第3話

「……見える……もう少しで見えるぞ、シェリー!!」


「はい!!もう少し、もう少しですね、旦那様っ!!」


(……何やってんだ、あそこの女好き二人。)


客人が来るという事でエントランスホールから二階に続く長い階段を俺は雑巾できれいに掃除している。


そんな俺のはるか下の手すり横に置いてある台の陰から俺を覗く変態二人の姿があった。


というか、あいつらマジで仕事しろよ。


なんて思いながらも俺は階段を拭いていた。


(もしかしてと思うけど、あいつらスカートの中覗こうとしてるんじゃないだろうな。)


だとしたら馬鹿すぎる話だ。


こんなロングスカートをはいているのだ。


別にこの屋敷の階段は急ではないし、見えるはずがない。


第一見えてもドロワーズを下にはいている。


そう、あのカボチャパンツみたいなやつだ。


つまりは下着など見えるはずもない。


というか、その事実を着替えを手伝ってくれたシェリーが知らないわけがない。


本当になんなのだろうか、あいつらは。


なんて思っていた時だった。


「見える……!もう少しで見えるぞっ……!!」


「はい!もう少し、もう少しですね、旦那様!!」


(マジでスカートの中覗こうとしてんのかよ……。)


別に期待してないけど、なんて期待を裏切らないヤツらなのだろうか。


「珍しいわね、貴方が女性の下着を盗み見ようだなんて。ねぇ、ディル?」


ウェディルたちに呆れながら階段を掃除していると

聞きなれない声がエントランスホールに響き渡った。


俺は階段を拭く手を止め、その声の聞こえた方へと振り返った。


すると、入り口にはとても綺麗な絶世の美女が男性二人を引き連れて立っていた。


(なんだっけ、あのドレスの形。マーメイドドレス……だっけ……?)


すごい体のラインが出るドレスなのに、それを着こなしている。


そのマーメイドドレスを着こなしているその美女はセクシーというよりはエレガントな大人の女性という感じだ。


まるで女神の様な美しさだ。


「……んんっ、勘違いをしないでくれ、リディ。私は彼女の下着を盗み見ようとしたわけじゃない。新しく入った彼女が無事この長い階段を掃除し終えられるかを見守っていただけだ。」


咳ばらいをし、きりっとした表情で凛々しげな声をエントランスホールに響かせるウェディル。


だがあいつはこの反響音がすごいエントランスホールでさっき確実にこぼしていた。


もう少しで見えるぞ、と。


完全下着見ようとしてただろ、あいつら。


(っていうか、ウェディル、今あの女性の事をリディって言った?じゃあ、まさかと思うけど、あの人がリディウスって人?)


聞いていた様なおぞましい女性とは思えない穏やかそうな人だ。


そしてウェディルが変身していた少女とは何処も似ていない容姿だ。


目元は少し釣り上がっていて強そうな印象もなくはないけど、そこまで警戒しなければいけない相手には思えない。


なんて思っていると俺とリディウスさん――――いや、リディウス様の目が合う。


どんな対応を取ればいいかわからない俺はウェディルに視線を向けると、ウェディルは俺を手招いた。


そして、ウェディルのいる元へ駆けおりるとウェディルは俺の肩を抱いた。


「ちょっ、旦那さ――――――」


突然肩を抱かれた俺は当然の如く抵抗をする。


だけど、そんな俺の肩をウェディルは強く抱き、俺の抵抗をものともせずに俺を抱き寄せている。


体格差のせいだろうか。


俺の体はビクともしない。


(これがウェディルの……大人の男の力……。)


ウェディルは歳はもう20になるれっきとした大人の男性だ。


よくよく考えればそんな男性が俺に殴り飛ばされるとか、おかしな話だ。


やはりいつもの変態行為は暇つぶしにただ戯れているだけなのかもしれない。


(俺の抵抗を止めるって事は、この体勢でいる意味があるという事なのかも。

でも……――――)


流石にこの体勢は使用人と主の体勢ではないと思う。


これはちょっとまずい気がする。


「紹介しよう、リディウス。今私が一番気に入っている使用人で、新人のヒナタだ。」


「ヒ、ヒナタです。お初にお目にかかります、リディウス様。」


俺は肩を抱き寄せられたまま失礼とは思いつつもその体勢で挨拶をする。


肩を離してくれないのはウェディルだ。


全ての責任はこいつにある、と思ってほしいところだ。


「ずいぶんと小さくてかわいいメイドさんが入ったのね。シェリーの趣味かと思ったけど……ふふっ、まさかあなたの趣味だっただなんてね。そう……ヒナタというの……。」


じっとりと粘つくような視線を俺に向けてくるリディウス様。


俺の頭の先からつま先まで、リディウス様はゆっくりと視線を動かした。


なんかちょっと、品定めをされている気分だ。


「あまりじろじろ見ないでもらえないか?リディ。」


「あら、ごめんなさいね、ディル。何故かしら……そのお嬢さん、とてもおいしそうな匂いがするのだもの。気になっちゃって。」


(ひぃぃぃぃぃ!!)


まるで獲物を見つけた肉食獣の様な温をリディウス様から感じる。


……撤回しよう。この人は穏やかな人じゃない、絶対。


とても美しくて、落ち着いた感じではあるリディウス様。


そんなリディウス様からそんなけだもののような視線を感じる事になるとは思わなかった。


うん、どうやらこの人もこの人で変態なのは間違いないらしい。


ってかこの世界、変態だらけすぎやしないだろうか。


「ふふっ、私、これくらいの年の子だったら女の子でもありかもしれないわ。ねぇ、ディル。その子頂戴。」


「誰がやるものか。言ったはずだぞ、一番気に入っている使用人だと。」


獣のような瞳で俺を見つめ、俺を求めてくるリディウス様。


そんなリディウス様から守るかのように俺の肩をいっそう強く抱きしめるウェディル。


そして、抱きしめられた俺はというと、獣の様なリディウス様の瞳が怖くて少しだけウェディルの体に自ら身を寄せてしまう。


この人は駄目だ。


絶対ダメだ。


美人だけど、なんか怖い。


「では、飽きたら私に頂戴。それならいいでしょう?」


ひらめいた!みたいな感じで手を叩き、無邪気に笑うリディウス様。


それならいいでしょうなんて、いいわけがない。


なんて思っている俺だったが――――


「……考えておこう。」


まさか過ぎる反応をウェディルは返しやがる。


(絶対嫌だぞ!!俺は嫌だからな!!!)


俺は口にするわけにもいかず、心の中でウェディルに訴えかける。


すると、解ったといいたいのかウェディルは俺の頭を軽く二回ほど叩いた。


「シェリー、談話室に彼女を案内してお茶を用意しろ。

私はどこかの狼に睨まれ怯えるこの子を少しばかし落ち着かせて来るとしよう。」


(……は?)


何故か不要な挑発的な発言をするウェディル。


そしてその発言が出た次の瞬間、俺は何故かウェディルの腕に抱かれ、お姫様抱っこをされていた。


「だ、旦那様!一体何を――――」


「私の部屋に行こう、ヒナタ。」


「は!?いや、ちょ、まっ……」


「少し黙っているんだ、ヒナタ。」


驚き戸惑う俺にとても小さな声で俺に声をかけるウェディル。


何か考えがあるのだろうかと思い、俺は静かに頷いた。


まぁ、こいつの変態行為は多分ただの戯れと分かったわけだし、

別に部屋に連れ込まれても召喚された日みたいなことは起きないだろう。


そうだ、起きない。


起きるはずがない。


と、思っていたのに――――――


「なんっでお前はまた俺を押し倒してんだよっ……!!」


ウェディルの部屋に着くなり俺はベッドに降ろされ、またも馬乗りになられていた。


そして、何故か顔を近づけてくるウェディルに顔を推し離すことで必死に抵抗していた。


「落ち着け、ヒナタ。別に本当に襲ったりはしない。確かに今のお前の格好には惹かれなくもないが、私は男に興味はない。」


どうにか俺をなだめ、抵抗させまいと説得をしてくるウェディル。


だが俺は忘れない。


召喚された時、こいつに襲われたことを!!


「ほ、本当だ、ヒナタ。以前はお前のいろんな表情が面白くてからかいすぎただけだ。」


「だったら今からお前は俺に何しようとしてるのかちゃんと真実を話せ!!」


「キスをする。」


「はいアウ、ト~~~っ!!」


必死に顔を近づけてくるウェディル。


そしてそんなウェディルの顔を俺は必死で押し返す。


信用も何もあったもんじゃない。


「は、話を聞いてくれ、ヒナタ。フリだ!あくまでフリだ!!もうじきリディウスが恐らく私の部屋を覗きに来るだろう。その時にいかにお楽しみ中かの演技ができるかでお前の身を安全にできるかが変わってくる!私と本当に仲が良いと知ればあいつもうかつに手出しはしないだろう!!」


「っ~~~~。」


言いたいことは解る。


様は、アツアツなところを見せて、諦めさせようという作戦なのかもしれない。


でも……


「……なぁ、ウェディル。リディウス様って、そんな危ない人?」


「…………どういうことだ?お前だって怯えていただろう。」


何故そんな事を聞くんだと言いたげなウェディル。


俺だって自分が言ってることは可笑しいと思う。


いつもは嫌悪感丸出しなくせに、さっきは抱きしめられたとき、自らこいつに身を寄せてしまった。


それぐらいに怯えていた。


だけど……。


「確かに肉食獣みたいでちょっと怖かったけど、そ、その、さ、仮に襲われても別に噂程ひどいことにならないんじゃないかって……。」


「襲われたいのか!?お前は!」


「ち、違うっ!!」


いや、正直、ちょっとあんな美人とそんな事になったら嫌な気分にはならないと思う。


ちょっと怖いけど。


「ほ、ほら、噂が独り歩きすることもあるだろ?襲われた男がほかの女性とは付き合えないなんて、なんか嘘くさいし、本当は別にここまで警戒しなきゃいけない人じゃないんじゃないかって……。」


「男でいられなくなるぞ?」


「……え?」


珍しくまじめで真剣な声が俺に向けられる。


ウェディルはまっすぐな視線を俺に向け、声だけでなく表情も真剣だった。


「あの女は本当に恐ろしい。平気で残虐なことだってできる奴だ。綺麗な薔薇には棘があるというだろう?あの女に触れたらただでは済まない。あいつは面白ければいいと言って平気で嘘もつき、他人を裏切る自分勝手な女だ。全く、あれで天使と呼ばれる公爵たちの一人なのだからタチが悪い。」


(……何だろう。急に肉体関係以外の話になってる気がする……。)


まるで政治的な何かで二人の間に何かあったかのような……


そんな何かを感じる。


もしかしてとは思うけど―――――


「ウェディルはリディウス様が嫌いなのか……?」


「…………。」


俺の質問にウェディルは悲し気に微笑んだ。


そして、そっと俺の手を掴み、俺の手を自分の頬に押し当てた。


「どうかお願いだ。少しだけ演技に付き合ってくれ。そうすれば2、3日はお前で遊ばないと約束しよう。」


「2、3日って短いな、おい……。」


せめてそこは一週間とか、1か月とか言ってほしい。


(でもまぁ、そこまで言ってるわけだし……。)


「へ、変な事はするなよ。やったらお前の大事なとこに蹴り入れるからな。」


「はは、わかったよ。でもとりあえず唇にはしないから他のところには口づけしてもいいか?リディを騙すために。」


「……我慢する。」


渋々ウェディルの作戦を受け入れ、俺たちは演技を始めた。


見えすぎるウェディル目の力でリディウス様が近づいてくるのも、部屋から遠ざかっていくのもわかった。


俺達はとりあえずその間、優しくいろんな個所にキスしてくるウェディルに対し何とも言えない恥ずかしさを抱きながらもずっと演技をつづけたのだった。

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