第11話 十五夜

「はぁ~っ」



 結局またカッコわるいところをカグヤに見せてしまい、アキラが意気消沈して球形シミュレーターから出ると、カグヤが優しく声をかけてくれた。



「アキラ、そう気を落とさずに」


「カグヤ……」


「課題は見えました。今後は弾速だけは常に難易度リアルで練習して〔見てからでは回避できない攻撃〕に慣れていきましょう」


「そうだね……」


「機体速度のほうは次回からはノーマルに。それに慣れたらハード、最後にリアルと、段階を踏んでいきましょう」


「分かった……」


「パイロットになるまでにリアルの感覚に馴染んでいればいいのです。士官学校を出てとなると何年も先ですから焦らずに……そうです、いっそのこと実機でも練習させてもらっては?」


「うん……うん⁉」



 生返事してから、とんでもないことを言われたと気づいた。



「それは無茶だよ!」


「叔父さまの力でしたら大抵の無茶は通ります。以前アキラが叔父さまに見せてもらったという新型、近くにあるのでしたら使わないと損ですわ」


「確かにボクがブランクラフト好きって言ったら見せてくれた、伯父さんが開発した機種の試作機たちが、この山の地下に保管されてるはずだけど。軍のものだし……」


「試作機を保管ということは、もう性能試験は済んで役目を終えているのですね。ならそれを叔父さまが買いとれば。アキラのためなら出費も惜しまれないでしょうし」


「値段、何十億ってするんじゃ」


「叔父さまでしたら払えますわ」


「……いや! そこまで高価なもの買ってもらうなんて申しわけなさすぎてボクの胃がもたないから! この話はナシで!」


「そうですか……分かりましたわ」



 それから昼食を食べ、午後はカグヤももう1台あるシミュレーターを使って、2人で練習することになった。また翌日からも予定が合えば、そうするようになった。


 カグヤに本気を出されると瞬殺されるだけで上達に繋がらないので、アキラがなんとか戦えるレベルまで手加減してもらって対戦したり。


 2人協力プレイで同じステージに挑んで味方との連携を教わり、カグヤの超絶プレイを傍で見せてもらって再現できないまでも参考にしたり。


 1人で練習する時もカグヤの教えに従う。


 そうする内に、アキラは上達していった。


 これまではネットの記事などを読んで独学で練習してきたが、それより効率よく進歩しているのを実感できた。ただ、その歩みは決して急なものではない。


 1人プレイではまだ難易度ノーマルさえクリアできない。他のプレイヤーとの通信対戦では、操作を覚えきっていない初心者と思しき相手にしか勝てない。ここでも底辺。


 やはり才能には恵まれてない。


 しかし環境には恵まれている。


 伯父サカキに高価なシミュレーターを使わせてもらい、最高のジーンリッチで元・正規パイロットの従姉カグヤに教えてもらっている。恩に報いるためにも、がんばらねば。







 そうして時は流れ……


 満月の夜。カグヤが地球に来てアキラと出会った夜も満月だったので、あれから約1ヶ月が経って月齢が一巡したことになる。


 しかも今宵の月は一年で最も美しく見えるとされ中国や日本で古くから月見が行われてきた〔ちゅうしゅうめいげつ〕。


 予定が空いていたカグヤに〝練習はお休みにして一緒に月見をしませんか?〟と誘われ、アキラは快諾して夕食後に麓の家から山を登った。


 高取山の山頂。


 高取城の本丸。



「こんばんは、アキラ。ようこそおいでくださいました」


「こんばんは、カグヤ。月見だから、おめかししたの?」


「はい♪」



 出迎えてくれたカグヤは明治~大正時代の女学生のような和洋折衷の服装をしていた。〔大正浪漫〕の〔はいからさん〕だ。


 がすりがらめしちゃいろはかま


 長い黒髪を彩る、緑色のリボン。



「素敵だね。凄く似合ってる。お城の雰囲気にも合ってるし……ボク、ジャージで来ちゃったよ」


「そんなこと気になさらないで。褒めてもらえて嬉しいですわ──さ、参りましょう?」


「うん!」



 本丸の敷地内にある、カグヤがサカキと暮らしている本丸御殿とは別にそびえる高楼──天守閣。この山で最も高くて見晴らしのいい、その最上階。


 城には大勢の使用人がいるが、ここには来ないようカグヤが人払いを済ませていた。アキラは伯父サカキにあいさつしようと思ったが、仕事で地下にこもっていた。



 だから……2人きり。



 室内から木製のベランダ──最上階をぐるりと一周するまわりえん──に出る。眼下には奈良の山々。谷間の町に灯りが見える。


 お団子を盛った皿を床に置く。


 2人で横に並んで腰を下ろす。


 アキラの目にまず映ったのは右の、地上から南の空へと伸びる直線状の構造物、斜行軌道エレベーター〘アメノ浮橋ウキハシ〙だった……今夜の主役は、それより左。


 煌々と、黄金に輝く、真円の月。


 ルナリア帝国のルナコロニーが月面に、スペースコロニーが月の手前の宙域にいくつもあるはずだが、数㎞規模のそれらもここからは見えず景観を汚してはいない。



「月が綺麗ですね」


「うん……カグヤはあそこに住んでたんだよね。それをこうして見上げるのって、どんな感じ?」


「……。自分の知っている月とは別物に思えます。近くで見ると不毛の荒野で美しいと思ったことはありませんが、地球からだとこんなにも」


「そっか……ボクも近くで見たらそう思うのかも知れないけど。それを月まで行って確かめてみたい。小さい頃からの夢なんだ。宇宙に……そして、月に行くのが」



 すると、カグヤの声が沈んだ。



「……でも、地球と月が戦争をしている今は、行けません」


「今はね。でも数年後、ボクが連邦軍のパイロットになれたら、その頃には戦争も終わってて、任務で行けないかなって思ってるんだけど」


「終わりかたによります。地球連邦が勝てば行けるでしょうが」


「そっか、負けたら……考えてなかった。てゆうか、パイロットになりたいって目標だけでもいっぱいいっぱいだから、あんまり先のことまで頭が回らないんだ、ボク」


「それも仕方のないことですわよね。アキラは悪くありません。でも、世界は個人の事情など顧みることなく動いていく……」


「カグヤ……?」



 なにか様子がおかしい。月を見上げていたカグヤが、こちらに振りむく。その顔はひどく寂しそうで、アキラは胸騒ぎがした。



「アキラ。お別れです」

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