 喜んで‼」

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