第7話 レッド

 都市部の機能停止を傍観していたレッドは、道端を走る小さなトカゲサイズの怪獣を発見してはいたものの、手は出さなかった。

 大衆から見えないところで労力を割いて脅威を取り払っても、大多数には届かないだろう。

 それでは意味がない。結果ではなく誰がどう解決したか――、早い話、レッドのおかげで地球は救われた、というシチュエーションでなければ彼は動かない……動きたくなかったのだ。


 なので現状、シンドロームズのお膳立てを待っている段階である。


「レッド様、状況が整ったようです」


 たとえ怪獣の接近を許しても壊れない鉄壁のシェルターの中(外見は敷地面積、都庁規模の大豪邸というかもうビルである)で、自己主張の激しい赤いジャージを着たまま、レッドは三人の美女メイドにマッサージをされているところだった。


「ん、お膳立てができたのか」

「はい。シンドロームズの海浜崎みにい、という者からお電話です」


 スマホを受け取ったレッドが応答する。


「レッドだ。簡潔に説明しろ、あまり俺に労力を使わせるなよ」


『あー、レッド様? でいいのか……怪獣を見つけた、ました、ですよ、はい』


「下手くそな敬語ならタメ口でいい。

 お前らシンドロームズが学のないガキだってことは分かってるからな。呼び方、喋り方にいちいち文句をつける老害じゃねえんだ、お前の個性を重視するぜ」


『ならタメ口でいいんだな? ……怪獣の正体くらいは分かってるんだろ? カエル顔のトカゲサイズの怪獣だ。手の平サイズのそいつが都市部全域に散りばめられている。

 蟻の巣みたいに隠れ家があるわけじゃない。満遍なく都市に分散しているから、一網打尽にできるわけじゃないようだ――』


 地球規模で見ればここ、東京はほんの一部である。

 超強力な殺虫剤でも撒けば怪獣を殺せるかもしれないが……、同時に人間も死ぬだろう。

 本末転倒だ。

 そもそも人間が作った兵器は通用しないのだから考えるまでもない案だった。


『怪獣の弱点は心臓一つ。それが体内を移動しているが……今回の怪獣の場合は分散した億単位の個体、全てを集めて一体になる。つまり、手の平サイズの個体の体内で心臓が動くわけじゃない。億単位に散らばったどれか一体が、心臓の役目になっているわけだな』


「で、お前はその一体を特定できたから、電話をしたんじゃないのか?」


『再生する度に心臓の位置が変わるんだ、分散した個体がいつどこで再生するか分からない……、特定できたとしても数分もすればターゲットは変わっているはずだ』


「なんだよ、お膳立てはできてねえのか」


『ここから先はパージミックス様が動いた方が早いと思って。あたしらに当てはめてみればいい……、パージミックスにせよ首相にせよ、お偉いさんを移動させる時、まさか一人で電車に乗らせたりはしないだろ? 重要人物だ、少なくとも護衛をつけるはず……』


 そこまで言われればレッドにも分かる。心臓を持つ個体は、自覚ができた瞬間に周囲にいる個体を集めて、周りを固めてクッションにする。

 万が一にも事故で潰されては困るからだ――、心臓を持つ個体さえ生きていれば、周囲を守る個体は再生を繰り返すのである。そして再生をする度に、心臓を持つ個体は移動していく――。


『目で見て分かるだけ、まだ良心的な怪獣だろ。守られている個体がいれば、そいつが心臓持ちであると証明しているようなものだからな』


 観察をすれば見つけられる難易度ではある。どこかに隠れていたのだとしても別個体を破壊し、強制的に再生させれば、心臓を移動させられる――リセットができるのだ。

 それを繰り返していけば、その場から動かずとも、近くの個体に心臓が移動した瞬間を狙えば最低限の労力で最大の効果を発揮できる。


「なるほど、なら、こっからは俺らの領分ってわけか」


『大衆に伝えてもいいのか? 

 期待を煽るのはいいけど、失敗したら信用がガクっと落ちそうな気もするけど……』


「はっ、失敗すると思うか? 俺を誰だと思ってやがる」


 そして、レッドは一方的に通話を切った。スマホを真上に放り投げ、「もういい」と言って美女メイドを足で払い、立ち上がる。

 脇に置いておいた赤いマフラーを首に巻き、


「ヒーローが喝采を浴びる時間だ」


 ―― ――


 通話を終えたスマホをポケットにしまったみにいが呟いた。


「羞恥のヒーロー、パージミックス……、真っ赤な顔が目に浮かぶぞ、レッド」

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