Dream pilot:05 空飛び猫ブランウェン

「そろそろ目を覚ましてもらわないと、困ることになるんだけど」


 誰かがいった。

 その声に促されてわたしは、ゆっくり目を開ける。

 そこは巨大なコインランドリー店みたいなところだった。無数にならぶドラムロールのランドリーは音をあげて回っていて、洗濯物の代わりに猫がゴロンゴロンと転がり続けていた。


「目が覚めたかい、お姫様」


 頭の上から声が降ってくる。

 見上げると、暗めのネイビーヘアーに色白で青い目をした若い女性だった。年齢は二十歳くらいだろうか。黄色のレインコートを着て、ブルーのジーンズに走りやすそうな黒のスニーカーを履いている。

 そんな彼女は、わたしを大事そうに抱いてくれていた。

 あなたは誰なの?

 そういったのに、言葉のかわりに猫のひと鳴きがでる。


「わたしはカスミ。夢泥棒をしている。囚われのお姫様を鳥かごより救い出すのが、今回のわたしのお仕事なの」


 カスミ、という名前に聞き覚えがあった。

 そうだ、カスミ・ヘミング。

 夢使いルリ、あの子の母親だ。

 でも、ここはいったいどこなのだろう。

 どうしたら元の姿に戻れるのだろう。

 あのバルザフという男ははどこにいったのだろう。

 頭のなかにいくつもの質問が浮かぶのに、声に出るのはかわいらしい啼き声だけ。もどかしくて、本当に泣きそうになる。


「なに言ってるか、さっぱりだな」


 カスミは苦笑した。

 理解できるかどうかわからないけど、と前置きをして彼女は話してくれた。


「ここはミュートスラントの最下層。夢狩りが管理している自由の牢獄。この世界では夢をみなくなった夢見人は猫、ムンディになってしまう。そんなムンディたちを、そこらにならんでいるドラム型乾燥機……によく似た夢見箱の中に入れて、強制的に眠らせて、夢を抽出していく。ちなみに、バルザフはそこで寝てるけどね」


 カスミが指さすところに、薄汚い上着を着たバルザフがひっくり返っていた。かけているサングラスにヒビが入り、鼻から血が垂れている。


「でもあなたはムンディにならず翼のある猫、ブランウェンになった」


 それはなに? 

 わたしは、にゃおうと啼いた。


「なにって言われても、オボロがそう言うんだよ」


 頭をかきながらカスミは困った顔をする。

 わたしは辺りを見渡すと、白い仮面をつけた黒いタキシード姿の男が部屋の隅に立っているのを見つけた。そうだ、バルザフといっしょに電車で出会った人だ。


「わたくしも、詳しくは知らないのですが」


 オボロと呼ばれた男は前置きしつつカスミに歩み寄り、話しだす。


「ミューティスラントでは、連れ込まれた夢見人をムンディという猫にして、夢を搾り取っているのです。しかし、稀に翼をもつ白いムンディをブランウェンと呼ぶ習わしがあると聞いています」


 オボロはわたしの頭をなで、背中についている翼をやさしく触った。


「ということだ」と、カスミは言った。「それ以上、くわしいことはわからない。そんなことより、うちの娘が変なゲームに巻き込まれたからね。一刻も早く、あなたを外へ連れ出さないといけない。悪夢使いメギドに娘を奪われたくないからね」


「お……おのれ……」


 絞り出すような声が、二人だけでなくわたしにも聞こえた。

 バルザフだ。

 もがくように、起きあがろうとしていた。


「い、行かせるものか……」


 カスミはためらうことなくバルザフの腹を蹴飛ばした。


「うぅ……」


 うめき声とともに、しずかになった。


「じゃ、オボロ。わたしは行くから。ルリの方をお願い」

「わかりました」


カスミはオボロと目をあわせ、わたしを抱いたままエレベーターに乗り込んだ。

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