第4話 「幼馴染の私を差し置いて、転校生に首っ丈じゃないの!」 

 転校生、白羽円花が来た翌日。


「祐志さぁ、俺に隠してることないかな」

「な、何のことかな。特別隠していることはないぜ。あったとしても、些細なことさ」


 登校して早々、俺は友人の翼に問いつめられていた。 


「そうかそうか。きのう、白羽さんが『祐志さんを家まで送ります!』といって学校に戻ってこなかったのはどういうなんだろう。不思議だなぁ。なるほど、あれが些細なことなのか」


 口調は穏やかだが、どこか怒りを帯びた視線でじっと見つめてくる。


 心なしか、クラスメイトからの視線も感じる。


「それはだな……」


 妥当な理由が思いつかず、返答に困っていると。


「おはようございます、クラスメイトのみなさん」


 クラスメイト全員にむかって、誰かが挨拶をした。


「あれは……」

 

 俺と時間をずらして登校してきた円花さんだった。

 

 少し空気が固まったのち、パラパラと挨拶を返す声がきこえる。まさかこんな風に挨拶をされると思わないだろう。


「祐志、きょうはこの辺にしておこう。だが、この疑惑はいつか必ず解消してみせるからな」


 危ない。一時休戦だ。


 これからも、しばらくは俺と円花さんとの関係は追及されるだろう。でも、絶対にバレてはいけない。


 転校生が俺の義妹になったと判明すれば、どうなるかわかったもんじゃない。立場が悪くなることは確実だろう。なにせ、相手は円花さんだ。俺とはまるで不釣り合いである。


 さて、ホームルームの時間も近いので、席に戻る。すでに円花さんは席についていた。俺は通学鞄を下ろす。教材を取り出す机にしまおうとしたとき。机の中に、丁寧に折りたたまれた紙切れを発見した。


『くれぐれも学校では〝ただのクラスメイト〟ですからね! 気をつけてくださいね! 白羽円花』


 円花さんからの書き置きだった、チラリと横を見ると、彼女が少し頬を膨らませていた。拗ねているらしい。両手を合わせて謝罪の意を示す。


 すぐにそっぽをむかれてしまったので、再度机の中身を確認する。まだもう一枚あったらしい。


『でも、わからないことがまだまだたくさんあると思うので、ぜひ教えていただけるとうれしいです』


 円花さんが優雅に一礼する。


 そういうことは書き置きはじゃなくてもよいのでは?

 


 その後、俺はこの一日を無事に乗り切れた。


〝隣の席にいるただの同級生〟を関係を演じ切れていたと思う。


 昨日来たばかりの転校生ということで、女子も男子も円花さんに興味津々だった。そのおかげか、俺と円花さんとの関係はあまり深掘りされなかった。もはや俺のことなど眼中になかったらしい。


 円花さんが前にいた高校は、輝院高校よりも授業のペースが早かったようで、授業についていけないということはなかった。むしろ、俺がわからないところを質問したくらいだ。


「祐志さんはこのあと部活ですか?」


 帰りのホームルームが終わったあと、円花さんがたずねた。


「今日もないよ。帰宅部みたいなもので、活動している方が珍しいくらい部活だから。そもそもあれを部活と呼んでいいのかどうか」

「そうなんですね。では、一緒に帰り……というわけにもいきませんか」


 一緒に帰るなんて、家を出る時間をずらしている意味がなくなるに等しい。


 本当は一緒に帰りたくてたまらないが、ここはグッと堪えるしかない。


「まぁ、家に帰れば会うことだし。行きと帰りに会えないことくらい仕方ないよな」

「一緒に入れなくて、寂しい……」

「ん? 何かいったか」


 早口でボソボソといっていた様子だったので、よくききとれなかった。


「いえいえ、何でもありません。それでは、お先に失礼します」


 駆け足で走り去ってしまう円花さん。うん、やはり絵になる。この光景を一眼レフに収めて印刷したのを部屋に飾って毎日祈りを捧げたいレベル。


 はっと気づくと、後ろから咳払いがきこえた。扉の近くでぼうっと立っていたせいだろう。


「ユージ、どうして私のことを無視するのかなぁ?」

「げ、その声は騎里子きりこか」

「なんでそんな嫌そうに答えるのよ、まったく。幼馴染なんだからもう少しフレンドリーでいいのに」

「幼馴染だから嫌そうな反応なんだよ、騎里子」


 あいつは月里騎里子つきさときりこ。小学校からの幼馴染だ。


 数年前までは、同性の友人のようないい距離感だったのに、あるときから不意に当たりが強くなった。すぐに「う、うるさいわね」だとか「別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね!」だとか、きつい言葉を口にする。


 そんなことばかりいわれれば、嫌われているものだとばかり思うだろう? なぜか翼のやつは違うといいはるんだが。


「もう。ほんとユージは冷たいんだから」

「それはこちらのセリフなんだが」

「どうしてユージはわかってくれないのかしら。まあいいわ。せっかくだからイライラしてる理由のひとつを教えてあげるわ」


 心当たりはもちろんある。


「幼馴染の私を差し置いて、転校生に首っ丈じゃないの!」

「そ、それは仕方ないじゃないか。念願の転校生との出会いにエキサイトしない人間がどこにいるっていうんだ」


 俺が転校生オタクだってことくらい、騎里子はうんざりするほど知っているはずである。俺が転校生にしか目に入らなくなることくらい、想定内だと思うのだが。


「ユージ、きょうも私の前でひとりごとがすごかったわよ。『円花さんだけで米五合はいけるな……』だとか『円花さんが配信者になったら全財産捧げてぇ』だとか。さすがの私もドン引きよ」

「げ、マジすか」

「大マジよ」


 さすがの俺もドン引いたよ。まさかこんなことを口走っていたなんて。できるだけ感情が表に出ないように心がけていたはずなのに。


「そうやって周りが見えなくなってるユージを見てると無性に腹が立つのよ。現実を見なさいよ、現実を。近くにいい相手がいるっていうのに」

「わかったよ、これから気をつけるから」

「どうせ気をつけてこの惨状なんでしょ? あーもうやだぁ……これだからユージは……」


 こっちの考えはお見通しですか。恐るべし、幼馴染。


「また転校生で変な妄想してたらタダじゃおかないんだからね」

「マジですみません」


 騎里子は目も合わせず、スタスタと帰ってしまった。

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